第15話 大きな世界小さな世界

タムは裏側の世界へとやってきた。

緑の記憶と感覚も持っているが、

裏側の世界では、あくまでもアジアンタム、タムだ。

日常をぼんやり充実して過ごす、緑。

そして、まだ、裏側の世界を歩き回りたい、タム。

どちらも彼であり、彼でなし。

彼らは二人であり一人だ。


ネフロスにならって扉をくぐると、

そこは、タムの部屋だった。

ネフロスはタムが入ってきたことを確認して、

扉を閉めると、タムの部屋に出来た、新しい大きな歯車を回した。

ぎいこぎいこと、扉は鎖によって宙にぶら下がり、

やがて、仕掛けが止まると、扉は天井に収納された。

感覚的には、扉が天井に張り付いている感じだ。

「これでよしと」

ネフロスは納得した。

「アイビーが危惧してたんだ」

「アイビーさんが?」

「タムは俺たちと違って、表側の世界を歩き回る。もしかしたら忘れるかもしれない」

「忘れる…」

そう、タムは、緑となって、裏側の世界のことを忘れかけていた。

壊れた時計をなくしていたら、こちら側にこれなかっただろう。

タムは壊れた時計を握り締めた。

「お前は眠ると表側の世界に戻る」

「ネフロスさんたちは?」

「表側の世界じゃ、きっとお前は俺たちに気がつかない」

「きっと気がつきますよ」

タムはむきになった。

「気がつかなくていいんだ。俺たちは、お前のことをよく知っている。それでいい」

ネフロスはあやすように、タムの頭を叩いた。

タムは緑より小柄になっている。

それもあって子ども扱いされている気がしたが、

眉間にしわを寄せる程度にした。

ネフロスは鋭い目に面白そうな表情を作ると、

満足して、タムの部屋をあとにした。


タムは、部屋を見渡した。

白い壁、ここには地図が映る。

仕掛けやレバーや歯車だらけの壁。

シャワーの歯車。

机と椅子が出てくる歯車。

扉がつながる大きな歯車。新設。

あとは、ベッドの上のラッパ型スピーカー。

ベッドのふちに、小さな歯車とコップ。

これをまわすと水が出る。

そして、部屋のあちこちは仕掛けだらけだ。

まだ知らないことがたくさんある。

タムは、とりあえず水を飲むことにした。

ベッドふちの歯車を回し、コップに水を滴らせる。

小さな流れの音がする。

タムは歯車を止め、水で一息ついた。

泉の管理はクロがしている。

タムは一つ一つ思い出していった。


部屋はぼんやりした太陽で、明るい。

風はいつものようにカーテンとダンスを踊っている。

「やぁ、おはよう」

タムは風に挨拶した。

なんとなく心は晴れやかになり、

そんなことも言いたい気分だった。

風はタムの髪をなでた。

くしゃくしゃっとして、また、そよいだ。

タムとしてなら、風とこんな風に交流も出来る。

なんと言うか、同居しているような気分だ。

緑としてならどうだろうか。

タムはコップを持ったまま考えた。

キーボードをうって、真夜中の部屋でネットワークを見る。

緑はいつも不毛だと思っていた…らしい。

タムは天井を見る。

緑の部屋へと続く扉だ。

タムは眠っている間に、緑になっていたらしい。

そして、表側の世界に行っていた。

表側の世界は、果たして不毛だろうか。

タムは難しいことは考えないたちだが、

緑の接している世界も、また、世界の一部である気はした。

タムはコップを戻すと、ころーんとベッドに転がった。

「よっくわかんないけど、それもいいとおもうけどなぁ」

緑としてなら、世界は何もかもが大きすぎるのかもしれない。

風は大勢に向かって吹くし、

天気予報とか言うものは、緑の家の庭までピンポイントに予測してくれない。

タムにとっては、まだ、裏側の世界はせいぜい雨恵の町までだし、

風は同居人だ。

小さな世界と大きな世界。

両方わかるなら、それもいいかもしれないとタムはおもった。


ベッドに転がったまま、

タムはあるものに気がついた。

小さな包みだ。

「これ!これだよ!」

忘れちゃいけない、おまけの包み。

いつか見るんだと自分に誓って。

タムは、ばね仕掛けのように起き上がると、

ベッドになんとなく正座した。

目の前には小さな包み。

「では、あけます」

タムはかしこまって宣言すると…


ぽーん


ラッパ型スピーカーから、連絡の音が鳴った。

タムは大いにつんのめった。

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