第13話 まどろみの風景

タムは部屋に戻ってきた。

ネフロスはグラスルーツ管理室に行ったようだし、

おつかいは終わりだろうと思った。

まだ何かあれば、ベッドの上のラッパ型スピーカーが何か言ってくれるだろうし、

とりあえずはいいやとタムは思った。

こっちから連絡かけるようなものは、ないかなとも思った。

それが、グラスルーツなのかもしれないと思った。

グラスルーツ、草の根。

よくわからないけれど、連絡手段というやつかもしれない。

この部屋の、まだいじっていない仕掛けに、それがあるのかもしれないと思った。

つながっていないと、ちょっとさびしいなと思った。

とりあえず、仕事一つ終わり。

タムはベッドのそばに小さな包みを置いて、

ベッドに大の字になった。

うーん、と、大きく伸びをする。

ベッドはさらさらとしていて、広々しているなと感じた。

風がタムの髪をなでる。

タムの髪も、さらさらとした。


雨恵の町は、ぼんやりした太陽の光が、だんだん弱まっている。

風はカーテンと遊んでいるが、その姿は見えず、

カーテンはひらひらと踊っていたが、やがて、静かに踊りをやめるように動きを止めていった。

外からの光は、ぼんやりとしながら、だんだん暗くなっていった。

だんだん暗くなり、風は疲れたように部屋から出て行ったらしい。

昼から夜に変わるのかもしれないとタムは思った。

気がつけば、なんだか眠いかもしれないとも思った。


いろんなことがあった。

ネフロスに連れてこられた裏側の世界。

雨恵の町、清流通り、エリクシルのアジト、命の水取引商…

タムは、小さな包みを寝っ転がっている自分の顔の前まで引き寄せた。

ベッドに横になったまま、顔だけ動かして包みを見つめる。

姿勢を変える。

胎児のように、丸まって。

タムの大きなポケットだらけのジャケットの中、

タムの壊れた時計がコチコチと時を刻む。

タムの鼓動、タムの時間。

壊れた時計と小さな包みをタムは意識し…

タムのまぶたと身体がけだるく重くなり…

そして、まどろんだ。


タムの身体は、心地よい闇に落ちていく。

壊れた時計を持って、

包みはベッドにおいて。

包みの中身は気になるけど、今はこの闇に落ちていきたい。

それはとても心地よい闇。

タムは落ちていく。

タムのベッドはずっと上にあって、

包みがそのベッドにまだあるはずだ。

水の流れや風の吹く世界が遠ざかる。

ギミックの音も遠ざかる。

どこへ落ちていくのか。

タムはわかっていたけれど、言葉にはなんとなく出来なかった。

意識せず、どんどんタムは闇に落ちていく。


いつか戻るから。

きっと中身を見る…から。

口にしてはいけない意味も、いろいろ、わかりたい…けど。

今は闇に落ちさせて。

僕はなんだかとても眠いんだ。

眠いと、どんどん落ちていくんだ。


コチコチカチカチ


壊れた時計は歯車とぜんまいは几帳面に刻みを入れ、

秒針長針短針は、好き勝手にあっちこっちを行ったり戻ったりぐるぐる回ったりしている。

タムは胎児のように丸まったまま、

規則正しい刻みを聞いていた。

タムの意識はまどろみつつ、タム自身の姿と、タムの世界を見ている。

タムは、自分から何かがのびているような感覚がした。

心地よい誰かとつながっているような感覚だ。

刻みは違うけれど、誰かと一緒になっている。

タムはつながっている。

何かでつながっていて、

タムはその中の一つであり、また、一緒なのだと思った。

タムはこの世界を満たしていないが、タムはタムの世界でいっぱいであり、

タムはタム自身だけでは、この世界を完成できない。

きっと誰かとつながっているのだ。

誰とつながっているのか。

タムは、心地いい誰かとしか、わからなかった。


タムは水面を目指して落ちていた。

水面を目指して上がっていたのかもしれない。

鏡のような水面は、タムではなく、誰かの姿を映している。

あれは…

僕。

タムはゆっくりと水面に吸い込まれ…

水面は、明るくなった。

あれは…

僕。


やかましい目覚ましの音がした。

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