第11話 命の水取引商

ポトスが先に立ち、路地の奥の扉を叩いた。

ゴンゴン。

金属製の扉は、重い音を立ててノックを受けた。

「ライム・ポトスにてござる。エリクシルよりの使いにてござる」

ポトスが名乗ると、

扉はゆっくり右にスライドした。

タムがポトスの後ろから、中をのぞく。

扉の中は、暗い。

ポトスはためらいなく入っていった。

タムはリュウノヒゲを肩に乗せて、あわてて後に続いた。

彼らを飲み込み、扉はまたスライドして閉まった。


からからから…がちん


そのような音が後ろから聞こえた。

スライドしたドアのギミックの音だろう。

タムはあたりを見回した。

まだ、目が慣れなくて、暗く感じる。

それでもかすかに…音を感じた。

エリクシルのアジトのギミック音ではなく、

なんと言うか…音楽に近いものを感じた気がした。

ポトスの気配が近くにする。

明るい緑のスーツを、タムはようやく認めた。

目が慣れてきたらしい。

「オリヅルラン殿、ライム・ポトスにてござる」

ポトスは声を上げた。

奥から、きちきちきちきち…と、何かが移動しているギミックの音。

そして、白い影が奥から姿を現した。

ゆったりと、天井から下がっている、椅子に座っているようだ。

「明かりをつけようか」

「いや、このままでかまわぬでござる」

「そうかい」

白い影は…慣れてきたタムの目は、白いローブに身を包んでいるとわかった。

性別の区別はわからない。

老いているのか若いのかもわからない。

「それで、エリクシルのいつものだったね」

「そうでござる、銘柄は…」

「アイビーからグラスルーツ経由で注文受けてるよ。代も済ませてある」

「グラスルーツけいゆ」

タムが思わず繰り返した。

白い影は、ようやくタムを見たようだ。

「ポトス、このちまっこいのは?」

「タム。アジアンタムでござる。新入りでござる」

「へぇ、タム。私はオリヅルランだよ」

「よろしくお願いします、オリヅルランさん」

タムはぺこりと頭を下げた。

オリヅルランは、暗い店の中、宙ぶらりんの椅子に座ったままで、

どうやら微笑んだらしい。

そんな風にタムには見えた。

「それで、品物だ。タムにも運んでもらうから、2つ包装にするよ」

「かたじけない」

ポトスがそう言うと、

オリヅルランは、片手をあげて、何かをいじったらしい。

きこきこと、ギミック音がなったあと、

先ほどからかすかに聞こえていた、音楽の音量が少し上がった。

「おんがく?」

タムは聞き返した。

「そう、命の水は音楽を聞いているんだ。包装が終わるまで聞いててくれ」

タムは暗い店内の中、静かに音楽を聞くことにした。

遠くでギミックの忙しく働く音も聞こえる。

路地一帯がギミックと、命の水なんだろう。

そして、音楽が鳴り響いている。

いつしかタムは目を閉じた。

ここは閉ざされた世界。内から外から響くように音楽に揺られ、

心は心地よく共鳴する。

ギミックの音は鼓動か流れか。

遠くからカタカタとギミックの音が…近づいてきて…

「終わったよ」

オリヅルランの声がした。

タムははっと目を開いた。

「音楽は気に入ったかい?」

オリヅルランは面白そうに聞いてきた。

タムは、嘘つくこともないので、うなずいた。

オリヅルランは、ふふふっと笑った。

「ポトスには、いつもの包み。タムには、おまけの包みだよ」

「おまけ」

「さすがに二等分じゃ、きついと思ってさ。アイビーにはグラスルーツで伝えておくよ」

オリヅルランはまた、笑ったようだ。

「さぁ、降りてくるよ」

きこきこきこ、と、降りてくるギミックの音。

そして、大きな包みと、小さな包みが目の前に置かれた。

「かたじけない」

ポトスは大きな包みを手に取った。

「ありがとうございます」

タムは小さな包みを手に取った。

両の手のひらで包めるくらいのサイズ、と、タムは思った。

思ったほど、重くはない。

「では、失礼いたす」

「毎度どうも」

ポトスは深々と頭を下げ、

オリヅルランは、片手をあげて答えた。

後ろで扉がスライドした。

ぼんやりした太陽の光が差し込んでくる。

「行こうぞ、タム」

ポトスが大きな包みを持って歩き出した。

タムは一度だけ店の中を振り返った。

オリヅルランの宙ぶらりんの席は、もう、なかった。

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