第47話 滲む月の光


 王国主導の元、本格的なダンジョン攻略が始まった。王国内で集められた選りすぐりの冒険者パーティーと騎士団で精鋭部隊とされる第一騎士団。総勢約五十人でダンジョンの最下層、『地の底』を目指す。


 しかし、やはりというか案の定、大きく膨れ上がった部隊は歩みが遅く統率も執れていない。バンガルド一人でさえも足を引っ張っていたのに、使えない物足枷が増えた事でマジャラ・クジャハの負担は日を追う毎に増えていった。


 特にドゥーカさんは護りに多くの時間を割かれ、必然的に攻撃を担うのはセナンさんの役割となった。アピちゃんにいたってはその不満を隠そうともせず、明らかにこの共闘に対し拒絶の姿勢を貫いている。地の底へ近づくどころか遠のいて行っているように思えた。



 そしてこの頃から、沈んだ表情をするセナンさんを目にする事が多くなった。



 ある日、野営本拠地でセナンさんの怪我の治療をしていた時の事――


「すみません……王がこのような無茶な行軍を計画したばっかりに、セナンさん達にはご負担ばかり掛けてしまって……」


 私が平に謝ると、セナンさんは少し困ったように笑った。


「仕方ないよ。私達も王国にはそれなりの援助を受けてるから。ジャ・ムーの方が大変なんじゃない?」


「いえっ! 私は治癒魔法を多く使うようになったお陰で魔力が上がりました。まさに怪我の功名と言いますか……」


「なら良かったじゃない! 悪い事ばかりじゃないのね」


 セナンさんの顔にぱっと笑顔が戻るが、それは一瞬で終わった。


「それに比べて……私はダメね……」


 溜息を漏らすかのようにそう呟くと、彼女の表情はまたすぐに曇った。余計なお世話かと思いつつも私はセナンさんに尋ねた。


「なにかあったんですか? 最近のセナンさんはその……元気がないように見えます」


 彼女は足元を見つめたまま訥々とつとつと話し始めた。


「ヴァダイの……精霊の力がうまく使えないの。なにか鍵が掛かったみたいに力が引き出せない。自分の事だけで精一杯で、ドゥーカに迷惑を掛けてしまってる」


「そんな事ないです! セナンさんは十二分にやってます! 悪いのはあの使えない連中ですよ」


 私がそう憤慨すると、セナンさんは「ありがとう」と言って微笑んだ。でも暗く影を落としたその顔は晴れる事はない。


「王に報告はしてないんだけど、実は少し前、ドゥーカの転移魔法で地の底まで行ってみたの」


「……! ガヌシャバと戦ったんですか?」


 彼女はゆっくりと首を横に振る。


「敵情視察のつもりだったから奥までは進まなかった。ガヌシャバの姿も見てない。

それでも私は足がすくんで動けなかった。地の底はどこまでも真っ暗で、隣にいるはずのドゥーカとアピが消えてしまって……私は一人ぼっちになって……」


 彼女は次第に肩を震わせ泣き出してしまった。私はまっさきに状態異常の線を疑った。ガヌシャバは精神攻撃を仕掛けてくると聞いた事がある。ばれないようにこっそりと魔法を使って彼女の状態を診た。でもどこにも異常は見受けられなかった。



 彼女は悩みを抱え調子を狂わせている。一応はそう自分を納得させてはみたが、なんとも腑に落ちない。そして一番気になるのが彼女とドゥーカさんの関係性だ。どことなく二人の間に溝のようなものが出来てしまっている感じがした。色恋沙汰に疎い私でもなんとなくそれがわかってしまう。しかもバンガルドがしきりにセナンさんに纏わりついている。今度あいつが大怪我した時はわざと完治させないでおこうと心に誓った。




 一度ドゥーカさんと話をしてみよう。そう思って眠りについた次の日の朝。私はバンガルドに叩き起こされた。


「ガヌシャバを討伐した!? それはいつですか!?」


「昨日真夜中。マジャラ・クジャハが単独で討伐したらしい」


 私は思わずこめかみに指を当てた。寝起きの頭が混乱に拍車をかける。そんな私を気遣う素振りもなくバンガルドは話を続けた。


「討伐後、転移を失敗してドゥーカとアピは消えたようだ。戻ってきたのはセナンだけ。今は自室で休んでいる」


「消えたってどういうことっ!?」


「それはおれにもわからん。ただ討伐したというのは事実だ。ダンジョンに魔物が湧いてこないからな」


「セナンさんに話を聞かないと!」


 部屋を飛び出そうとする私の腕をバンガルドが乱暴に掴んだ。


「やめとけ! 今彼女はかなり憔悴している。今日はおれがついててやるからそっとしといてやれ。それと、明日は式典が開かれるからな。きっちり準備しておけよ」


 そう言い残すとバンガルドは去っていった。


 その日、城に行って内情を知ってそうな人に聞いてはみたが、返ってくる答えはみな同じだった。もやもやした気持ちのまま、翌日私はセナンさんを迎えるため慣れないドレスを着て馬車へと乗り込んだ。



 セナンさんの自宅の前へと到着すると、馬車の扉がゆっくりと開いた。そこには翡翠色のドレスを身にまとったセナンさんがいた。やっぱり美しいな、と私は素直に思った。



 やはり私達が知らない何かがあったのだろう。化粧で顔色こそ悪くは見えないが、彼女はどことなく塞ぎ込んでいる。時折、窓の外を見ては悲しそうな表情を浮かべていた。それとなくドゥーカさんとアピちゃんの事を尋ねたが結局梨のつぶてだった。



 

 そして華々しい式典の最中、あの事件が起きた。


 

 今思い返しても、それはまるで夢の中の出来事のようだった。マイジャナ王から告げられたセナンさんとバンガルドの婚約。驚きのあまり私の思考が停止した瞬間、バンガルドの頭が笑顔を張り付けたまま宙へと飛んだ。


 一瞬の静寂を打ち破り兵士達の怒号が響き渡る。後ろから激しく背中を押され、ようやく私は我に返った。すでに辺りは血の海。その中心には表情を失くした、あの冷酷なまでに美しいセナンさんがいた。


 兵士達が彼女を取り押さえようとなだれ込んで行く。私は無我夢中で叫んだ。


「セナンさんっ!!」


 押し寄せる兵士達の隙間から僅かに彼女の瞳が見えた。



 セナンさんは泣いていた――



 彼女が最期に放った風魔法がマイジャナ王の背中を切り裂く。大臣に大声で名前を呼ばれ私は急いで王へと駆け寄る。傷はそれほど深くはなかった。


 治癒魔法をかけながらセナンさんをちらりと見ると、仰向けに倒れ気を失っているようだ。先程までとは違い、その顔は安らぎに満ちた優しく柔らかな表情だった。



 まるで大空に微笑みかけているように。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る