患い

鳴深弁

衝動


この衝動を抑え込むのは、

心と身体がバラバラになるような痛みが走る。


衝動の元となる感情や思考の乖離は私の身体を震えさせ、いっそ殺せと叫んだ声を手で塞ぐ。


苦しくて


悲しくて


咽び泣く


想いと願いの乖離は、残酷なまでに私の患いを頭と身体に叩き込む辛さだ。

衝動を抑え込む時、心から大切な遺していく者達の笑顔と、私が死んだ後の予測を立てる。


何十年も、厭気がさす程に何度も何度も、死に抗った。

でも本当にごめんなさい。生きたいとは思えなくなった。体はとうの昔に諦めて心までもが疲れてしまった。

体が心が音を立てて軋み、傷みで張り裂けそうになる。


「生きて欲しい」ズキッと頭に響く。


「死なないで」ギシッと歯を食い縛る。


「置いていかないで」ヒュッと呼吸が浅くなる。


自傷はできない。大切な人達の傷付いた顔と声なき声で泣かれた過去が、見えない鎖のように、私を縛り上げて「獣」に首輪をする。

生を望む大切な者たちの声が呪詛のように、生きる為の檻を自ら形作った。


それ【檻】がひび割れて、壊れようとするのを獣は待ち侘びている。


ひび割れた檻から視界に映る「終焉の道具」に駆け寄ったら、

首輪がグッと苦しくなり強く目を瞑った。

行き場のない震える手を胸に当て、鼓動を感じる。


ドクドクドク


この衝動で鼓動が止まるのなら、私は何回この人生を終わらせられただろう。


ドクドクドク


頭がいたい、暗闇の世界がグルグルと回る。


薬飲まなきゃと手を伸ばせば、新たに加わった患いで身体が悲鳴をあげた。


痛い


辛い


身体が動けない。


長年の患いは精神を蝕んで、発作を起こす身体と、生きたいと願う心までも麻痺させた。


今度は肉体にまで、新たに加わった患いがトドメを刺した。

ただでさえ痛む頭と目眩に加えて、動かなくても微痛、動けば刺すような痛みが走ってくれる。

嗚呼もういっそこのまま死ねたらいいのに、本当に疲れた。

檻の中で獣を愛おしそうに撫でるもう一人の私は、首輪が邪魔だとカリカリと弄る。



心が


身体が


摩耗する。


生きたいと願って、がむしゃらに頑張れた私は、まるで遠いアルバムの中の一枚に保管された。

患いに抗って痛みと共に、大切な人達に誇れるように、生きてきた。

まだ頑張れる。そう願ってやってきたのに、

私は自ら愛おしい「光」を手放した。


愚かな事をと悲痛に叫ぶ私と、

これでいい。彼らを巻き込まなくて済むと安堵に笑う私が、また乖離をおこす。


光に手を伸ばそうと抗う想いを、身体が軋んで歩みを止めた。

振り返れば、檻の中の私と獣が「おいで」と私を抱き締めたいのか迎え入れようとする。


自ら手放してしまった光は、もう遠く彼方にいて、

私は光と闇の瀬戸際で迷子のように、咽び泣いた。


お願い


私の選択が正しいと誰か言って。


私という乖離した者から、大切な人達を奪わないで、傷付けなくて済むように、手放した事が正解だと言って欲しい。



誰か、誰か、誰か


私を終わらせて。


私が終わっても傷付かないで。


誰のせいでもない、守れなかったと思わないで欲しい。

私自身の選択を誰も咎めないで、馬鹿な奴だと笑ってくれたら幸せに逝けるから。



繋がれた重たい金属が、音を立ててゆっくり動く。


壊れかけた檻から、獣が静かに私を見詰める。思わず綺麗だと息を呑んだ。


光から背いて、檻に手を伸ばす。


その奥にいる、もう一人の私は泣きそうな笑顔で「おいで」と言う。


疲れたでしょう


僕が赦してあげる


懐かしい声が檻から聴こえて、

「君はずっと見守ってくれたんだね。」

手を取れば皆が泣く未来。それでも手を伸ばしてしまう。


光の彼らへ抱く想いとは異なる、この鼓動を震わす感覚。

大きなあめ玉のような涙が、地に落ちては消えていく。


後ろから愛しい彼の残り香が引き留めるように薫る。


嗚呼本当に、どこまでも優しい人


薫る元へと振り向こうにも、身体がギシりと軋んで痛みに声を上げた。



「生きて欲しい」ズキッと頭に響く。


終わらせる事を赦して


「死なないで」ギシッと歯を食い縛る。


泣かないで私を見捨てて


「置いていかないで」ヒュッと呼吸が浅くなる。


諦めて、私が私を諦めたように



様々な想いと願いが、私の思考を覆い尽くして乖離を起こす。


こんなにも頭や感情が動くのに、身体がついてきてくれない。

痛みだけが走り続ける。痛みで叫べば、更に痛みで身体が動かなくなる。

最悪の悪循環だ。思考のループも全部、全部、救いがなくて嗤った。


また音を立てて鎖が動く、


後ろからは残り香が優しく私を撫でた。



もう終わらせて良いですか


赦して、お願いだから。

誰に乞うわけでもなく、独り咽び泣いた涙は人知れず地に落ちていった。



患い


それは私の人生。

残り香は儚く去って、獣と共に泣き笑う私は、傷みが生きている証だと、嗤う朝を迎えませんよう切に願って眠り続ける。

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