シリウスのように輝いて

咲花実里

シリウスのように輝いて~1~

「お疲れ様ッシタ」


「お疲れ様でした」「お疲れ様でした」


 有隣堂本店六階のYouTubeスタジオでの収録が終わり、スタッフたちはそれぞれに後片付けを始めた。俺は後ろで立ち上がる黒子くろこ氏に「ありがとう」と礼を言う。


「今日の動きもばっちりだったよ。モニターから見るとまるで生きてるみたいだったから」


「あはは。それはブッコローさんが合わせるのが上手なんですよ。自分は手を添えてるだけですから。それじゃあ次回もよろしくお願いします」


「よろしくー。ああ、お疲れ様ッス。今日も綺麗な字をありがとうございます」


 次は俺の中の人、、、、、を演じてくれているA氏にも礼を言う。A氏はニカと白い歯を見せて「サインするより良いからね」と笑った。先日はライブ中に百枚サインを書くという鬼のような企画で、A氏は腱鞘炎になりかけていたのだ。俺が実際に書けば良いんだけれど、残念ながらこのではペンを持つことはままならず、かといっていつものようにくちばしで挟んで書くのは時間がかかり過ぎる。


(不便な身体だ)


 昔は空も飛べない人間のことを心の中で馬鹿にしていた。何て残念な生き物なんだろうと。しかし人間界で暮らすようになって五年、空を飛べない代わりに二本足で立って自由に移動し、二本の手で器用にものを扱う姿を見ているうちに、僅かではあるが羨望を感じるようになっていた。何ならこいつらは海の中に潜る事だってできるのだ。


(いや、何言ってんだ。ミミズクの方が良いに決まってるだろ)


 くだらない思考の沼に片足を突っ込んだところで、頭を振って現実に戻る。オレンジ色の羽が一枚、ふわりと宙に舞う。ザワザワと騒がしいスタジオは俺の頭の中みたいにまだ混沌としていた。


「お疲れ様でしたー」


 人や機材の間を縫って飛び、出口に向かった。


「ブッコローさん、気をつけてくださいね。今日はまだ明るい時間ですから」


「おう」


 広報の郁が声を掛けてきた。この俺を見つけ出し、YouTube界に引っ張り出して来た張本人。ゆうせかは岡崎ザキのキャラクターと俺様の愛らしい、、、、外見で人気が出たチャンネルだと思うのだが、この郁というのも毒の無いほわほわした性格でどんどんと人気が出てきている。イベントでは一緒に写真を撮って下さいとお願いまでされているんだそうだ。ザキもそうだが一般人だぜ?


 彼女は俺の目の前でぴたりと足を止め、こちらを振り返った。短く切りそろえられた髪が風を孕む。


「ああ、でも。急がないんでしたら、私送りますよ。今日は車なんです。ふふ」


 胸元にバインダーを抱え、いたずらっぽい笑顔を見せてくる。


「えっと……」


(今日は呑んで帰ろうかと思っていたが)


 俺の短い逡巡を拒否と受け取ったのか、「この後に予定があるなら」と続けた。


「別に良いんですよ」


「あ! いや。頼む」


 慌てて否定すると、一瞬瞳をくるりと丸めて驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って「分かりました」と答えた。


「急いで片付けて来ますんで、待っててくださいね」


「……おう」


 右羽を持ち上げて羽角うかくを撫で付ける。ふわふわなそれは存在を主張するかのごとく、再びピンと跳ね上がった。俺はふ、とくちばしを緩める。


「転ぶなよ」


 スタッフの喧噪に消えた後ろ姿に、小さく独り言ちた。




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