人魚姫のゆううつ

曇野

プロローグ

いつ死んでもいいと思っていたんだ。


誰の記憶にも残らず

歴史ある記録にも綴られず

誰も知らない世界の片隅で―――。


心のどこかで溶けたいと思っていた。


けど、いつからだろうか。

その思いは一人の少女によって覆された。


「これは、俺の輝かしい青春時代の話だ」


俺は目の前にいる子供たちの前に向かって

そう言葉を投げかけた。

幼いくらいの子供から高校生くらいの少年少女まで、たくさんの子供たちが俺の話に釘付けになっている。

早く話してと言わんばかりの顔で目を煌めかせる子供たちは幼い頃の自分を思い出した。


「当時の俺は、自分でも言うのも何だが結構ズルいやつだったんだ」


一人でも多く。

今ある幸せが決して一瞬の輝きではないと知ってもらうために。

幸せはずっと語り継がれることを思い出してもらうために。

俺は今日も、あの青春の記憶を語る。


それが、あの子の最後の願いのはずだから


「俺は嫌な事を嫌と言えない。人から嫌われることを恐れてしまう、すごくズルい人間だったんだ。けど、そんな俺を変えてくれた人たちがこの世に存在した」


俺のすぐ後ろにある大きな水槽では無数のクラゲがうつらうつらと優雅に泳いでいる。

高校生時代。俺の輝かしい青春はこのクラゲに盗まれたと言っても過言では無い。


あの日。暑い暑い夏の日だった。

この水槽を背景に、ある少女と出会った。


そこから、人生の歯車が狂いはじめた。


その少女の名前は凪沙と言った。

底抜けの明るい心を持った彼女は恐ろしい程に馬鹿で間抜けでドジだった。

嫌な事を平気で言ってくるし、わがままで変なイジリもしてくる。


だけど。


この俺を救ってくれた。

深い暗がりに溺れるように生きていた俺を。


生きづらかった世界から連れ出してくれた。


「知っていてほしいんだ。この世界にあるほんの小さな幸せのことを。この世界には素敵な人で溢れているということを。」



「どうか。この話を聞いてください 」


その言葉を境に

俺はあの日の記憶を語り始めた。















































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