魔王ちゃんの下僕

雨蛙/あまかわず

第1話 出でよ!吾輩の下僕、なのだ!

「はーーーっはっはっ!成功したのだ!」


うっ……なんだ……


聞き覚えのない声が朦朧としている意識の中に響き渡る。ひどい頭痛に襲われながらゆっくりと起き上がる。


薄暗い洞窟の中にある魔法陣が気味悪く光り輝く。その真ん中に俺はいた。


ここはどこだ?俺は自分の部屋で寝てたはず…


顔を上げると、そこにはボロボロの服を着た角が生えた?女の子がいた。仁王立ちして俺を見下ろしている。


「あ…あの……」


「貴様は今から吾輩の下僕になるのだ!」


俺の左手首に何か違和感を感じる。見てみると眩い光が左手首を覆っていた。手首が見えるようになると、謎の腕輪がついている。


「な……なんだこれ⁉」


取ろうとしてもなかなか取れない。何が起こっているんだ?


「おい!これはお前がやったのか?いったい何なんだ!」


「吾輩の名はマルリル・ライネス。この世界の魔王になる者!貴様はこれから死ぬまで吾輩の下僕として生きていくのだ。誇りに思うがいい!」


「何を言っているんだ?魔王?ふざけるのもいい加減にしろ!もういい、俺は帰るからな!」


俺は出口へと歩き出す。とりあえず人を見つけて助けてもらおう。


「まだ貴様の立場が分かってないようだな。命令だ、『吾輩のそばから離れるな』。


これで貴様は吾輩のそばから離れられないのだ。命令を無視し続けると、きついお仕置きが与えられるのだ!」


何がお仕置きだ。ふざけやがって。あんな頭おかしいやつに付き合ってられるか。


無視して出口に向かう。


突然腕輪が光りだした。



ヒュー…カンッ!



「痛っ!」


上からたらいが降ってきた。なんでたらいが…


こんなのがお仕置きなのか?おそらく脅すために仕掛けてあったんだろう。とんだこけおどしだ。


無視して歩き出す。


また腕輪が輝き始めた。


「今度はなんだ?うっ…ぐわーーーっ!!」


突然全身に電気が流れるような激痛が走る。


「あまりお仕置きを甘く見ないほうがいいぞ。このお仕置きは三段階あるのだ。


一段階目は軽度の痛み、二段階目は全身の痛み、そして三段階目は死ぬ」


死ぬ⁉本当なのか?


どんなトリックを使ったのかわからないが二つのお仕置きは本当に起こったし、言い方的にも嘘じゃないみたいだ。


子供だろうが俺を誘拐した犯人だ。変に刺激しないほうがいいな。


ここはいったん従うふりでもしておくか。


「それで、お前の要件はなんだ」


「お前は吾輩を魔王にするために異世界から召喚されたのだ。お前は吾輩の下僕として魔王になる手伝いをしてもらうのだ」


「異世界だって?もっとましな嘘をつけよ」


「嘘なんかじゃないのだ。信じられないなら外に出てみればいいのだ」


女の子は先に洞窟の外へと向かう。俺も後に続いて洞窟を出る。


外の光に慣れていない目を覆いながら外の様子を確認する。


洞窟は岩山の中腹だった。見下ろすと風に吹かれて草木がなびいている。


その中に不自然に草が揺れている場所がある。そこから何かが飛び出してきた。


あれは…スライム?


小さくてプルプルしたものが飛び跳ねている。まさかそんなはずは…


どこからか獣の叫び声のようなものが聞こえてくる。


そこではまるで恐竜のような生き物が丸く毛深い、兎のようなものを追いかけている。


捕まえた兎を鋭い歯で貪り食う。その背後を空から巨大な鳥が足でつかみ、はるか彼方へ飛んで行った。


見たことがない情景に言葉が詰まる。


静かにUターンして洞窟に戻る。


まだ信じないぞ。あれは何かの間違いだ。


「どうなのだ、お前にとってまさに別世界なのだ」


「ばかなことをいうな!お前もいい加減そのふざけた角を外せ!」


俺は女の子の頭についている角を思いっきり引っ張る。


「何するのだ!離すのだ!」


どうやらカチューシャみたいなものじゃないみたいだ。どうやってついてるんだ?


「いい加減にするのだ!」



カンッ!



「いでっ!」


またたらいが落ちてきた。


「主を傷つけようとするからそうなるのだ。吾輩の角は本物なのだ。どんなに抵抗しようがここが別世界ということに変わりはないのだ」


確かにちゃんと頭から生えていたし手触りも偽物とは思えなかった。


あきらめて現実を受け入れるしかない。


俺は深く息を吐いて、今まで起こった変なことでぐちゃぐちゃになった頭の中を異世界だという理由で片づけた。


「それで、魔王になるとか何とかいってたな。でも、見た感じ強そうには思えないし、難しいんじゃないか?」


「だからお前を召喚したのだ。お前が吾輩を魔王にするのだ」


「なんで俺なんかが?何の変哲もないただの人間だぞ?」


「人間?そんなことないのだ。お前は別世界で一番魔王に近いから召喚されたのだ。そんな種族が召喚されるわけないのだ」


俺が魔王に一番近いから召喚された?そんなわけ…




あっ、Tシャツに魔王って書いてあるわ…




え?これのせいなの?判定どうなってんだよ!


「いや…本当に人間だし、手伝いできることなんてなにも…」


「なるほどな、嘘をついて吾輩から逃げようとしているんだな。よし、命令だ、『吾輩に嘘をつくな』。


これで嘘はつけなくなったのだ。さあ、お前は何の種族なのだ?」


「だから、人間だっていってるだろ!」



……腕輪が反応しない。これで信じてくれるだろ。


「そ…そんな……で、でも召喚はできているから条件に合っている奴が召喚されたはずなのだ…もしかしてものすごく強い人間なのか⁉」


「んなわけないだろ!ただ服に”魔王”って書かれているだけだよ!分かったら、早く元の世界に戻してくれ!」


「そ…それは無理なのだ。戻し方の勉強をしていないから元の世界には戻せないのだ」


「はあ⁉よくそれで魔王になるなんて言ったな。ろくに魔法を使えないやつが、魔王になれるわけないだろ!」


「さ、さっきから主である吾輩に対する態度が大きすぎるのだ!命令だ、『吾輩に対して無礼な言葉を使うな』。


これでふざけた言葉は使えないのだ。さあ、吾輩に言いたいことがあるなら、無礼が無いように言ってみるのだ」


「…」


くそ、めんどくさい魔法だな。こんなのに従わないといけないのも腹が立ってくる。


「フッフッフ…何も言い返さないのだ?やっと吾輩の凄さが分かったか。お前はもう

吾輩の思うがままなのだ。


命令だ、『吾輩の家の掃除、洗濯、料理、壊れたところの修理、それから…』」


「いい加減にしろ!俺はお前の母親か!」



あ、まずい!



油断していた。お仕置きに備え、とっさに身構える。


「……ん?」


何も起きない。なんでだ?


「なんで…なんで何も起きないのだ⁉」

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