第28話 (友)友人の行方
探していた友人の父が世界を左右する権限すら持つ神族(ディエイティスト)の族長でした。
ちょっと、いや、だいぶ意味がわからない。
シュザベル・ウィンディガムは顔を引き攣らせてアーティアや四天王カムイたちの言葉を反芻した。
動けないシュザベルたちの中で一番に動き出したのは、やはりと言うべきか、フォヌメ・ファイニーズだった。
彼は拳を震わせると「なんってことだ!」と叫ぶ。
「あの野蛮な野生児が神族さまの長の息子……禁断のハーフだというだけでは飽き足らず、親が実はものすっごい地位にいるなんて! 物語の! 主人公! そのものじゃないか!! 野人のくせに!!」
「……そこ?」
いつも通り過ぎていっそ清々しい。ある意味、大物なのだろう、この友人も。
フォヌメは隣でミンティス・ウォルタが諫めようとするのを振り払って何故かびしりとカムイを指差した。ミンティスが横からその指を押さえて曲がっちゃいけない方向に曲げようとしている。
「いや、今はそんなことを確認しに来たんじゃない! あのいつも猿と戦っているような野生児が冒険譚の主人公のような生い立ちであることも……まぁ、いい! この僕だって、高貴な生まれだからね!」
「いや、普通の花屋の息子じゃん」
「さっきから指が痛いんだが!? 常に薔薇咲き乱れる家だぞ、高貴だろう!」
フォヌメは高貴を勘違いしていると思う。
アーティアはため息を吐き、ヴァーレンハイトはケラケラと笑っている。シュザベルの横と後ろではイユ・シャイリーンとメル・ダーキーが「高貴……?」と顔を見合わせ、ネフネ・ノールドは「シュマさんのじっかはコーキ! 流石!」と真に受けている。あとで訂正すべきだろうか。
カムイは頭が痛そうに片手を額に当てていた。シアリスカ・アトリは珍獣を見るような目でフォヌメを見ている。
シュザベルは誰に弁解するわけでもなく、首を振った。
フォヌメは納得いかないという顔で口を尖らせる。
「だから、今はそんなことを話しに来たんじゃないだろう! 僕はあの野人をわざわざ迎えに来てやったんだぞ。族長が行方不明だかなんだか知らないが、僕が用があるのはここに来たはずのセニューの行方だよ! 誰が父親だとか、どうでもいいだろう。セニューはセニューなんだから」
「……たまにフォヌメってしっかりしたこと言うよね」
「全くです。確かに、族長さまの息子だろうと神族さまの息子だろうと、私の友人はジェウセニューというただの雷魔法族(サンダリアン)の青年ですね」
しかし話を聞きに来た相手は神族であることに変わりはないので言葉遣いや態度を改めろ、とフォヌメの後ろ頭を小突く。
イユとメルは成り行きを見守っているし、ネフネは真面目な話をしているのだと察知してくれたのか静かにしてくれている。
こほん、と咳払いをして四天王の二人に向き直った。
「友人が失礼しました。ですが、言いたいことは概ね彼が言った通りです。私たちは友人の安否が知れないということで、こちらにやってきました。族長さまが行方不明ということはきっと大変な事態だと察しますが、どうか友人がどうしているか、どうしたのかをお教えいただけないでしょうか」
「……」
やっとまともに話せる者が、と呆れた言葉が小さくこぼされたが聞かなかったことにした。
シュザベルはじっとカムイとシアリスカを見る。
二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
「先程言ったように、族長共々行方不明です」
「……手掛かりはないんですか?」
ミンティスも前に出てカムイを見上げる。カムイは少し下にあるその頭に顔を向け、首を振った。
「申し訳ないのですが、僕たちは現在、長を失って混乱している最中なんです。彼を探すので精一杯。とてもその息子まで面倒見きれません」
「そんな!」
「しかし安心してください。ヴァーンが見つかれば、おのずと息子の方も見つかるはずですから」
「そ、れは……もしすぐに見つけなきゃいけない状態だったらどうするんですか!?」
ミンティスの悲鳴のような声。
カムイは首を振るだけだ。
「そう言われても、僕たちが優先するのは族長の安否。相続権のない、私生児である息子に割く時間はありません」
「――っ」
決まり切ったことを、とカムイは冷たく言い放つ。怒っているようにも感じた。
シュザベルはその冷たい空気を感じて息を飲んだ。
「そ、れ……なら……」
きつと目を怒らせたフォヌメが一歩前に出た。カムイを睨みつけるようにしてその長身を見上げる。
「それなら僕たちがセニューを迎えに行こう! これなら問題はないだろう!?」
「フォヌメ……」
「……あいつとはまだ決着がついていない勝負が四十二戦あるんだ! それを放置して逃げるなんて、許されないんだからな!」
要約すれば、ジェウセニューがいなければ遊んだってつまらない。彼が心配だからすぐに迎えに行きたい。そういうことだろう。
素直ではない友人のつむじを眺めてシュザベルは小さく笑みをこぼす。
そうだね、とミンティスも頷く。
「大人が探してくれないなら、ボクたちが迎えに行くべきだね」
「はい。神族さまたちはお忙しいようですが、その点、私たちは特にやることもありません。時間ならたっぷりとあります」
言い切って、シュザベルはイユとメルを振り返る。ネフネは……まぁ、フォヌメが行くと言うのだし、勝手にでもついてくるだろう。
「すみません、そういうわけなのですが、お二人はどうしますか?」
「……」
イユとメルは顔を見合わせる。
「……ここまで来たら、セニューくんのことが心配」
「そーそ。乗りかかった船って言うの? ここで下ろすから勝手にしてね、なんて言われちゃ困るよ~。イユクンとメルにもちゃーんと手伝わせてよ。ね!」
「おれちゃんも行くー! たびはまだまだつづくのだ!」
イユは笑ってネフネの頭をポンと撫でた。
「旅の目的というか、神界に来た目的はいいのかい?」
「んー、今それどころじゃないみたいだし……残念だけど今日は撤退? 次回に期待、ってね」
また来るつもりなのか、と思わずイユを見た。
イユはなにを考えているかわかりにくい顔でくすりと笑った。
「とりま、情報が入るまではココに居座るってことでおっけー?」
イユがいたずらっ子のような顔でカムイとシアリスカを見た。
ぎょっとしたのはカムイだ。シアリスカは目を瞬かせている。
「……それは……邪魔ですね。ええ、とても」
「でっしょー? なんで、出来ればわかってることぜーんぶ話してほしいな、みたいな?」
ぱちりとイユとカムイの間で電気が走ったような錯覚を覚えた。イユは虚勢なのか本気なのか、堂々とした態度でカムイを見て微笑んでいる。
そうか、とシュザベルは冷静さを取り戻した頭で思い返す。
彼らは三人が行方不明だと言った。そして同時に「息子は別の場所にいる」とも言った。
つまり族長の行方はわからないものの、ジェウセニューだけは別だとわかっている。もしかしたら、その行方にも見当がついているのではないだろうか。
シュザベルもカムイを伺う。
彼は不機嫌そうにため息を吐いた。
「アーティア、ヴァーンの捜索に加わってください。依頼料ならヴァーンの給料から差し出します」
「……まぁ、ぼくはお金が出るならどこからだっていいけど。この目が必要ってこと?」
「確証が欲しいんですよ」
「了解。詳しい話は……この子たちが退出してから、かな」
カムイは頷く。
追い出される気配を感じてシュザベルたちは身構えた。意地でもここから離れるつもりはないが、実力行使されるとどうしようもないだろう。
アーティアとヴァーレンハイトは両者を交互に見て、一歩下がった。
カムイの手が上げられようとしたとき。
「ソイツらは俺が引き取ロウ」
変わった抑揚の男性の声が背後から聞こえた。驚いて振り向くと、ちょうど大きな扉を開けて部屋の中に入ってくる黒髪の男性の姿があった。
黒い髪に黒い服の、面倒だという顔を隠しもしない男性。
カムイがため息混じりに「ロウ」と彼を呼んだ。
ちらとアーティアを伺えば、小さな声で「四天王の一人、ロウ・アリシア・エーゼルジュだよ」と答えてくれた。
男性――ロウはすたすたと歩いてカムイとシアリスカの前に立つと、「息子の方の居場所は見当ついているダロウ」とシュザベルたちを一瞥した。
やっぱり知っているのだとシュザベルたちはカムイを見つめる。
「……送ってやるんですか」
「ただの魔法族(セブンス・ジェム)が自力で行ける場所じゃないダロウ」
「わかりました、任せます。シアもそれでいいですね?」
「ボクの仕事が増えないならなんでもいーよ☆」
話し合いが終わったらしい三人は一同を見回す。
ロウは再びすたすたと歩いて部屋の扉へと手をかけた。
「ついテ来イ。ヴァーンの息子について教エル」
「あ、ありがとうございます!」
荷物を抱えなおし、シュザベルはカムイとシアリスカに一礼してロウの背中を追った。バタバタとミンティスやイユたちも慌てて走り出す。
背後でアーティアが「ぼくも見送りしてくるよ。話はあとでね」と言っているのが聞こえた。
ロウは振り返りもせずに大きな扉を抜けて更に城の奥へと続く廊下を歩いていく。意外と早いその足についていくにはどうしても早歩きになった。ネフネなど、もう走っている状態だ。
ロウが足を止めたのはいくつかの角を曲がり、いくつかの階段を下りた先にあった扉の前。
地味な扉だが、アーティア曰く「随分と大層な魔法の鍵がかかってる」扉だそうだ。
まさか、ジェウセニューがここにいるわけではあるまい。
ロウは早口で複雑な呪文を唱えて扉に手を置く。手を置いた場所から青い光が扉を駆け巡った。
かちゃり、と小さな音を立てて扉は呆気なく開く。
「入レ。中のモノに触れルナヨ。死にたくなけレバナ」
「ひぇ……」
咄嗟にネフネの手を握った。一番やらかしそうな手を片手だけでも封じて、シュザベルは先に部屋に入ったフォヌメたちのあとに続く。
部屋の中は薄暗い倉庫のようだった。
意味の分からない少々悪趣味といえるオブジェや調度品、絵画などが所狭しと雑に置かれている。
ロウは扉を注意深く閉めると、奥へ向かって歩き出す。
趣味が悪いと言いたくなるようなものばかりだが、恐らく年代物で高価なものばかりだろう。
「その辺にあるのは前族長の私物ダ。マァ……正直壊してもいいんダガナ。イヤ、むしろ壊したいくらイダガ、そうもいかなくてここに放置しテアル」
鬱陶しいと隠すことなく全身で表すロウは奥に進むのに邪魔だったのか、布をかけられた彫像らしき物体をぞんざいに蹴って退けていた。
「中にはマジナイのかかったモノもあルカラ、勝手に触ルナヨ」
「うわぁ……絶対触らない」
「こっわ、ココって呪いの宝物庫?」
確カニ、とロウは小さく笑った。
その足が止まったのは最奥にあった二枚の大きな絵画の前。それだけは趣味が悪いなんてとても言いようがない、ネフネですら口を開けて見入るほどの品だった。
向かって左の絵画はヴェールで顔を隠す薄紫の髪をした男性を描いたものだ。気品ある佇まいは洗練されていることがわかり、彼が只者ではないことを示している。その背景はどこかの城の偉い人が座る椅子の前のようで、彼は地位もある人物だと物語っていた。
右の絵はそちらとは違い、どこかの森の中のようだ。木々の間に描かれるのは銀色の大きなドラゴン。静謐さと荘厳さを感じる絵だ。とてもこの絵の前で不用意な発言は出来ないと感じる。
その絵を交互に見ていたロウは、おもむろに右のドラゴンの絵を素手で叩いた。
ぎょっとしてシュザベルは目を見開く。
コンコンコンコン、コン、何度か叩くと、驚いたことに絵画の中のドラゴンがくすくすと笑った。
『おや、珍しいのう。どうかしたのか』
優し気な、しかし正体不明の声だった。男なのか女なのか、若いのか老いているのかが全くわからない。
ロウはくすくすと笑う声を見上げるようにしてほうと息を吐いた。
「閣下、今からそちらに六人ノガキ……コホン、魔法族の子を向かわセマス。不都合でなければ話を聞いてやってくダサイ」
『相分かった。ふふ、最近はお客が多くて嬉しいのう』
よろしくお願いシマス、と頭を下げたロウの上から嬉しそうな笑い声が降ってくる。それはしばらく続いたが、やがてぷつんと途切れた。
ロウは大きなため息を吐いて頭を上げる。そしておもむろに絵画を持ち上げた。
「!」
絵画の下から現れたのは簡素な扉だった。木で作られたそれには取っ手だけがついており、装飾品どころか鍵すら見当たらない。
ロウは手が塞がっているから開けろと手前にいたメルに声をかける。
メルは恐る恐る扉を開けた。
闇。
扉の向こうは闇だけが広がっていた。
「ここから龍族(ノ・ガード)の里に行くことが出来ル」
「龍族の……里……?」
こくりとロウは頷く。
「恐らクダガ、ヴァーンは息子を一番安全な場所に転移させたハズダ。それナラバ、それは<龍皇>の住む龍族の里に他なラナイ」
「この先に、セニューが……」
こくりと喉が上下する。
扉の先はいつの間にかキラキラと白く光る一本道が出来上がっていた。
「光を辿っテ行ケ。決して外レルナ。迷子になりたくなけレバナ」
「……迷子になると、どうなるんですか?」
「どこかに放り出さレルカ、もしくは一生暗闇を彷徨うかだロウナ」
「うへぇ……」
シュザベルは掴んだままだったネフネの手をぎゅっと握り締めた。
一同は顔を見合わせて頷き合う。
ありがとうございますとロウに礼を言えば、彼はふるりと首を横に振る。
「礼を言われるものでハナイ。俺たちは息子を見捨てようとしていたんだカラナ」
「……」
「そレヨリ、カムイのやつを嫌わないでやっテクレ。あんな態度ダガ、一応息子の心配もしていルンダ」
「そう……なの?」
「ヴァーンは俺たちにとって大事ナ、替えのきかない友人ダ。その友人が大切にしている息子のコトダ。どうして無碍に出来ル」
ロウは小さく首を振る。
「本当ハ、さっさと全員見つけて迎えに行きたインダ。デモ、どちらかしか選ベナイ。俺たちはこの世界ヲ、民を裏切レナイ。族長なくしてこの世界は立ち行カナイ。……どちらかを選ぶとシタラ、優先すべきは族長であるヴァーンダ」
「……」
「息子の方は怪我をしていた形跡は見つかってイナイ。無事のハズダ」
その言葉にシュザベルはほうと息を吐いた。
彼らにも事情があるのだ。それを飲み込んで、シュザベルは頷く。
が、先に口を開いたのはフォヌメだった。
「まぁそういうことなら許してやらなくもないかな。でも、口調や態度は改めた方がいい」
「フォヌメが言う?」
「すみません、あとで叱っておきます」
ロウは怒るでもなく、ただくくと笑っただけだった。
さっさと行けと扉を示す。
シュザベルたちはもう一度頷き合って扉を見た。
「ぼくは伯父さんとルネローム探しを手伝うからここまで。ジェウセニューを見つけたら『心配させるな、ばーか』って言っといて」
「ふふ、わかった。伝えとく」
「落ち着いたらまた集落に遊びに行くよ」
アーティアとヴァーレンハイトを振り返り、もう一度礼をする。彼らには随分と世話になった。
道中は大変だったし、ジェウセニューのことが気がかりでそれどころではなかったが楽しかったのは事実だ。
手を振って扉に向き直る。光の道は細く、真っ直ぐではなかった。
それを踏むように、ゆっくりと足を進めていく。背後で扉が閉まった音がした。振り返らずに進む。
先頭を歩くフォヌメの背を追うように、逸れないようにネフネの手を引いて歩く。
暗いトンネルのような道はすぐに終わりを迎えた。
「……わ、ぁ……」
声を上げたのは誰だっただろう。
シュザベルも息を吐く。
美しい緑の森が視界いっぱいに広がっていた。
「ここが、龍族の里……?」
肯定も否定も出来ない。
その場で周囲を見渡していると、目の前に大きな苔色のドラゴンが降り立った。
驚いて声を失う。
ドラゴンは黄色い目を細めると、ぺこりとお辞儀をするように長い首を垂れた。
「こんにちは」
優しそうなお姉さんの声がした。
くるくると変わった笑い声が喉から漏れている。
「君たちが<龍皇>さまのお客様だね? <龍皇>さまのもとへ案内しよう。さぁ、私の背に乗って」
言って、苔色のドラゴンは背を差し出すようにしてシュザベルたちを見た。
ドラゴンの、背に、乗る?
フォヌメとミンティスが興奮で声を上げた。
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