白星女様の後仕事

七野りく

プロローグ 客人

「フィオ、お願いだよ。暇な――こほん。引き籠っていて、面倒事を任せられる大英雄様は君だけなんだ。どうか、僕を助けると思って、ね? この通り! 『白星女しろせいじょ』様!!」

「……テオ? 貴方、本当に仕事を頼む気があるんですか? あと、『白星女』様って言わない! 私はもう大英雄なんて辞めたんです」


 最近改装したキッチンで、手土産の紅茶を丁寧に磁器製のカップへ注ぎながら、私――フィオリナ・ヴァレンタインは幼馴染の青年を肩越しに詰った。

 元孤児院の居住スペースを改修した自室にいるのは私とテオだけなので、遠慮なんかしない。余り好きではない異名の由来となった白みがかった長い金髪が、窓からの陽光でキラキラと煌めく。

 足下にやって来た住み着いている白猫を抱きかかえ、淡い茶髪で似合っていない礼服を着た長身の青年は大袈裟さに肩を竦める。


「頼む気しかないよ。だってフィオが請けてくれないと、ようやく取れそうな休暇がなくなりそうでさ……正直、死活問題なんだ」

「……私に得がないんですけど? 突っ立っていないで座ってください」


 彼の腕の中でくつろぐ、羨ま――こほん。不遜な白猫を睨みつけつつ、私は椅子へ座るよう指示する。

 まったく……半月ぶりに訪ねて来たと思ったら『補佐官としての仕事』。

 しかも、自分の休日の為だなんてっ!

 テオとは孤児院以来の物心ついた頃からの付き合いだけれど、女心をまるで分かっていない。彼の方が七歳も年上なのに。

 もしかして、忘れているんじゃないだろうか? 

 私だって、もう十六歳。

 王国の法律だと成人なのだ。結婚だって大手を振るって堂々出来る。

 なのに……何時までも子供扱いするし。あれだけ反対したのに、悪王子の補佐官になってからは、仕事に追われて中々会いに来てくれないし。来たら来たで『面倒事』ばっかり持ち込むし。私の背は何時まで経っても低いままだし、胸も小さいままだし、世間も私達を何故だか『兄妹』認定しているしっ。


 何より人と魔族の十年に亘った大戦――『人魔じんま戦争』が終わって二年も経ったのに、一緒に暮らしてくれないしっ!


「…………テオの馬鹿。仕事人間。鈍感。悪王子は今度会ったら死なない程度に呪っておかないと」


 バレないよう小声で呟き、棚から手製のクッキーが入った硝子瓶を取り出しお皿へ荒々しく出す。テオが来ると聞いて、午前中に作っておいたのだ。

 トレイにティーポットとカップ、クッキーのお皿を載せテーブルへ置く。

 彼の膝上で丸くなった白猫へ『至急どいてください。そこは私の場所です』と強い念を送りつつ、椅子に腰かける。白の魔法衣とエプロンが皺を作った。


「冷めない内に飲んでください」

「うん、ありがとう、フィオ」

「……私も飲みたかっただけです」


 世界で一番大好きな微笑み。

 釣られて私も笑顔になってしまいそうになり、慌ててそっぽを向く。

 この流れで何度、面倒事を引き受ける羽目になったことか。今日は絆されないようにしないと。

 頬杖をつき、クッキーを齧る。


「それで? どうして、私なんです?? 何度だって言いますけど……私はもう大英雄なんて辞めたんです」

「フィオ、それは無理だよ。この十年間、世の中にはたくさんの創られた英雄が生まれた。でも――君と『勇者』様、『天槍てんそう』様、『賢者』様は大陸の南半分を、人族世界を紛れもなく救った本物の大英雄様達なんだ。『白星女』だって、戦時中に自然と語られるようになってた。何時か……そうだなぁ。『人魔戦争』が御伽話になる頃には、辞められるかもしれないけどね。僕は君の呼び名、結構好きだよ?」

「~~~っ! ……べ、別にテオが好きでも、私は嫌いなんです。魔族側で散々暴れ回った『黒星女』みたいじゃないですか」

「そうかなぁ」

「そ・う・で・す」

 

 言い切ると、テオも苦笑しながら頬杖をついた。

 ――静かな、けれど嫌いじゃない沈黙の時間。

 窓の外からは小鳥達の鳴き声が聴こえてくる。

 数年前まで子供達の声が響いていた、王都東方郊外の丘上にある元孤児院を訪ねて来るのは今や小鳥と動物達ばかりだ。

 十年に亘った人と魔族の大戦争が終わっても、全てを元通りにするのは難しい。


 魔法しか取り柄のなかった私が老魔王を討った『四大英雄』の一人『白星女』。

 目の前の青年は何れ強大な王国を継ぐ第一王子の懐刀。


 七年前、王国の徴兵官が孤児院にやって来てから――世界も、王国も、孤児院も、私達の立場も大きく変わってしまった。

 それが物悲しく……同時にあの頃と変わらず、目の前で紅茶を飲む二十三歳の青年が、十六歳の私とこうして紅茶を飲み、クッキーを食べてくれることは心から嬉しい。

 先の大戦中、余りの凄惨な戦場に幾度となく心を折られかけた幼い私が、それでも生きて還って来れたのは三人の戦友達と、何よりテオの存在があったからなのだ。


「このクッキー、とっても美味しいね」


 私の気持ちも知らないで、のほほんと感想を述べている鈍感補佐官様には、絶対言わないけれどっ。左手の人差し指を振る。

 転移魔法で彼の膝上でくつろぐ白猫を近くのソファ―へと跳ばし、此方へ来られないよう枝でフェンスを張り巡らす。

 私は行儀悪く足を組み、質問を発した。


「貴方がこうして持って来た以上……どうせ、大戦の歪の結果生まれた『後仕事あとしごと』の類なのは分かっています。他の三人に声はかけたんですか?」

「まさか。戦時中ならいざ知らず、大英雄様達に連絡を取る伝手なんてないよ。仮に取れたとしても、恐ろしく多忙だと風の噂で聞いているし……請けてくれるとは思えないな」

「……本当ですか?」

「ん~僕ってフィオに嘘を吐いたことあったかな?」

「…………ないですけど」


 テオはどんな時でも私の味方だったし、どんな時も私に嘘を吐いたことがない。

 悪さをしているのは、性格のひん曲がった悪王子なのだ! やっぱり、今度会った時、多少の呪いをかけないと。

 私が強い決意を固めていると、テオは空になった私のカップへ紅茶を慣れた手つきで注いでくれる。


「どうしても嫌なら、断ってくれていいよ。何処かかしこも人手不足だし、代わりに僕が何とか」

「駄目です。……駄目です」


 最後まで言わせず、私は言葉を遮った。

 幼馴染の青年は戦闘能力がほぼない。魔法だって殆ど使えない。

 彼の才が活かされるのは……戦場や荒事の場ではないのだ。

 ――長い手が伸びてきて、私の前髪に優しく触れた。

 体温を感じ、身体が火照る。


「! テ、テオ?」

「埃が付いてた。……今回の件は少しだけ厄介なんだ。王子直属の聖騎士団を投入しても、犠牲が増えるだけだと思う」

「――……もしかして」

「うん」


 珍しく憂いを帯びた彼の綺麗な瞳で、事態を察する。

 王国の聖霊騎士は精強無比。

 大戦中に赫々たる戦果を挙げ、老魔王との決戦時においても、輝かしい武功を挙げた。並の魔族や魔物が相手なら絶対に負けはしない。


 ――その騎士達を投入すると『多大な犠牲』が出る相手は自ずと限られる。


 フェンスを突破した白猫が空いている椅子へ上がり、疲れたのか丸くなった。

 目線で促すと、テオが困った顔で今回の『後仕事』を教えてくれる。


「つい先月――大戦の影響でねぐらを追われたらしい『竜』が、王の猟場に現れてね。以来居座っているみたいなんだ。辺境ならまだ良かったんだけど、場所は王国のほぼ中央。交易路が重なりあっている都市の近く……このままだと、物流が滞って、復興に後れが出て来かねない。『倒せ』とは言わないよ。何とか、フィオの力で退かせられないかな? 勿論、報酬は弾んでもらうよ。王子の言質も取ったしね」

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