第4話 破魔矢
大学の門をすり抜けた。
ちょっとドキドキした。
そりゃもう通り道として使ったことはあるよ。
学祭にも高校の友達と行ったこともある。けれで所属している大学生として門を潜るのはちょっと緊張する。
それに身体が違う。
今日は史華姉の身体を借りている。
胸が邪魔で足元が見にくいのに困ってしまう。不便なんだ、このサイズ。特に階段やエスカレーターの下りとか焦っちゃう。
不便なのは他にも沢山だ。
史華のメモリは揃ってる。
けれど感情は残ってない。
記憶としては不完全なの。
他人のPCを触っていて、記録されている動画のサムネを見ているような気がする。大学構内で顔見知りということはわかっても、感情が紐づいてないので、どうその子に言葉をかけていいかがわからない。
けど無視をするのもよくないね。
「久しぶり〜」と肩を叩いた。
この子は大丈夫、何度もメモリで見ている。
食事もよくしてるけれど、名前は知らない。
「おひさ〜史華、どしたん」
「履修の提出にきたのよ」
「まだ出してなかったの、明日で期限だよ」
「う〜ん、専攻科目に悩んでたの。それでね、甘利先生に相談に来たのよ」
「ああ、甘っちね。いいね。私も用事があるんで、一緒に行こうか」
あの隆々たる体躯の助教を、そんな愛称で呼んでるらしい。
そうして彼女に引っ張られてゼミ室へと向かった。ようやく見知った顔を見てホッとした。
彼女は指方多英、という子らしい。
並んで現れたので甘利助教は驚いた顔をした。しかも部外者込みじゃ、黒羽衣なんかの話ができなかった。ただ助教はさりげなくその子のフルネームを混ぜて会話してくれて、ホント助かったよ。
彼女に誘われて一般教養の講義に出た。
「面白いのよ」というオススメの生物講義らしい。
半円形の中講堂に、みっしりの大学生が階段状の席についていた。
その中心の舞台に液晶モニタが置かれ、蓬髪の痩せた教授が白衣姿で立っている。眼鏡の奥に細まった目があり、眉毛まで白髪になっている。
教授の講義が始まった。
中身がJKのボクでも、とても興味が湧いた。
「ここで生物の講義をしているけど、君たち生物の定義ってなんだと思う?」
高校とは違い返答があるわけはない。幾人かが顔を向けただけだ。
中講堂の中段に座っているので、とてもよく学生の動きが見える。
「動物の呼吸、脈拍、筋肉の活動、脳波、排泄、生殖行動、様々な生物行動は観察できる。そしてそれらの生命活動は観察できるし数値で計測もできる。しかもその停止する瞬間、つまり死も観察できる」
と口を切ってこう言った。
「しかしながら、なぜ生命活動をするのかは解明できていない・・・」
「君らの世代を悩ましている、恋愛感情ですら数値化は可能なのに。交感神経のニューロンの活動、フェロモンの検知、脳波の活動は機械でそれも計測可能だ。そう考えると味気ないがね」
「先生、植物はどうなんですか? 確かサボテンには感情があるとか」
「詳しいね。それはバクスター実験と呼ばれたものだ。嘘発見器つまりポリグラフだな。その技術者だったバクスターが発表したものだけれどね。作業中に観葉植物のドラセナについポリグラフを繋いで、そして火のついたライターを近づけると、動物で見られるような恐怖心の変化があったという」
堂内が静まり返って、彼の言葉を追っている。
「ところが彼の準備した機械以外では実験を繰り返しても実証はできなかった。普遍的な再現性がないというのは限りなく怪しいよね。それで今では完全に否定されているね」
「まあいい。特に動物は顕著に計測ができると言うことだけれど。検知しているもので最小単位は何かというと微弱電流になる。神経間はイオン化されたナトリウムやカリウム、塩素イオンがやり取りされている。その媒介のため生命活動に塩が必要なわけだね。その神経の集合体が脳になるのだけど、結局は意識というのは電気信号の複雑な集合体と言っていい」
「じゃあ恋愛も電気なんすかぁ」
「びびっっと来るっていうじゃん。マジであたしもそうだった」と耳元で多英が囁いた。
聞きたいことがあって、挙手をした。しかし指されたのは背後に座っていた男性だった。聴講生だろうか、およそ学生らしからぬ風体をしていた。
もう陽光が輝いているのに、漆黒の服を着ていた。あらゆる光を吸い込むような、翳が凝集して人間の形をとったような男性の目は、斜視のためにどこに視点を合わせているのかが判らない。
「すみません。そうすると怨霊とか幽霊とかは生命活動がないので、存在できないということでしょうか?」
そう、同じことを質問するつもりだった。
「そうだねえ。いや、逆に存在の検証はできるかもしれない。霊現象は、磁場であったり滞留電流とか静電気に、意識がコピーされたものということだろう」
なるほど、と思った。
六花姉が言っていた。
幽霊は意識を持った静電気の凝ったもの。
地縛霊とか怨霊はさらに強固な意思を持った磁場、魍魎は彼らが肉体を持って結実したもの。
つまりは魍魎ですら、計測は可能な存在ということだ。
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