卒業

 季節は巡り、柔らかな春の日差しが降り注ぐ日、わたしは中学の卒業式を迎えた。


 式が終わったあと、「ちょっといいか?」と重松くんに声を掛けられた。


 彼の気持ちを知ってから、どう接したらいいかわからなくなっていたので、話をするのも久しぶりだった。

 

 重松くんの大きな背中を見ながら、黙って後ろをついていく。出会った頃より、さらに逞しくなった気がする。

 先を歩いていても、わたしの歩幅を考えてゆっくりと歩いてくれる。

 重松くんは、いつも優しい。


 校庭の隅にある桜の木の下で立ち止まると、重松くんは振り向いてわたしを見た。

 満開の桜から、時折はらはらと花びらが舞う。


「もう、わかってるかもしれないけど……俺、香坂のことが好きなんだ。正直、図書委員になったのだって、香坂が目当てだったし」

 

(そうだったんだ。知らなかった……)


「誤解しないで欲しいけど、そんときは香坂の声が好きだっただけで、変な下心はなかったからな。

 だけど、一緒に図書室の受付をやるようになって、明るくていい子だなとか、いつも一生懸命だなとか、声だけじゃなく、香坂自身のことが気になるようになって、気がついたら本気で好きになってた。

 できれば、卒業してからも会いたいと思ってる。俺と付き合ってくれないか?」


 少し声を震わせながら、ひたむきに気持ちを伝えてくれる重松くんを見てると、切なくてたまらなくなった。


 重松くんは、強くて、優しくて、真っすぐな男の子だ。

 一緒にいると楽しいし、困っているといつも助けてくれた。いい思い出だってたくさんある。恋愛感情はなくても大切な友だちだ。


 わたしは彼を傷つけない言葉を必死に探した。だけど、そんな都合のいい言葉なんてどこにもなくて、真っすぐに彼と向き合うことしか出来なかった。


「ごめんなさい。重松くんのことは友だちとしか思えません。それに……わたし、付き合ってるひとがいるの」


「うん、知ってる。……わかってたけど、最後に言いたかったんだ。勝手だけど、自分の気持ちにケリをつけたくて。悪かったな」


「ううん、そんなこと……」


「三年間、香坂がいたから楽しかった。ありがとな」


「わたしも楽しかった。色々、ありがとう」


「じゃ、元気で」


「うん。重松くんも」


 さよならの握手なんてしない。

 重松くんは、一度も振り返らずに走り去った。

 


 ***


 わたしと茉莉花は第一志望の高校に合格した。


 これで春から同じ高校に通える。電車通学になるのが面倒だけど、定期を持つのは初めてだからなんだか嬉しい。高校生になったって感じがしてワクワクする。


 制服が出来上がったので、さっそく家で試着してみた。

 現代風にアレンジされた紺のセーラー服で、襟とリボンは綺麗な青。夏服は白のセーラーで、リボンとスカートがチェックに変わる。


(冬服も可愛いけど夏服も爽やかでいい感じ。この高校って、制服目当てで受験する子も多いんだよね~)


「あら、似合うじゃない。やっぱり、ここの制服は可愛いわね」

 鏡越しに見ている母も満足そうだ。


「ちょっと貴志くんに見せてくる!」

「いいけど、汚さないでよ」

「はーい」

 こういうとき、お隣さんだと便利だ。


 ドアを開けた瞬間、貴志くんが絶句した。

「…………」

「あれ? 気に入らなかった?」

「ちがっ。まさかセーラー服だとは……ごめん、衝撃が強すぎて。中に入って」


 付き合い始めてから、もう何度も部屋に来てるけど、わたしたちはまだ何もしていない。


(もう高校生なんだし、そろそろキスぐらいしてもいいと思うんだけど。貴志くんはどう思ってるのかな)


 部屋の中に入ると「もうちょっと見せて」と甘えるように言われた。


「ん。どうぞ」


 立ったまま全身をじっと見られると、思ったより恥ずかしかった。


「はあ、可愛い。可愛すぎて、他の男が寄ってこないか心配だ」

「心配しなくても、わたしは貴志くんしか目に入らな――」


 最後まで言い終わらないうちに強く引き寄せられた。

 何が起こったのかわからないまま、気がつくとわたしは貴志くんの腕の中にいた。


「……ごめん。我慢できなくて」


 貴志くんが謝り、腕の力を緩めた。


「謝ることないのに。彼氏なんだから、何してもいいんだよ?」

「ほんとに?」

「うん」

「……何しても?」

「……うん」


 貴志くんの顔がゆっくりと近づいてくる。 

 思わずぎゅっと目を閉じると、唇に何かが触れた。


(今のって……)


 目を開けると、「続けてもいい?」と囁かれた。

 

 コクンとうなずくと、顔じゅうに小鳥がついばむようなキスをされた。

「くすぐったい」と笑うと、貴志くんもクスクスと笑う。


 キスとハグを繰り返すうちに、頭がクラクラしてきた。

 こんなに長い時間するものだとは知らなかった。


 貴志くんは、ふらつくわたしをベッドに座らせ、「これ以上はしないから」ときっぱりと告げた。


「……もしかして、わたしがヘタだったから?」


「違うよ! 恥ずかしいけど、僕だって初めてだったし。止まらなくなる前にブレーキをかけただけから」


(良かった。貴志くんも初めてなんだ)


「葵ちゃんこそ、嫌じゃなかった?」


「嫌なわけないでしょ。付き合ってるんだから」


「いや、高校生になった途端がっついたりして、引かれたらどうしようかと思って」


「引いたりしないよ……わたしだって、したかったし」


「あーもうっ、あんまり可愛いこと言っちゃダメだって言っただろ」


「え、いつ……」


 いつのことだっけと訊こうとしたけど、唇をふさがれて、その先の言葉が言えなかった。




 ――――――――――――――


 いつもお読みくださりありがとうございます。

 保護者目線の読者様、大丈夫でしょうか(^-^;


 「可愛いこと言っちゃダメ」発言は、「告白のあと」の回ですね。

 

 葵も高校生になり、色々と状況も変わってきます。

 どうか続けてお楽しみください!


 

 


 

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