貴志くんを応援したい(後編)

 わたしが編集の真似事のようなことをしているのには理由がある。

 

 貴志くんは、1年くらい前から小説を書かなくなった。ううん、なった。


「しょうがないよ。作文コンクールで賞を取ったくらいで、才能があるって勘違いした僕が馬鹿だったんだ」


 僕なんて何のとりえもない人間なんだよハハハと、死んだ魚のような目をして乾いた笑いを浮かべる。


 初めて会ったとき、「小説家志望です!」ってあんなに目をキラキラさせてたのに、すっかり自信をなくしちゃったみたい。


 どうしたらまた書けるようになるのか、わたしなりに考えてみた。

 こういうときプロの作家だと、編集者がホテルに缶詰かんづめにして無理やり書かせるって聞いたことがある。


 調べてみると、缶詰にするというのは「一定の場所に人を閉じ込めて、外部との交渉を断った状態に置くこと」だそうだ。


 ということは――貴志くんはすでに缶詰状態なんだから、わたしが編集さんの代わりをすればいいのでは? そうだ、そうしよう!


 わたしは勢いよく貴志くんの部屋のドアを叩いた。


「貴志くんに中学生が主役の小説を書いてほしいの。できれば夏休み中に」

(ちゃんと締め切りを作らないとね)


「え、ちょっと待って。どうしたの、急に?」 


「短編でもいいから!」


「いや、急なそんなこと言われても困るよ」


「でも、しばらく書いてないじゃない。小説家になる夢をあきらめたわけじゃないんでしょ? 夏休みが終わるまで1か月もあるし、短編くらいなら――」


「そんな簡単に書けるわけないだろ!」


 乱暴に言い捨て、貴志くんは部屋の奥に引っ込んでしまった。

 わたしは黙って貴志くんの部屋を出た。

 

「……どうしよう。あんなに怒るなんて思わなかった……」

 口に出すと余計に悲しくなり、涙が止まらなくなる。


 嫌われるくらいなら余計なこと言わなきゃよかった。

 あー、もうっ、わたしのバカ!

 

 その日の夜、「何かあったの?」とお母さんに訊かれたけど、わたしは黙って首を横に振った。

 小さい頃は何でも言えたのに、だんだん言いづらいことや言いたくないことが増えていく。なんでだろうな。


 それから数日後、庭のベンチでぼーっとしていると、後ろから声を掛けられた。

「暑いのに何してるの?」


 久しぶりに聞く貴志くんの声。

 おそるおそる振り返ると、彼は穏やかな笑顔を浮かべていた。


(良かった。もう怒ってないみたい。どうしよう、謝ったほうがいいかな。でも、なんて言えばいいんだろう)


 そんなことをグルグルと考えていると、貴志くんが紙の束を差し出した。


「はい、これ」

「え? これって……」

「面白いかどうかわかんないけど」

「書いてくれたの!? ありがとう! さっそく読んでみるね」

 

 良かった! 本当に良かった!

 わたしはバタバタと家に帰り、貴志くんの書いた小説を夢中で読んだ。


 それは、今まで貴志くんが書いていたものとは全然違う、ワクワクするような楽しい冒険小説だった。


 すごい。こんなのも書けるんだ!


「貴志くん、これ面白かったよ!」

 読み終えたわたしは興奮して言った。


「そう? 良かった。葵ちゃんが面白いと思うようなものって考えると、いつもと全然違う話になっちゃったよ。たまにはこういうのもいいね」

 と貴志くんはニマニマしていた。


 ふふ。なんだか楽しそう。

 純文学じゃなくても、やっぱり書いたものを面白いって言われると嬉しいんだ。よし、これからもこの作戦でいこう!


 調子に乗ったわたしは、それからも締め切りを決めてお題や人物を設定し、貴志くんに小説を書いてもらっている。


 子どもが編集の真似事をしているのも変だけど、貴志くんが素直に言うことを聞いてるのも不思議だ。


 お母さんが言うには、

「ずっとひとりで頑張ってきたから、そろそろ煮詰まってたのかもね。貴志くんのお父さんは大きな会社の社長さんで、貴志くんには会社を継いで欲しかったみたい。だけど、貴志くんは小説家になりたかったから、高校を卒業すると同時に家を出たんですって」


「そうなの? そんなこと初めて聞いた」


「子どもに話すようなことじゃないからね。あなたがもう少し大人になれば話してくれるわよ」


「うん……」


 そう言われても、なんだか胸のあたりがモヤモヤした。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る