小鳥通り

 〈小鳥通り〉には、母の喜びそうな雑貨屋がたくさんあった。

 和小物、食器、傘、帆布カバン、帽子。


「何がいいかなあ。いっぱいあって迷っちゃう……あ、ここは何の店かな?」

 

 店内に入ると、きれいな色をした石が並べられていた。


「なんかゴツゴツしてるね。原石って感じ」

「結構高いな」

「ほんとだ。あ、これすごくキラキラしてる」

「きれいだね」

「本物の金みたい。あ、こっちの紫のもきれい! マダガスカル産だって」

「へえ、こんなのが採れるんだ」


「ねえねえ、魔石ってこんな感じかな?」

 と小さな声で言うと、

「確かに魔石っぽいな」

 貴志くんの目が石に吸い寄せられていく。


(いつか貴志くんの書く物語の中に、この金や紫の石が出てくるのかもしれないな)

 そんなことを考えながら、わたしは彼の隣でニヤニヤしていた。


 少しのどが渇いたので休憩する場所を探していると、店頭でソフトクリームを売っているお店があった。


「わあ、おいしそう! 飲み物も色々あるよ」

「じゃあここにしようか」


 メニューを見ると、どうやらここはハチミツ専門店のようだ。


「何にする?」

「えーっとねえ、ソフトクリームも食べたいけど、のども渇いてるから……ソフトハチミツドリンクにしよっかな」


「じゃあ、ソフトハチミツドリンクとユズハチミツドリンクください」


 貴志くんがお金を払ってくれたので、わたしは母に持たされた財布から小銭を取り出した。


「いいよ。これくらい僕が出すから」


「ううん。お母さんが『飲んだり食べたりするときはここから出しなさい』って。全部貴志くんに出してもらったなんて知ったら、後でめんどくさいことになると思うよ」


「じゃあ、そうしてもらおうかな」

 貴志くんは苦笑いを浮かべ、小銭を受け取った。


 店内に入り、空いていたカウンター席に座る。

 まだ5月だというのに、外は夏のような暑さだ。歩き回って疲れた身体にハチミツドリンクはピッタリだった。


「うー、きくぅ」

「んー、美味しい!」


「へえ、ソフトクリームにもハチミツが練りこんであるんだって」 

 テーブルにある三角POPを二人で読む。

「ハチミツパワーすごいな」

「うん。あなどれないね」


 店の外を歩く人の数はどんどん増えてくる。


「何か気になるものはあった?」


「うん。風呂敷とか、がま口とか、結構おしゃれな物があった。あと、可愛い豆皿とか。身につけるものはうるさいから、豆皿とお箸にしようかな。趣味が合わないと、わたしがあげたのでも使わないんだもん」


「あはは。じゃあ、食器屋さんに戻ろう。僕もお金を出すから、葵ちゃんの分も買おうよ」


「えっ、いいの?」


「うん。いつもお世話になってるお礼ってことで」


 食器屋さんで二人分の豆皿とお箸を買った。

 わたしの分は貴志くんが買ってくれたから、初プレゼントだ!


 いくら仲が良くても、わたしたちはただのお隣さん。今まで誕生日プレゼントすら、あげたりもらったりしたことがない。


(でも、母の日みたいなイベントがオッケーなら、もしかしてバレンタインもありなのでは!?)


 今どきバレンタインに告白する子なんてあんまりいないけど、友チョコとか義理チョコとか言いながら、好きな男子に渡してる子は結構いる。

 今までバレンタインにチョコなんてあげたことないけど、頑張ってみようかな。どうしよう、今からドキドキしてきちゃった。


「……あれ? 貴志くん?」

 バレンタインのことで頭がいっぱいで、貴志くんを見失ってしまった。


「やだ、どこ行っちゃったの。お店に入っちゃったのかな」

 焦って近くの店を探したけど見つからない。


「そうだ、電話……」

 貴志くんのスマホを鳴らしたけど、なかなか出ない。

 きっと貴志くんも探してるんだ。

「こういうときは、あんまり動かない方がいいんだよね」

 

 じっと道端で待っていると、人ごみをかき分けて貴志くんが戻ってきた。

「葵ちゃん!」

 わたしはブンブンと手を振る。


「ごめん! はぐれてたの気がつかなくて」

「ううん。わたしがぼーっとして歩いてたから」

「通りを抜けるまで手をつなごうか?」

「う、うん」


 貴志くんが差し出した手を握ると、大きな手がわたしの手を包み込んだ。


(わ、こんなに大きいんだ) 


 そこから通りを抜けるまで、ふたりとも口をきかなかった。

 つないだ手に神経が集中する。


(どうしよう、手汗が気になってしかたない)


 通りを抜けた瞬間、ふたり同時に手を離した。


「手に汗かいちゃったね、えへへ」


 わたしはタオル地のハンカチを出して、自分の手をごしごしと拭いた。

 ついでに貴志くんの手も。わたしの汗を残してなるものか!


「ごめん! 僕のせいで」

「ち、違うよ。暑かったし、わたしも汗かいちゃったから」


 気まずい空気をごまかすように視線を動かすと、目の前に大きな赤い鳥居が立っていた。


「ちょっと行ってみる?」

「うん」

 貴志くんに誘われ、ふたりで鳥居をくぐった。


 参道の砂利道をじゃりじゃりと音を立てながら歩くと、それだけでご利益がありそうな気がする。


「本殿にお参りするなら、あの階段を登るんだけど、あまり時間がないから後でいい?」


「いいけど、どこに行くの?」


「店を予約してるから、そこでランチしよう」


 え、嬉しいけど、なんか手馴れてない?


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