ネクタイの結び方(重松視点)
俺は、同じクラスの
小さくても響く不思議な声で、ずっと聴いていたくなる。
どうして誰も気づかないんだろうと思っていたら、香坂の友だちの
うんうん、そうだよな。そう思うよなと言いたいが、こちとら思春期真っただ中。そんなこと口が裂けても言えない。国語や英語の時間に彼女が教科書を読み上げるのをひそかに楽しむくらいだ。
そんな香坂葵と同じ図書委員になった。
彼女が立候補してるのを見て、俺も慌てて手を上げたところ、じゃんけんで勝ち抜いたのだ。
たぶん、他にも香坂目当てのやつがいたんじゃないかな。
顔だって結構可愛いし、賢そうだけどうるさくないから、香坂を悪く言う男子はいない。俺も、できれば仲良くなりたいと思っている。
最初は身体がでかい俺のことを怖がってたみたいだけど、頑張って話しかけてたら、香坂の方からも話しかけてくれるようになった。少なくとも嫌われてはいない、と思う。
いつのまにか俺は、香坂の声だけじゃなく、彼女自身を好きになっていた。
だが、俺の気持ちも知らず、彼女の口から出るのは隣に住んでいるという小説家志望の男の話ばかりだ。
まったく、9歳も年上のおっさんのどこがいいんだ。小説家志望っていったって、ただのフリーターだろ。いつまでも芽が出なかったらどうすんだよ。バイトしかしたことのないおっさんに、まともな就職先なんて見つからないぞ!
……もちろん、心の中で思ってるだけで彼女には言わない。そんなこと言ったら一発で嫌われるに決まってる。
だけど、彼女はまだ中学生。今はおっさんに夢中でも、そのうち夢から覚めるはずだ。告白するのはそのときでいい。振られるとわかってて告白するのは馬鹿だ。
そう思っていたのに――。
「ネクタイの結び方教えてよ」
なぜか香坂は俺のネクタイに手をかけている。
「ちょ、ちょっと待て。今、はずすから」
「はずしちゃダメだよ! 結んであげる練習なんだから」
香坂の顔が間近に迫る。
長いまつ毛とか、柔らかそうなほっぺたとか、なんかもう色々とやばい。
彼女は不器用なのか、「上手く出来ないなあ」と呟きながら、何度もネクタイを結び直す。
意識してるのは俺だけで、彼女はネクタイを結ぶことに夢中だ。しかも、あの小説家志望のおっさんのために!
くっそー、いっそ思い切り抱きしめちゃおうかな……やんないけど。
もうちょっと危機感を持って欲しい。俺のこと、どんだけ安全パイだと思ってんだ。
「よし、きれいに出来た! ありがとう、付き合ってくれて」
嬉しそうな声。良かったな、結べるようになって。どうせ俺は練習台だけど……。
「ハア。もう、帰るぞ」
これ以上そばにいたら、抑えられる気がしない。
俺が席を立つと、ちょっと待ってと言いながら追いかけてくる。
とっとと告白して振られた方が楽かもなと、弱気になったのは仕方のないことだろう。
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