整形美人

連喜

第1話

 先日、新婚の友人の家に遊びに行った。俺が新婚という言葉から連想するのは二十代の若いカップルだ。二人とも初婚で、彼女とは学生時代から付き合っているという微笑ましい間柄。または、同じ会社で働いていた先輩後輩などが鉄板だろうか。


 しかし、俺はもう五十になってしまったから、友人もそれなりに年を取っている。先日、結婚したのは俺の大学の同級生だ。出会ってから、気が付いたら三十年近く経っている。


 こんな風に書くと、友人は独身貴族(死語)を卒業して、やっと身を固めるんだと思うかもしれない。小説の世界なら、結婚相手は若い女性で顔もかわいいという人生逆転が普通だ。俺もまだ若い子と付き合えるんじゃないかと、勝手に夢を膨らませてしまう。


 だが、俺の友人の寺川君はそうした期待をすべて裏切ってくれた。玄関に出て来たのは、やはり、それなりに釣り合いの取れた女性だった。


 しかも、この男。一度離婚もしている。俺は彼の結婚式に行ったのに、いつの間にか離婚していやがった。結婚式は二十代の頃でかなり前のことだから、奥さんの印象はほとんどないけど、きれいな人だった気がする。しかも、子どももいたはずだ。離婚した経緯はちゃんと聞いていないが、浮気じゃないかと思っている。


 だから、彼の場合は、新婚とはいえ再婚ということになる。以前は分譲マンションに住んでいたけど、また、家を買ったらしい。金はどこから出ているのか気になって仕方がなかった。


 俺はなぜ自宅に呼ばれたのかわからなかったが、そらく、お祝いに現金を送ってさらにプレゼントまであげたからだと思った。多分、友人の結婚としては最後だと思って奮発したのだ。

 もしくは、俺がまだ独身だから、二度も結婚したことを自慢したかったのかもしれない。


 俺はこうして寺川君の家に招かれたが、住所はなぜか世田谷だった。世田谷と言ってもピンキリなのだが、彼が住んでいたのはわりと高級感のあるエリアだ。一度離婚しているのに、まだ、そんなにいい所に住む余力があったとは意外だった。彼は新卒で入った日系の会社にずっと勤めているはずだから、給料はたかが知れている。


 実際行ってみると友人の家は古い一戸建てだった。築三十年位くらいだろうか。お世辞にも裕福とは言えない感じだった。世田谷に住んだのは恐らく奥さんの希望だろうと思った。前の家は荒川区だった。中古の家は、買った後にあちこち不具合が出て来て、修理にかなりの金がかかるものだと聞く。俺は寺川君の財政状態が心配だった。


「結婚、おめでとう」

 俺はありきたりなことを言った。正直言って、実家のような古い家に住む彼はあまり幸せそうには見えなかった。

「世田谷に一戸建てなんてすごいね」

 俺はもっといいところに住んでいるのだが、お世辞でそう言った。

「うん。まあ、妻が世田谷が好きで…」

「昔から夢だったんです。この辺に住むのが」

 奥さんが嬉しそうに言った。

「さすが、街並みがきれいですよね。低層住居専用地域っていうか…高い建物もないし」

 この家はいくらくらいで買ったんだろう…。四千万くらいだろうか。この古さだと住宅ローン控除は使えないし、そこまでして世田谷にこだわる必要ってあったんだろうか。


「彼女が稼いでくれるから」

 寺川君は隣にいた奥さんを見ながら言った。人の奥さんだからじろじろは見られないけど、年齢は四十歳くらいで、背が高く、まあまあ綺麗な人という印象だった。

「へえ…。お仕事されてるんですか?」

「は、はい」

 なんだろう。総合職や営業なんだろうか。そうなると年収は六百万以上あるだろうし、独身時代からの貯金があるのかもしれないな。この家も奥さんが大部分を出しているのか…寺川君もいい人を見つけたな。


「共働きか。いいなぁ。ゆとりがあって」

「ゆとりってほどでもないよ」

 きっと謙遜してるんだろう。一人暮らしなのに3LDKに住んで住宅ローンに追われている身としては、支え合って生活している二人が憎たらしくなった。


 奥さんはちょっとくたびれた感じがするけど、若い頃はきれいだったんだろうなぁ。話し方も落ち着いていて、感じがよかった。しかし、俺がもう一度その人の方を見ると、どうも顔が不自然に思えて仕方がない。遠目で見たらきれいだったが、近くで見ると肌は和紙を張ったようにごわごわだった。しかも、目頭を切開しているようだった。鋭い切れ込みが入っている。瞼の二重が不自然で、下を向いたときにくっきりとした線が見えた。あ、目をいじってるんだこの人。俺は見たくないものを見てしまった気がした。


 できるだけ目を合わせないようにして、旦那とばかリ喋っていた。しかし、奥さんの顔が気になって仕方がない。


 奥さんが旦那の方を見ているときに、俺はすかさずその人の顔を観察した。目だけでなく、横を向くと顔全体が不自然だった。鼻のバランスが何だかおかしい。鼻穴の位置と高さが合っていないのだ。それに、顎のラインの角度が急すぎる。自然にこんな形になるものだろうか。きっと顎を削ったんだ。小顔には見えるかもしれないけど、明らかに変だった。

 それに、笑うと歯がすごくきれいなのだが、真っ白過ぎて入れ歯のようだった。


 すごいなぁ…。ここまで整形している人は見たことがない。しかも、俺は医者じゃないし、整形に興味があるわけでもないのに、ずいぶんわかりやすく整形した人がいたもんだ。


「お二人はどこで知り合ったんですか?」

 俺は奥さんに聞いた。奥さんはちょっと伏し目がちで、俺と目を合わせなかった。さっきから顔をじろじろ見ていたせいかもしれない。

「知人の紹介で…」

 婚活サイトだな。俺はそう思った。

「そう。会社関係の人の紹介で」

「ふうん」

 俺もそれ以上聞けなかった。

 二人の話題は共通の趣味のキャンプや釣りのことばかりだった。


 俺はアウトドアに興味がないから、ふんふんと聞いていた。車を持ってないみたいなのに、どうやって出かけるのか不思議だった。毎回レンタカーを借りるんだろうか。

 友人に別れた奥さんはどうしているかと聞いてみたかったが、さすがに言えないので黙っていた。


 すると、さっきからビールをがぶがぶ飲んでいた友人がトイレに立った。奥さんがその姿を目で見送っていた。

「ちょっと片付けますね」

「ごちそうさまでした。ほんと美味しかったです。特にサラダがうまくて…すいません、全部食べちゃって」

「いいえ。そう言っていただけると嬉しいです」

 奥さんはお盆を持って来て手早く片付け始めた。さすが手際が良くて、外見はともかく、いい人のようだった。


「江田さん…」

「はい?」

 かしこまって言うので俺は嫌な予感がした。

「私が随分変わっててびっくりしたでしょう?整形していること、主人には言わないでくださいね」

「はっ?」

 俺は聞き返した。一体何を言っているのかわからなかった。

「主人は知らないの」

「いやぁ。もちろん、言いませんよ」

 俺はその人が誰かわからなかった。さっきから友人がレイコと呼んでいるから、そうなのだろうけど、思い出せない。俺が黙っていると、奥さんはさらに話し出した。

「いじってるのは目だけです。二重にしただけ!」

「はあ」

 そんなはずはないと思ったけど、反論する理由もなかった。そのうち、旦那が戻って来たけど、奥さんは明らかに機嫌が悪くなって、ほとんどしゃべらなくなった。旦那がいない間に俺たちに何かあったと思われただろう。俺はその雰囲気に耐えられなくなって、「じゃあ、そろそろ失礼するよ」と立ち上がった。


「まだいいじゃないか」

「いやぁ…新婚のお宅に長いしちゃ申し訳ないからね」

「久しぶりに会ったのに」

「今度、飲みに行こうよ。奥さんが許してくれたらだけどね」

 俺は適当に言って帰り支度を始めた。

「じゃあ、駅まで送るよ」

「いいよ。子どもじゃないんだから」

「俺も駅前のドラッグストアに行くから」

「なんか買うの?」奥さんが割り込んで来た。二人になったら俺が整形のことをばらすと思ったらしい。

「うん。ちょっと頭痛薬買おうと思って」

「まだ、いっぱいあるじゃない」

「ああ、最近効かなくなってるから」

「君、頭痛持ちだったんだっけ?」

「うん」

「そりゃ大変だね」

 俺はさも心配しているように言った。

「昔からなんだよな。最近酷くて」

「そっか、じゃあ、駅まで送ってもらおうかな」


 俺はレイコさんにできるだけ感じよくお礼を言って、家を出た。


「いいなぁ…きれいな奥さんで」

 俺は心にもないことを言った。すると友人はまんざらでもなさそうに照れ笑いした。

「しつこく聞いちゃ悪いけど、どこで出会ったんだよ」

「実は…婚活サイト」

「へえ。あんなきれいな人が登録してるんだね」

「けっこうきれいな人いるんだよ」

「奥さんいくつ?」

「四十二歳」

 …ああ、そろそろリミットを感じてバツイチ子持ちでも妥協したんだな。


「いつ離婚したんだよ」

「二年くらい前」

「はあ…そっか。彼女と再婚するために?」

「いやあ…さすがにそれはないよ」

「何でその年で別れたんだよ」

「性格の不一致。お互い浮気してたし」

「あ~そうなんだ。やるじゃん。でも、相手の人と再婚しなかったんだ?」

「うん。相手も既婚者だったから。奥さんの方は浮気相手と再婚したけど」

「子どもいなかったっけ?」

「いたけど、もう大学生だし」

「そうなんだ…」


 その間、寺川君には奥さんから何度もLineが来ていた。

「早く帰って来てだってさ」

 友人は嬉しそうに笑っていた。


 俺は家に帰る間、奥さんのことを考えていた。俺も婚活サイトを利用していたことがある。その時会った女性かもしれない。すでに婚活を三十年近くやっていて、数百人を超える女性と会ったから、覚えている筈がなかった。


 俺は今でも婚活をしているけど、最近は断られることが増えていた。それでも、婚活をする理由は土日暇だからとしか言いようがない。たまに二回目がある人もいる。それで四、五回会って音信不通になる。そんなことばかりだ。


****


 俺は家に帰って、婚活用のメールを開いた。三十年間、ずっとフリーメールサービスを使っていて、そこでのやり取りはジャンクメールと同等の駄文ばかりだった。もう何万通というやり取りがあった。


 すると、一番上に寺川君の奥さんらしき女性、白土玲子からメールが届いていた。


「今日はびっくりしました。江田さんもそうだったでしょうね。私たちのことは主人には黙っていてほしいの…中略…申し訳ないけど、もう、家には来ないでください」

 

 俺は返信しなかった。そして、白土玲子で検索をしてみたら、十年前に何度もやり取りをしていることがわかった。

 

「今日はありがとうございました。〇〇様(勤務先)のブースは大盛況でしたね…(中略)至らぬところもあると思いますが、明日もよろしくお願いします」

 なんだこのやり取りは…。ああ。展示会で知り合ったのか。

「初日から思ったより来場者が多くて大変でしたね。白土さんはベテランで落ち着いてるから、〇〇(元上司)も喜んでました。…(中略)…今日はゆっくり休んで明日もよろしくお願いします」


 2012年か…。ちょうど10年前の春だ。あの頃だと、幕張メッセで展示会があったかなあ…。


 その後、俺たちは電話番号を交換したらしい。女性の方から出しているのを見ると、あっちから連絡先を聞かれたんだろうか。


 イベントコンパニオンは出会いも多いけど、遊びで終わることが大半だろうと想像する。最終日はコンパニオンを誘って打ち上げをやったけど、うちの会社の人はみな既婚者で独身は俺だけだった。


 メールを追って行くと、展示会が終わった後も、白土玲子から時々連絡が来ていて、「今日は〇〇のキャンペーンでテレビ局に行きました」とか、「ファッションショーに出ました」と書かれていた。  


 そして俺たちは、その後、平日の夜に待ち合わせて食事に行ったらしい。


「今日は朝まで一緒にいられて嬉しかったです」

 彼女とは食事した後、ホテルに行くという定番のコースだったらしい。オショックスというやつで、俺の若い頃はこういうのが普通だった。

「直接聞けなかったけど、江田さんって独身ですか?きっともう結婚してますよね?奥さんがうらやましいです」

「独身ってわかってほっとしました。奥さんがいたら本当に申し訳ないし…でも、彼女はいますよね?同じブースで働いてた子たちは、みんな江田さんが素敵だって言ってて、…中略…私なんて無理だろうなと思ってたのに、今こうやって会ってもらえてるので、思い切って連絡先を聞いてよかったです」

「私って、イベントコンパニオンやれるほどきれいじゃないですよね。この仕事をしていてつくづく思います。江田さんは痩せてる子が好きだって言ってたので、これからダイエットして5キロ痩せようと思います」

「江田さんの周りって、きっときれいな人ばっかりなんでしょうね。大企業の正社員の方って、美人のお嬢様ばっかりですよね。私も、これからもっともっと、きれいになって、江田さんに好きになってもらえるように頑張ります」


「友達が〇〇の展示会で江田さんに連絡先を聞かれたと言ってました。ショックです。私に何か言う権利はないですけど」

「今度、土日は会ってもらえないですか?普通のデートとかしてみたいな」

 俺「土日も仕事だから」(嘘)

「来月、ディズニーランド行きませんか?」

「遊園地は苦手で」俺はあっさり断っていた。

「普段立ち仕事だから、足が疲れちゃって。温泉とか行きたいなぁ、って思います。一緒にどうですか?費用は私が出します」

「温泉興味ないんだよね。出かけるまでが疲れるから苦手で。ごめんね。別の人誘って」


「江田さんって、他にも会ってる女性いますよね。…中略…彼女気取りでごめんなさい」

 俺の返信「最初に言ったけど、俺は彼女作る気はないから、もし付き合いたいんだったら俺とは無理だよ」

「遊びでもいいんです。ずっと一緒にいたら、いつか振り向いてもらえるかなって。何年でも待ってます」

「でも、俺も気が向いたら他の人と結婚するかもしれないよ。時間を無駄にするだけだから、俺を当てにするのやめなよ。君のこともっと好きになってくれる人がいると思うよ」

「私、今でも幸せだからいいんです」


 読んでてむかつくかもしれないけど、昔はこういうのがよくあったと思う。


 その後、俺は彼女に会わなくなったらしい。彼女が「今週いつ空いてますか?」と聞いて来ても、俺は仕事だと嘘をついていた。多分、俺が忙しいふりをして電話に出なかったから、メールで送って来ていたらしい。三カ月くらいの間、毎週、連絡があったようだ。次第に面倒になってシカトしていた。


「江田さんが私を人として扱ってくれてないなら、もう終わりにしたいと思います。エリートの人から見たら私なんてゴミですよね。今でも大好きだけど、もう諦めます。今までありがとうございました」


 最後のメールにはそう書いてあった。

 

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