第58話【光の方へ】
「っ、痛」
夕凪は目に少し痛みを感じ、眉を寄せた。
先程カイン・クロフォードとの戦闘時、世釋の身体の中からカイン・クロフォードの核を確認する為にすべての力を目に集中させたからだろう。
最悪失明しても仕方がないだろうと思ってはいた夕凪だったが、痛みはするが幸いなことに目はまだ見えている。
しかし全身に筋肉痛と疲労感がし、また肋骨は何本かヒビが入っているかもしれない。
一歩一歩の歩みが重く、ふぅと息を吐いた。
「大丈夫?夕凪ちゃん」
リリィは夕凪の肩を支えながら、心配そうに声をかけた。
「大丈夫よ。
リリィもボロボロなのにごめん。
支えてもらって……」
「ううん。
私が支えたいの。
夕凪ちゃん……会いたかったよ。ずっと」
「私もよ、リリィ。
ありがとう」
ラヴィ達の近くには七瀬と八百が居た。
七瀬はラヴィの前に膝をつき、肩を震わせながら手を握っていた。
エリーゼは近づいてくる夕凪達に気が付くと、微笑んだ。
「ごめん……ごめんなさい……ラヴィ。
私は……本当に自分勝手だ。
貴方を……こんな風にしたくなかったのに……それなのに、私の自己満足を満たそうとして……その結果、カイン・クロフォードの言葉に乗って、貴方を裏切って……夕凪達も危険な目に遭わせて……貴方を……傷つけた。
取り返しがつかないことをしてしまった……ごめんなさい。
謝っても許されないことを私はした……のに、駄目だ。謝ることしか出来ないよ……っ」
七瀬は言葉を溢しながら、瞬きする度に瞳から涙が零れ落ちていく。
昔と変わらず泣きじゃくるしか出来ない自分自身が情けなくて、悔しくて七瀬は上唇を下唇にかぶせてた。
「……君をここまで追い詰めたのは俺の責任もある。
俺は君の好意を無下にし、気づかないフリし続けて……君を利用しようとその手を掴んだ最低な奴だよ」
ラヴィはそう言うと、もう目が視えていないにも関わらず七瀬の方に顔を向けると目を細め、笑った。
七瀬はぐっと唇を噛むと、握ったラヴィの手をぎゅっと握った。
「……そうね、貴方はそうだったかもしれない。
だけれど、こんなに胸が締め付けられるような、貴方と話しているだけで体温を知りたいと、側に居たいって心地が良いって思うのは初めてだった。
……好き。
大好きよラヴィ。
ずっとこれからも貴方が好き……私に初めて人を好きになったら苦しくて、それでも想ってるだけで嬉しいって教えてくれた貴方を……でも、一番はずっとありがとうって伝えたかった。
どんな理由があったとしてもあの時、私を救ってくれて……ありがとうございました」
七瀬はそう言うと、ラヴィに涙で濡れている顔に笑みを浮かべた。
「貴方が救ってくれたから……私はこれからまた誰かを貴方と同じように救うことできる。
……だから、ラヴィありがとう」
ラヴィは七瀬の手を握り返すと、びくりと七瀬は肩を震わす。
「……七瀬。
俺は……君と一緒にお酒を交わす時間。
あの流れていた時間だけ俺はすべてを忘れてしまうくらい心の底から楽しかった。
今まで本当にありがとう、七瀬。
君は強い女性だよ」
「……ずるい」
七瀬はまたボロボロと涙を流すと、服の袖でその涙を拭いラヴィから離れた。
そして立ち上がり夕凪達の方に振り返った。
「……私の処遇はノアの箱舟。
そして夕凪、貴女に任せるわ」
夕凪はこくりと頷いたのを確認すると、七瀬はぐっとストレッチするかのように両肩を回した。
「ふぅ……今は第弐支部指揮ラヴィ・アンダーグレイに代わり第伍支部七瀬が今後の指揮を引き継ぎます。
マリアも居るということはユヅ坊もいるわね。
ユヅ坊と合流したのちノアの箱舟に帰還します。
八百、悪いけど今後の指揮を進めていく為、今までの状況の確認したいから教えてくれる?」
「おう」
次に七瀬はマリアの方に視線を向けた。
「マリア、その隣の子は瞬間移動能力があるってことでいい?」
「うむ。
しかし人間が一気に主様のところまで飛ぶのは負担が多少大きいぞ?
途中までこやつに能力で転送してもらいながらその後は儂が案内してやろう」
マリアは目を細め、笑みを浮かべ、それぞれの指を大きく開くと、胸の位置に添えた。
「頼むわ」
七瀬はマリアの元に向かって歩き出した。
八百も後を追う為、七瀬の方に身体の方向を向けた。
そして後ろに居るラヴィに向かって、ポツリと言葉を溢した。
「……ラヴィさん、俺あのとき言った言葉撤回しますわぁ。
やっぱり俺、あんたのことちょっと恨んでます」
ラヴィは八百の言葉に少し驚いた様に目を見開き、ふっと笑った。
ヒラヒラと八百はラヴィに手を振ると、振り向きもせずスタスタと歩いていってしまった。
「ラヴィさん……」
夕凪は次の言葉が出て来ず、ぐっと拳を握った。
ラヴィも口を紡ぐ。
そんな二人を見てエリーゼはふっと笑った。
「本当に……不器用なところも似てるな。
夕凪、その肩の近くに居るのは……世釋か?」
そう言われ夕凪は自身の右の肩の方を見た。
小さな光がふよふよと浮かんでいる。
夕凪は頷くと、口を開いた。
「私……ずっと暗くて冷たくて何かに囚われてるいるみたいな怖い所に居たんだ。
自分が誰なのか、なんで此処に居るのかも分からなくなって……郁が来なかったらきっとそのまま消えていたんだと思う。
同じ所に
私よりもずっと長い時間居たんだと思うけど、この子は消えなかった。
ずっとラヴィさんと交わした約束を守ってたんだよ」
小さな光はラヴィの方に行くと、頬に近付いた。
「……っ、世釋。
ずっと待っててくれたんだな。
ごめん、行くの遅くなった……」
光はラヴィの言葉に答えるように、頬に擦り寄った。
エリーゼも目を細め、微笑んだ。
「夕凪。
ワンコくんに直接お礼を言いたいが私もラヴィももう長くない。
これは私の娘と愛する人達を救ってくれたお礼だとワンコくんに渡してくれ」
エリーゼは夕凪に懐中時計を渡した。
「私が消えても一度は使えるよ。
これを使うか使わないか。
どう使うかはワンコくんに、そして夕凪に任せるよ」
ラヴィ達は光に包まれると、姿が薄れていく。
「……エリーゼ、今度こそ握ったこの手を離さないよ」
ラヴィのその言葉にエリーゼは微笑むだけだった。
言葉はいらない。
だって、もうわかっているから……
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