第55話【善≒悪】

  カイン・クロフォード、夕凪、そして郁は一歩も動かず、互いに相手の動きを警戒していた。

 人数的には郁達の方が二人居る分有利のはずが、傷は多少与える隙は出来たもののカイン・クロフォードを倒せられる程の致命傷は事実的に与えられていない。

 カイン・クロフォードの背後を取っている郁が今、銃の引き金を引いたとしても、カイン・クロフォードの黒い血の壁に塞がれる可能性が高い。

 郁が握っている拳銃に入っている夕凪によって造られた銃弾の残りは半分であり、無駄撃ち等絶対に出来ない。

 それが尽きれば普通の銃弾ではカイン・クロフォードを殺すことが出来ない。

 カイン・クロフォードの様子を見たところ胸の傷は再生していないようだが、一度郁が銃弾で貫き、夕凪が刀で突いた心臓はまだ動いている状況の様だった。

 結論的に心臓の機能を絶ってもカイン・クロフォードは死なないということだ。


 どんなに攻撃を与えても死なない身体。


 現実をゲームに例えてはいけないが、そんなのとんだイカサマ仕様のクリアできないラスボスみたいなもんじゃないか。と郁は一瞬思ってしまった。


「……また俺は、余計なことばかり考えて。しっかりしろよ、俺」


 郁は唇を噛むと、銃を握る手をもう一度強く握った。

 そして前進ではなく、横に進み始めた。

 案の定カイン・クロフォードはすぐに反応し、黒い血が渦になると郁に向かっていく。

 郁は渦を避けると、一定の距離でカイン・クロフォードの攻撃が届かない範囲がわかった。

 カイン・クロフォードに悟られない様に、郁は動きを止めず、考えを巡らせていた。

 夕凪もカイン・クロフォードに向かって距離を縮め、刀を振るう。

 夕凪とカイン・クロフォードの刀同士がぶつかり合い、小さく火花が散る。

 郁の予想は当たったようだった。

 夕凪に対して黒い血の攻撃は向かっていかない様子から、今のカイン・クロフォードはやはり黒い血で攻撃できる対象は一人だけなのだろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇



「何故、カイン・クロフォードを一度捕らえることが出来たか?」


 エリーゼは眉間に皺を寄せ、両腕を組むと、首を少し傾けた。

 郁はエリーゼにカイン・クロフォードとラヴィ達の間で起こった過去の因果を視せられたことによって、純粋な一つの疑問をエリーゼに問うた。


「はい。

ラヴィさんと雨宮さんが先生と呼んでいた人がです。

カイン・クロフォードより強かったとかじゃないですよね?

いや、対等の力持っていたとかなら、それは納得せざるを得ないですけど……」


 郁は頬を掻くと、目を泳がせる。

 

「それはあり得ないな。

吸血鬼と一退魔師が対等の力持っていたわけないだろう。

あ、退魔師が悪魔と契約している可能性もあるが、彼は違うよ。

もう一人のジュライと言う男は怠惰の悪魔と契約していたな。

本人は隠していたから、私も追及しなかったけれど……なんて彼の立場的に悪魔と契約していたことは隠し通したい罪の様だったしね」


「「怠惰の悪魔って……!」」


 郁と夕凪の驚きのあまり声が重なり、互いに顔を見合わせた。


「そう、頭に浮かんだ通りの悪魔だろうね。

私が閉じ込められている間のことは知らないが、そのジュライと契約していただろう悪魔がカイン・クロフォード側についていたということなら、ジュライの死後かそれとも生きてる頃に契約者ジュライを裏切っていたのか、今となってはどうでもいいよ。

あのときカイン・クロフォードを捕られたのは、先生が当時持っていた刀。

今現在、夕凪が所有しているラヴィから渡された刀が私エリーゼ・クロフォードの血液で作られたものだったからだ。

それは、遠い昔に私がある子供に世話になった礼で渡したものだったんだが、当時の私は必然があるものだなとは思ったけれどね。

そして、もう一つ。

あのときのカイン・クロフォードの身体が死を迎える限界を超えていたから」

「……新しい肉体がなかった。

いや、……?」


 夕凪がそう呟くと、エリーゼはにこりとほほ笑んだ。


「本来新しい肉体に移ってから眠りにつく予定だったが、私は新しいカイン・クロフォード肉体を期限通りに生み出せなかったんだ。

だからしょうがなくカイン・クロフォードは古い身体で眠りについた。

私が新しい肉体を生みだしたら眠りから起こすという約束でね。

でも結果的に私は新しいカイン・クロフォードもエリーゼ・クロフォードも殺めてしまったがね」


 エリーゼはそう言うと、目を伏せた。


「今のカイン・クロフォードも世釋の肉体を仮にしているだけで、不安定な状態だ。

現に新しい肉体を夕凪エリーゼ・クロフォードに生み出してもらおうとしていたしね」



◇◇◇◇◇◇◇◇


 カイン・クロフォードは夕凪と対峙しながら、自身の黒い血の渦の攻撃を避けながら、隙を探っている郁を横目に追った。


「ははっ、厄介だな」


 カイン・クロフォードはニコリと笑い、自身の腕に牙を立てると、傷口を作った。

 傷口から流れる血は既にカイン・クロフォードの足元に漂う黒い血に落ちる。

 そこから三体の狼の様な獣の形になると、郁に向かっていく。

 カイン・クロフォードは郁の拳銃の中に銃弾が残り三弾だと判っており、獣を倒すには使わざる負えないと判っていたのだ。


「そう来ると思ってましたよ!

でも、俺一応銃の扱いは他の人よりいいらしいですよ」


 郁は獣たちを避け続け、獣達が重なる瞬間に銃の引き金を引いた。

 銃弾は獣達の頭を貫き、原形を留められなくなったかの様に黒い血に戻ると、蒸発し、消えた。

 カイン・クロフォードは感心したかの様な表情を郁に向けると、フッと笑った。 


「馬鹿じゃないらしい……でも、甘いなぁ」


 いつの間にか黒い血がロープの様に郁の片足を掴むと、郁の身体は宙に浮かぶと、壁に叩きつけられる。


「っ、郁!!」


 夕凪は驚いた様に目を見開くと、郁がカイン・クロフォードによって叩きつけられたであろう壁の方に視線を向けた。



「夕凪も自分の身の心配しなよ」

「くっ……!」


 夕凪はカイン・クロフォードの攻撃を刀で捌くと、距離を取った。

 しかしそこから身体を瞬時に前進させると、手首を返し、素早く刀を振るった。

 カイン・クロフォードが持っていた刀の一つを弾き飛ばすと、もう一度手首を返し、刃をカイン・クロフォードに向けた。

 刃はカイン・クロフォードの頬を傷つけたが、カイン・クロフォードも瞬時に避けた為に傷は浅く、夕凪は舌打ちすると後退した。

 カイン・クロフォードは傷口から流れる血を拭うと、笑った。


「夕凪、君の戦闘パターンは把握済みだったけど……今のは少し油断していたな」

「っち、でも…良かったわ。

貴方が私に集中してくれていて」


 次の瞬間、カイン・クロフォードの頭に銃弾が放たれた。

 銃弾の衝撃で、カイン・クロフォードの体勢が崩れる。


「頭撃っても、貴方を殺せないのは解ってるわよ。

でも多少は脳震盪くらいは起こすでしょう。

……なんで貴方の心臓を突いても死なないのかとか私達がそれに混乱してるとでも思ってたでしょう?

何故、彼らが貴方の心臓を壊すことが出来ず、箱の中に閉じたのか。

エリーゼ・クロフォードの血でしか貴方を壊せないのは解るわ。

けれど、そうしなかった。

いいえ、あのときはそうできなかったって言った方が正しいのかもしれないわね」

 

 郁は先程壁に叩きつけられた衝撃で頭を多少打って傷が出来たのか、額を伝いながら血が地面にポタリポタリと落ちていく。

しかし、郁は痛みなど気も留めることなく、もう一度、カイン・クロフォードに銃口を向けた。


「……あのときのエリーゼ・クロフォードはカイン・クロフォードを殺すまでの力が残っていなかった。

だから、力が回復するまでカイン・クロフォードの心臓を保菅していた。

けれど、最悪な偶然が重なって力を温存する前に出来事が起こってしまったんじゃないかって結論に至ったのよ。

それでもし此処に戻ってきたら、確認しようと郁と二人で思ったのよ。

……そして貴方と対峙していくにつれてソレは確信に変わった。

貴方の死に直結するのが、心臓じゃなく別のそのもっと奥にあるんじゃないかって」


 夕凪は目を大きく見開くと、刀をカイン・クロフォードの心臓に向ける。


「やっぱり……今度はしっかり見えた。

貴方が無意識にヒントくれてたのよ。

心臓の奥にある核のことをね!!」


 夕凪の両目からは血が流れ、激痛が襲ったが、夕凪は心臓に向けて刀を突き刺した。

 刀はカイン・クロフォードを貫くと、刃の先端部分に黒い禍々しい核の塊が刺さっている。


「郁!!!」


 夕凪は銃を構える郁に向かって、叫ぶ。

 郁はその核の塊に、銃弾を撃った。

 

 銃弾は核の塊に当たると、核は粉々に弾け飛んだ。

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