第20話【名前のない怪物は】
指を鳴らす音と共にラヴィの前から夕凪までも姿を消す。
ラヴィは唇を噛むと、弓の弦を引き、世釋に向ける。
「世釋、説明してもらおうか」
世釋はラヴィの心を読みとるように唇に薄く嗤いを浮かべた。
「君はあの時と変わらないね。
さっきまでの冷静さはどうしたのさ。
仮面越しにでも殺気すごいよ」
少女は世釋の前に立つと両手を広げる。
「このまま矢を放ってもいいけど、エリーゼは避けないよ? 」
「っ!」
「僕は今回は戦うつもりはないよ。
只、ラヴィ・アンダーグレイ、
ラヴィは眉を顰めると、怒りと苛立ちを抑え込み、やっと絞りだした声を世釋に対して発した。
「っ、エリーゼはあの時消えたはずだ……生きているはずがない」
「そうだね。
君が殺したんだからね、エリーゼを。
でも僕はもう君を許すよ?
だって僕のエリーゼは戻ってきたんだから」
世檡は少女のドレスのボタンを一つずつ外していく。
少女の胸にはぽっかりと穴が開いていた。
「っ、」
ラヴィは驚いた様に息を呑む。
少女の心臓がないことはすぐに分かった。
ラヴィの引きつった様な表情を見て、世釋はふふっと笑う。
「そうだよ、まだ未完成だ。
心臓と片目の瞳……そして魂の核がまだない。
でもそれももう心配ない。
瞳の回収と心臓の回収はもうすぐだろうし、エリーゼの復活もすぐだよ。
エリーゼの復活すぐにデッドによって世界を創り変える。
ノアに箱舟にとっては大変なバッドエンドのシナリオになるだろうね。
だけど君にとっては喜ばしいことなのかな……?」
ラヴィは世檡に向けていた矢先を下げた。
◇◇◇◇◇◇
「摘出完了」
シキはそう言うと、藍から取り出した翡翠色の目を慎重にクーラーボックスに入れる。
そして立ち上がり部屋を出ていく。
しばらくするとニアは藍の瞼にかかる前髪に触れた。
「ポぺちゃん」
獏のぬいぐるみがふよふよとニアに近付くと、ボンっと爆発すると大きいサイズになった。
「藍お姉ちゃんを安全な場所に運んで。
もうどこにも行かせない……」
「お前、どれだけ独占欲強いんだよ」
ニアは声のする方を向くと、ユヅルが立っていた。
傍らにはトンファーを持った少女のドールとサバイバルナイフを持った少年のドールが立っていた。
「……ははっ、何処から現れたか知らないけど一足遅かったね魔術師。
残念だけどお仲間さんもそろそろ命が尽きるんじゃないかな?
何ならお前も夢の中に引きずり込んであげるよ」
ニアは指揮棒をユヅルに向ける。
ユヅルはふっと笑い、両手を胸の位置に合わせた。
「悪いけど、
すると、ユヅルの姿はみるみる内に
風がないのにも関わらず花弁は波の渦の様に部屋全体を勢いよく広がった。
ニアは花弁に当たらないように空中に逃げた。
「どういうつもりだ。魔術師……!!」
花弁は郁とリリィ、そして藍を包みこみ、そこから先ほどのドールたちがニアに向かって攻撃を仕掛けた。
◇◇◇◇◇◇
郁達がアルカラの潜伏先に向かい、ノアの箱舟にアルカラの奇襲が来ることを警戒し、七瀬達は待機していた。
東雲はランニングマシーンを走らせる。
アルカラへの潜伏先突入作戦に東雲は志願していた。
しかし待機するよう言われてしまった。
ランニングマシーンのスイッチを押すと、東雲は近くに置いてあったタオルとスポーツドリンクを手に取った。
「よう、真緒。
ピリピリしてるの顔に出てるぞ。
そんなんだと普通の顔してても眉間の皺残るぞ」
「師匠……」
東雲はタオルに埋めていた顔を声のする方に顔を向けると、トレーニングルームの入口近くのパイプ椅子に行灯に羽織り姿をした八百が座っていた。
八百はちょうどトレーニングルームの前を通っていくチガネを呼び止めた。
「お、ちょうどよかったチガネ。
火、貸してくれないか? 」
「八百さん、ここ禁煙なのですが……」
「一本だけ!」
チガネは一瞬眉を寄せるが、髪飾りの歯車を外すと八百の煙草に火を付けた。
「東雲さんもこの男を注意すべきです」
チガネはぷくっと頬を膨らませると、「急ぐので」と言い立ち去ってしまった。
「師匠、いつからこちらに来てたんですか?」
八百は煙をふぅと吐くと、天井を見上げた。
「このくらいなら火災報知機は反応しないのな。
うん、今日到着したばかりだよん。
風のようにあっちの支部からここまで来ました」
八百は東雲に向かってピースをする。
「……アルカラとの最後の戦いになるからですか?」
「まあね。
さっき上層部の方にあいさつしてきたんだけどさ、あれだね、あの人ら能天気だね。俺らに守ってもらう気満々みたい」
八百ははははっと笑うと、携帯用の灰皿を取り出し煙草を消した。
「俺が来たのは人員補充だよん。
聞いたときはびっくりだったけどね」
「人員補充?
ラヴィさん達がアルカラの潜伏先に向かったからですか?」
「あれ? 七瀬に聞いてないの……?
本当にあいつは……忙しくなってるのは分かるけど伝達くらいするべきだよな。
……雨宮さんがアルカラに襲われて重傷らしいよ」
東雲は口をポカンと開けるほど驚く。
「……それはいつの話ですか?」
「いつって……あれ、いつだって言ってたかな?」
八百は視線を上に泳がせると、困った様に頭を掻いた。
「師匠、七瀬さんに今日会いましたか?」
「いいや、まだ会ってないな。
こっちに来るようにっていう連絡も急すぎて、此処に着いたら文句の一つでも言ってやろうかと探してはいたんだけどな。
そういえばチガネ大変そうだな、ずっと急いで走ってる姿しか見てないし、あいつは本当に仕事頼まれると断れない性格だよなぁ……」
東雲はトレーニングルームを急いで出ていく。
八百は部屋から顔だけ出すと、東雲の後ろ姿に問いかけた。
「おっ、どうした?
真緒」
「師匠。
すいません俺の思い過ごしかもしれませんが、七瀬さんをここ何日か見てないんです」
「……は?」
八百は拍子抜けしたような声を出す。
「物事が進むのが早すぎるんです。
俺らが第弐支部に来てから……!」
八百も何かに気づいたように東雲の後を追う。
「師匠、雨宮さんはどうして重傷になったんですか?
集中治療室にいらっしゃるんですか?」
「確か第壱支部の方にある集中治療室にいるって聞いたけど……」
「誰にですか?」
「……悪い、第壱支部の隊員の一人に聞いた」
東雲と八百の足取りは早くなる。
途中で隊員に歩みを止められながら第一支部の集中治療室の扉の前に立つと勢いよく扉を開けた。
「あら、まだ自我を保ってる人がいたのね。
でも残念、もう頂いたから」
イヴは雨宮から取り出した心臓に口づけをした。
「能天気なのがおかしいんですよ。
あと師匠あのくらいの煙でも火災報知器は作動します。
意図的に止まってたんですよ」
「まじかー……久しぶりに来た第一支部がまさかすでに敵に侵略されてたなんて……俺は優秀な弟子を持ったなぁ……」
「師匠は脳まで筋肉なのが今日で分かりました。
師匠は操られてませんよね?」
東雲は暗器を出すと、八百と背中合わせになり、イヴに向って構える。
「残念なことに弟子に脳まで筋肉と言われているので、そう簡単には操られてないですねぇ」
八百は渇いた笑い方をすると、懐から煙管を取り出した。
「私を無視するなんて……!!
再教育してあげますわぁ!!」
イヴは鞭を床に打ち付けると、どこかに隠れていた隊員達が左右から上から後ろから東雲達に襲い掛かってくる。
東雲と八百はどんどん湧いてくる隊員やデッド達と対峙する。
八百は大半のデッドを煙管から排出された煙で集めると、少しづつ煙を圧縮させていくと、デッド達はバタバタと倒れていく。
操られていた隊員が異性の場合は多少優しく力を加え、気絶させていく八百だったが、同性の隊員は容赦なくみぞうちや腹を殴って、相手が嘔吐しようが気絶させていった。
そして、いつの間にかイヴの姿がないことに気づいた。
「あ、色欲の悪魔がいない!
あと隊員達の他にデッドも紛れ込んでて紛らわしいから、気を付けて倒していけよー、真緒」
そう八百が少し離れたところで対峙している東雲に叫んだ。
すると、一瞬で隊員達は吹き飛ばされ壁に激突し、倒れていくと、デッドだけ燃え塵になっていく。
「……これ以上、私の仕事を増やさないでください!!!」
チガネは大量の炎を纏った歯車をデッドに向かって投げる。
八百はそれに合わせて風の方向を変え、隊員達に当たらないようにデッドだけに当てる。
「チガネも操られてないみたいだね。
あの様子だと……」
「そうみたいですね。
操られていたら師匠に嫌な顔せず笑いかけると思うので」
八百は気まずそうに頬を掻いた。
「チガネの笑った顔みたいなぁ……」
「とりあえず煙草辞めたら少しは笑いかけてくれると思いますよ。師匠」
デッド達を一掃すると、浅い呼吸を繰り返す雨宮のもとに駆け寄る。
「雨宮さん大丈夫ですか?!」
東雲は雨宮の手を握るが、握った手はボロボロと朽ちていく。
「心配しなくて少しの間なら大丈夫。
時間がただ進み始めただけだから」
「……誰に襲われたんですか?」
雨宮は三人の顔を見ると、ふうと溜息をついた。
「自分の実力を過大評価してたみたいだ。
アルカラの目的は古来最強の吸血鬼エリーゼ・アンダーグレイの復活だとラヴィと少し前から推測してこの心臓を奪いに来るだろうと警戒はしていた。
エリーゼの心臓だ……並みの悪魔とは十分に戦えると思っていた。
でも、自分自身その状況に甘えてたんだ。
大丈夫だろうと、笑えてくるよな。
自分は只生き残ってしまった産物に過ぎないのに……ゴホゴホっ……!」
「色欲の悪魔イヴではないですね。
彼女は人を操る実力はあっても、雨宮さんと戦えるほどの力は持ち合わせてないようですから。
自分では戦わず操った隊員や、デッド達に俺らを襲わせたんですからね」
雨宮の服をめくると、切り傷と打撲跡が酷い状態になっている。
集中して棒のようなもので叩かれ、避けた際に尖った刃物で傷ついたのだろうと東雲は傷を見て思った。吸血鬼の力と対等に戦える程の力を持っているだろう人物は一人しか思いつかなかった。
「鬼の力ならすべて解放していれば対等の……いや、他の違う何かの力が加わればそれ以上の力が手に入る可能性がある。
そうですよね、師匠」
「……やっぱり七瀬か」
八百は眉を吊り上げると、唇を強く噛んだ。
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