第12話【元凶】
「あ、心配せんで靴の裏はちゃんと拭いてあるさかい」
強欲の悪魔と名乗った青年は玄関へ上がると、郁達の方へ進んできた。
郁は奈々を背に隠すと、青年を睨む。
「これ以上、近づかないでください」
郁がそう言うと、青年は口を少し尖らせ、歩みを止めた。
「そないな怖い顔せんで。
別に危害を加えようと思ってへんから。
あ、僕のことはシキって覚えてもらって構わんよ~」
シキは両手を胸の位置まで上げると、郁達に向かってひらひらと手をふった。
「……さっきのはどういう意味ですか?
貴方は恭哉くんと奈々ちゃんに何をしたんですか?」
郁の問いにシキはにこりと微笑み、口吻を漏らし始めた。
「昔から僕、可愛らしくて幼い子が大好きなんだよね。
ずっと手元に置いて眺めていたいくらい……いつか誰かに言われたけどペドフィリアって言うんだって、僕みたいな人」
「……質問に答えてください」
シキはやれやれと肩を竦めると、顎に手を当てた。
「うーん、どこまで話せばええやろか。
まあ、ええわ。
僕らアルカラは世釋様が直接血を与えなくもデッドを作製することが出来る様になったんよ」
郁はその言葉を聞いて、ふと、あの研究所の宮下智尋と鹿山真由の事を思い出した。
「勘がええなぁ。
そう、あの
まあ、あれから技術を高めて現在に到ったんやけど。
それよか、あんさんの後ろの子大丈夫?」
シキに言われ、郁は視線を奈々に向ける。
奈々は苦しそうに胸を押えていた。
「奈々ちゃん……っ!」
「あらら、体内の毒を放出する先がないから、自身に毒が回ってきたようやね。
可哀そうやわー」
「奈々ちゃんに何をしたんだ……!」
「この子は只の感染源。
この子の中に入った毒は彼女ではなく周りに感染するちゅうわけや。
じっくり、じっくり時間をかけてなぁ。
君も会ったことあるんやない?
例えば、白崎綾音ちゃんとか」
「……は?」
――白崎綾音。地下アイドル(スノー・ホワイト)に所属しており、当時はそのクループのコンサートライブがあり……戻った楽屋でデッドと接触し、襲われたのだと推測されます――
「あと、姫川美咲希ちゃんとか?
あ、この子はデッドになった方か」
「……っ」
「君が今考えとること当ててあげようか?
君が殺したあの男やこの子を襲っとったデッドも、もしかしたら只の人間やったかもしれへんってなぁ。
……この子たち以外にも感染者おるかもしれへんよ?
はよう、どなたさんかに知らせへんとねぇ」
シキはニヤニヤと笑う。
「貴方達は何をしたいんですか……?! こんな小さい子まで傷つけて!」
シキは眉を下げ、手を自身の目尻に添えると、芝居染じみた様に涙を拭う仕草をした。
「僕だって心痛むよ?
可愛らしくて幼い子は、ね。
さてと、貴重なデータも取れたことだし久しぶりにあの子の顔見てから帰ろうかなっと。
あ、その子多分以って半日くらいやない?
他の人間に感染させれば一時的に楽になるかもしれへんけどね?」
「っ、待て!」
シキはそう言うと、郁の制止を聞かぬまま、玄関を出て夕凪達が向かった方へ行ってしまった。
「お兄ちゃん……」
「っ、奈々ちゃん。
大丈夫だから……とりあえずすぐに病院……は、駄目だっ、どうしたら……!」
郁は奈々の肩を抱きかかえると、震えるもう片方の手で、端末を押す。
コール音がし、ラヴィの声が聞こえる。
郁はラヴィに今まで起こったこと、シキが言ったことを事細かに伝える。
奈々は郁の胸に項垂れ、苦しそうに息を吐いていた。
『……大体の事情は分かった。
すぐに東雲くんがそこに行くと思う』
「……はい。
あと夕凪とリリィですが、二人の方へアルカラのシキと名乗る男が向かって行ってしまっていて……」
『心配しないで。
そっちには僕が向かってる。
ごめん、通信切るね』
プツンと通話が切れる寸前、通話口からリリィの悲鳴が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
「リリィ。彼の匂い追える?」
「うん!
大丈夫、そっち!」
夕凪とリリィは玄関を出ると、恭哉を追った。
あまり遠くへは行っていなかったのか、前を走るリリィは足を止めた。
少し錆びた公園のブランコに上に恭哉は俯いて座っていた。
「……さっきまではしなかったのに、血の匂いがする。
それも一人二人じゃない。
鼻にこびりつく程匂うよ。
夕凪ちゃん」
リリィは眉を下げると、悲しそうに夕凪の方を見た。
夕凪はふうと息を吐くと、日本刀に手を触れた。
「……保護する。
抵抗した場合はデッドと同じく対処するよ。
いいね、リリィ」
「……」
キーキーとブランコが揺れる。
夕凪とリリィはゆっくりと恭哉に近付く。
「……気分がいいんだ」
恭哉は俯きながら、声を発した。
「……体の弱かった妹にずっと両親はつきっきりでさ、まともに会話なんていつしたかな?
忘れちゃったよ。
口を開くたび、お兄ちゃんなんだから我慢しなさいとかしっかりしなさいって言われて本当うんざりだよね。
だから俺、今の自分がとても気分がいいんだ。
両親だって心配してくれる。
今までのように良いお兄ちゃんを演じられる。
苦しくないんだよ心がさ……」
ブランコの近くの街灯の光がチカチカと点滅する。
「っう、」
リリィは口を押えると、後ずさる。
「……まだ新しい。
ねぇ、貴方それ喰べたの?」
夕凪は冷静に恭哉の足元を指さす。
指さす先には犬の死骸。
顔を上げた恭哉の口元には血と犬の毛が付いていた。
「うん。
あの時食べ損ねたからね。
ジョンだっけ? でも、なんかあんまり美味しくなかったよ」
恭哉はははっと無邪気に笑った。
「まだお腹も満たされてなくてさ……お姉さん達のこと喰べても良い?」
「……もう、駄目だ。
七瀬さんの言ったことに私も賛成だよ。
こんなの保護なんて出来ない……」
夕凪は刀を抜くと、恭哉へ刀を振りかざした。
恭哉は不思議そうに斬られた傷口を見ると泣き出した。
「痛い、痛いよ、なんでそんなことするの?
俺、悪い事してないのに……」
「~っ、夕凪ちゃんやめよう?
ね、ラヴィさんが言ったように保護しよう?
もしかしたら何か違う方法あるかもしれないじゃない。
こんなの、きっと違うよ……!」
リリィはそう言うと、夕凪の握る刀を奪おうとする。
「リリィ!? しっかりしなさいよ!
彼は、確実にデッドなのよ!?」
「違うよ、違う!
デッドだったら私達に攻撃してくるじゃない!
この子は腕だって変形してない今だって攻撃してこない!」
「リリィやめて!
貴女混乱してる……落ち着いて判断出来てないのよ!」
カランと刀は地面に落ちると、夕凪は手の甲を押えた。
指の間から血がポタリポタリと地面に落ちる。
「リリィ? ……貴女どうしたのよ」
リリィは浅く息を吐くと、夕凪を引っ掻いた自身の爪を見つめた。
そして後ずさると夕凪から距離をとる。
「だいぶ見ない内に力の使い方上手くなりよったみたいやね? リリィ」
突然の声に夕凪は構える。
「体も成長しちゃって、あの頃の僕の可愛いリリィやない~!」
夜の公園には似つかない白衣姿をした
「感動の再会ってやつだね!
久しぶりやなぁ。元気やった?」
シキはリリィの頭をポンポンと撫でると、にこりと笑う。
「なんで……?」
リリィは目を大きく見開くと、絞った様な声を出す。
「その震える瞳はあの頃と変わりまへんなぁ」
「いや……いや……なんで? あの時、私が殺したのに……なんで?」
リリィは全身震え出し、大量の汗をドッと出した。
カチカチと歯が重なる音がする。
夕凪はリリィの異様までの異変に気付くと、地面に落ちた刀を拾う。
そして男に斬りかかる。
シキはスルリと夕凪の刀を避けると後ろへ三歩ほど下がり、リリィは力が抜けたように地面へ座り込んだ。
「あぶなーい!
セーラー服のねえちゃんが日本刀振り回しちゃ駄目だよ? 」
「……お前、強欲の悪魔だな。
姿形は違うがその張り付いたような不気味な笑顔……覚えてるよ」
シキは夕凪の方を指さすと、驚いた顔をした。
「君、世釋様の妹ちゃんか!
眉間に皺寄せちゃって……可愛い顔台無し」
「チッ、……リリィ動ける?」
夕凪の問いに、リリィは反応しない。
「……リリィ、そこでじっとしてて。
強欲の悪魔あんたを倒す……」
夕凪は地面を蹴り、シキに向かって行く。
シキは夕凪の攻撃を受け流し、その度夕凪はシキへ間合いを詰めていく。
「うーん……僕も、なめられたもんだなぁ」
次の瞬間、大量のメスの刃が夕凪の体を切りつけた。
「?!」
「先手必勝?
メスのお味はいかがやろかお嬢ちゃん?」
夕凪はバランスを崩し倒れ、傷口から血液が流れ出した。
夕凪は体を起こそうと、腕に力を込めようとしたがその腕に強い痛みを感じたと同時に刻まれたと思われる肉片が地面に落ち、地面に顔をついた。
「あれ、驚いた? メスに鋼線を仕込んであるんだよね。
また、ちょっとでも動いたら反対の腕も切り刻むよ?」
シキは夕凪に跨ると、首筋にメスを当てた。
「いやぁぁぁぁっっっ!!!」
リリィの叫び声が公園中に響きわたる。
どこからか矢が飛んでくるとシキの肩に突き刺さった。
「……その子から離れてもらおうか?」
砂利を踏む音がし、暗闇からラヴィが姿を現した。
「あら大将はんがおでましとは。
怖いわ~殺気どエライやん!
涙出そう……」
シキは夕凪から離れると、肩に刺さった矢を抜く。
「……ラヴィさん」
「ごめん夕凪。
遅くなってしまって」
「いえ、私は大丈夫です。
でも、リリィが……」
ラヴィは夕凪に手を差し伸べた。
夕凪は立ち上がるとリリィに視線を向けた。
リリィは両手で体を抱き抱えながら俯いていた。
「わかってる。
さて、僕が君のお相手しよう」
ラヴィはシキの方に身体を向けた。
「……あんはんは嫌や。
この矢、普通の矢かと思ったらちゃうみたいやね。
腕の力入りまへんし、まるで腕が体からもぎられた感覚がするわ。
ホンマ、怖い人やわー」
シキは腕を擦りながら楽しそうに笑った。
「ラヴィ・アンダーグレイ。
あんさんと戦うのは正直僕にとってええ事ないからな。
ノアの箱舟に捕まると世釋様に怒られるし、僕はあんさんには勝てへんし……ここは退散させてもらうで」
「逃がすかっ!!
……ラヴィさん?」
シキに飛びかかろうとした夕凪をラヴィは止めた。
「……ほな、さいならー」
シキは手を振ると、暗闇の中へ消えていった。
「どうしてですかラヴィさん」
「今の状態で彼を捕まえるのはリスクが高すぎる。
リリィのこと考えるとね」
「……」
ラヴィはリリィの前にしゃがむと、震えるリリィの腕に優しく触れた。
「リリィ帰ろう」
リリィはラヴィを見ると、ボロボロと泣き出した。
「ラヴィさん、彼は……」
「……僕はリリィを連れて先に戻る。
夕凪、君は後から戻っておいで」
「……わかりました」
夕凪は地面に転がる刀を拾うと、強く握りしめた。
ピッピッピッ…
奈々は今は酸素マスクを装着し、落ち着いた呼吸を繰り返していた。
郁はガラス越しに横たわる奈々を見つめていた。
あのあと東雲が駆け付け、奈々を連れノアの箱舟に戻って来た。
奈々のいる部屋には一部の人しか入れない。
側でモニターを見る者も、点滴を交換している者も皆、完全防具に身を包んでいる。
「郁さん」
東雲に声をかけられ、郁ははっとする。
「あ、ごめん何?」
「夕凪さん戻ってきましたよ」
「そう……」
郁はほっと胸を撫でおろし、視線をまた奈々に向けた。
「今、あの子の血液を調べているそうです。
まだ結果が出ないようですけど」
「そう、か」
会話が途切れ、奈々につながる機械装置の音が微かに聞こえる。
「……東雲くんってさ、冷静だよね」
「そうですか?」
「いや、俺なんてあの場でどうすればいいか分からくなって冷静を保つことが出来なかったから……」
東雲は郁の横に立つと、視線を合わさずぽつりとつぶやいた。
「俺は最初からその場にいなかったのと、あの子と時間を過ごしたわけじゃないですから」
「あ、居た居た!
郁くんと真緒坊ちゃん」
七瀬は手を振りながら、郁達に近付いてくる。
「七瀬さん……」
「……坊ちゃんって呼ばないでくださいよ七瀬さん」
「会議室に全員集合!
あの子の分析結果とこれからのこと話すよ」
七瀬に付いていくと、会議室には既に夕凪とラヴィが居た。
「リリィは?」
郁はリリィの姿を探すように室内を見渡す。
「リリィには自室で休んでもらってる。
さあ、立ってないで早く座って」
ラヴィに言われ、郁達は椅子に座った。
「先に、佐藤恭哉は保護出来なかった」
ラヴィは重い口を開き始めた。
夕凪を見ると膝に乗せる拳をぎゅっと強く握っていた。
「他に佐藤奈々のような人間はいないか今第一支部が動いてる。
もしもの為にチガネとユヅルに同行してもらっている」
「それで、あの奈々ちゃんは……」
「彼女の体内からこれが出てきた」
ラヴィは机の上にペトリ皿を置いた。
ペトリ皿の中には赤黒い液体が入っている。
「彼女の血液だ。
よく見てみるとわかるよ」
そう言われ、郁は机に置かれたペトリ皿を自身のところに引き寄せ、東雲も覗き込むように容器の中の血を見つめた。
「このスポイトには、人の細胞に近い物質が入ってる。
これを垂らすと」
七瀬はスポイトをペトリ皿に近付けると、ポトリと一粒垂らした。
すると、液体が動き始めた。
「うわっ……!」
郁はその動く物体の正体がわかり、身を引いた。
東雲も眉間に皺を寄せた。
「簡潔に言うと、このイトミミズみたいなものがあの子の体内に生息してるってこと。
他者に感染する可能性は咳やくしゃみによる飛沫感染。
飛んできた唾液や鼻水が目や鼻、口の粘膜を介してこいつらが体内に入り込み感染した可能性。
二つ目は、ウイルスが付着した物や人に触れた手で目をこすったり、鼻や口を触ったりして感染する接触感染の可能性があると考えてる。
正直このままだと真由のようになる可能性もある」
「……それを、奈々ちゃんの体内から取り除くことは出来ないんですか? 」
ラヴィはふうと息を吐くと、ペトリ皿を下げた。
「ワンコくん、コレがあのシキ・ヴァイスハイト博士が作った代物っていうのが厄介なんだ。
彼は他者から知識を盗んでその知識を盗まれた本人よりも上手く能力を使いこなすことができる才能の持ち主なんだよ。
……悪魔に堕ちる前は万物の知識の神と言われた男らしいからね」
「一つだけ彼女を助ける方法がありますよね」
先ほどまで黙っていた東雲が口を開くと、ラヴィの方をじっと見つめる。
「古来最強と語られた吸血鬼エリーゼは自身の血液を操れ、また他者の血と干渉することもできたと言われていたそうです。
猛獣をも殺す毒さえも彼女によって体内から摘出された人間も居たと。
貴方の戦闘の実績資料や七瀬さん達に聞いたことも含め、ラヴィさんも彼女と同じ様に血液を操ることができる。
否、同等の能力を持っている可能性が高いのではありませんか?
結論的にラヴィさんなら彼女を助けることが出来るのではないですか?」
一瞬その場がしんと静まりかえると、ふっとラヴィが息を吐いた。
「驚いた。
まさかそこまで僕のこと調べられてるとは……賢い部下を持ってるね。
七瀬」
「いやいや、私も驚いたわ。
部屋に籠って夜中まで分厚い本とかずっと読んでるのは見たことはあったけど……」
七瀬はそう言うと、ぐしゃぐしゃと東雲の髪を撫でた。
東雲は不機嫌そうな顔をすると乱れた髪を直した。
「……もう知らないだけなのは嫌なので」
東雲はぼそりとつぶやいた。
「それじゃあ、奈々ちゃんは……っ、」
「時間はかかるけど今の状態なら救うことは出来ると思うよ」
郁はほっと胸を撫で下ろした。
「だけど、みんなに一つだけお願いがある」
ラヴィは口元に人差し指を立てる。
「僕が彼女の病室から出てくるまで、誰一人と立ち入らないでほしい」
「え、どうしてですか?」
「彼女の治療には集中したいからね。
申し訳ないけど」
郁達はこくりと頷いた。
その後、治療をするため、今の病室から奈々を移動することになった。
奈々は変わらず目を閉じたままだが、前よりは息が落ち着いている。
移された病室は外からは中が見えないようにカーテンがかけられている。
「さて、そろそろ始めたいから部屋から出てもらえるかな?」
ラヴィは半袖半ズボンという姿で、首にタオルを巻いている。
病室の机には大量のタオルと水が入るペットボトルが置かれている。
「ラヴィさん。
奈々ちゃんをお願いします」
「うん、任せてよワンコくん」
ラヴィはブイっと郁にピースする。
「……ラヴィ、私も一緒にここに残っちゃ駄目か?」
七瀬はラヴィに近付くと手を握り、俯く。
初めて見る七瀬の表情に郁はドキリとした。
「……僕の不在の間、七瀬には指揮をお願いしたい」
「お前も知ってるだろ。
私の鬼の力ならお前の負担を半減させれる…っ」
「七瀬は本当に昔から心配症だよね、でも大丈夫だよ。
むしろ君は部下たちを支えてほしい。
頼んだよ七瀬」
「……りょーかい」
ぱっと七瀬は手を離すと、部屋を出ていく。
郁もラヴィに頭を下げると病室の扉を閉めた。
七瀬はふうと息を吐くと、郁の方へ振り向いた。
「さてと、鈍ってた私も悪かったけど。
さっきからうるさいよ」
七瀬は拳を広げると、郁の顔に平手を打ち付けようとした。
「え、はぁ……!?」
郁は突然のことに身構えたが、七瀬の手は郁の顔を掠ると耳元でプチンと音がした。
「え……」
七瀬が手を開くと、何かが焦げた跡が残っていた。
「なんですか……それ」
「郁くん、強欲の
でも大丈夫潰したから」
「マーキング。
場所とか特定されませんでしたかね」
「大丈夫っしょ。
まあ、会話は漏れてたかもだけどね……それに、来てもらった方が叩きのめせるし好都合かな。
私的には」
七瀬はにこりと笑うと、すたすたっと去っていった。
郁は病室の外で待っていた東雲と夕凪に近付いたが、二人は何か話しているようだった。
「ラヴィさんの事、知らなかった」
「あの書籍も施設から発見しました。
でも、ページが破れてるところが多くて俺も全部は読むことが出来ませんでした」
「そうか、破れたページに何が書かれていたのか……」
「わかりません。
施設ももう許可が下りないと入れませんから。
俺から七瀬さんに話しましょうか?」
「ああ、頼む」
「そちらは夕凪さんと郁さんだけで大丈夫ですか?」
「……リリィには行かせられないからな。
私と郁だけでいい」
「わかりました。
また報告します。
それじゃあ、俺はここで……」
東雲は郁にも会釈すると七瀬の歩いていった先へ進んでいった。
「途中まで聞いてたと思うけど、七瀬さんの許可が下りたらすぐに向かうことになるから準備しておいて」
「わかった。
……あのさ夕凪ちゃん。
その、リリィは大丈夫なのか?」
自室で休んでいるだけだとラヴィは言っていたが、夕凪の顔を見ると何かあったことは薄々気づいていた。
「郁、いつか話さないといけないとは思ってた。
でもなかなか上手く切り出せなくて……リリィが人狼だってことは知ってるよね」
「うん、本人から聞いたけど」
「人狼って言っても種類があって、リリィは特に希少価値がある白銀の人狼だった」
「白銀の人狼……」
「最も戦闘能力が高くて、ごく稀にしか誕生しない幻の人狼。その美しさに昔の人は神の使いだとか言われてたそうよ。
でも、その美しさではなく高い戦闘能力に目をつけて利用できないかと目論む人もいた。
リリィは幼い頃に攫われて、ある施設で育てられたの」
「確か、東雲くんもその施設の出身だって……」
夕凪はこくりと頷いた。
「烏天狗も珍しいからね。
ノアの箱舟はその施設を調べてある場所に行き着いた。
金持ちが育てた化物を殺し合わせる娯楽ゲームを楽しむ闘技場にな。
……もうそこは壊滅させて、今拘束している奴以外には生存者はいないよ。
その施設にシキも出入りしていた。
姿かたちは違ったけどね……」
「そう、だったんだ」
「リリィにとってその過去はトラウマに近いんだよ。
……東雲真緒と再会した後にシキと接触したからな。
それでまたあの施設に行くようなことがあったら多分リリィは壊れると思う」
夕凪はそう言うと、視線を伏せた。
郁も何と言えばいいのか分からず、沈黙が続く。
すると、七瀬が郁達の下に進んできた。
「どうした。
二人して暗い顔して……真緒坊ちゃんから聞いたよ」
「はい」
「それは手がかりを探しに行くってことで良いんだよね?
夕凪」
七瀬はじっと夕凪を見つめる。
「……はい」
「……ん~、そっかぁ。
とりあえず私はここを離れるわけにはいかないので特別に話はつけておく。
そうは言っても、許可が下りたのは二日間だけだからね。
そこのところよろしくねぇ」
「ニ日だけでも有難いです。
ありがとうございます七瀬さん」
夕凪は深く頭を下げた。
「出発は明後日。
それまで二人とも休息十分に取ってね。
これ上司命令だから間違ってもトレーニングルームとか行かないでね?
真緒坊ちゃんにも伝えたけどあれは多分破りそうだから見張るけど。
それじゃあ、よろしくー」
そして当日、集合場所に来た東雲はなぜか布団でぐるぐる巻きにされており、七瀬に担がれていた。
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