第10話【色欲の悪魔】
「神隠しみたいですね……」
郁はぽつりとつぶやいた。
「デッドの目撃情報が入った場所に向かった第壱支部の隊員達が忽然と姿を消して連絡が一切取れない。
その人達を探しに行った捜索隊も戻って来ないらしい」
ラヴィはやれやれと言いながら、腰かけている回転チェアを回し始めた。
それを見ていた夕凪はすぐさまラヴィの行動を阻止すると溜息をつく。
「それでこっちにその行方が分からなくなった場所へ行けと。
そういうことですか? ラヴィさん」
夕凪がそう言うと、ラヴィは頷いた。
「んー、まあ、そんな感じ。
ちょっと夕凪。
椅子の背もたれから手、離して」
「ラヴィさん。
ふざけないでください」
「こう、唐突に椅子回したくなるじゃない。
ねぇ、二人とも?」
「私も時々座ったとき回すよー」
リリィは元気よく同意したが、郁は夕凪の郁に向けた笑顔が怖くて苦笑いしかできなかった。
「とりあえず、今回は二手に分かれて行動してほしい。
夕凪とワンコくんには例の場所の調査に行ってほしい」
「私と郁はこの前の
アルカラの目的は不明だが、皆、二十代前半の女性でリビングデッドと過去何かしら接触したことがある人物。
ノアの箱舟の第壱支部の隊員達と共に郁達が現場に付いたときには大半の女性が亡くなっていた。
それも身体中の血を抜かれた状態で。
一命を取り止めた女性もいたが錯乱していて、話を聞くことができなかった。
念のためノアの箱舟の管理下にある病院に入院している為に、アルカラに襲われることは避けられるという。
「それで、第壱支部の人間が消えた情報が入った場所にはリリィとユヅルに行ってもらいたいんだけど……」
「やっぱり。珍しく呼び出されたから嫌な予感したんだ」
声がした方を見ると、脇に作成中のドールの部品を抱えたユヅルがドアを開け、入ってきた。
「今回はユヅルにも出勤してもらおうかと思ってね。
君、部屋に籠りっきりのくせに経費使うからって上層部がうるさくてさ」
はははーと笑いながら(被り物をしているため表情は分からないが)ラヴィはユヅルへ顔を向ける。
「……わかりました。
でも、一つ条件があります。
夕凪か郁くんと一緒が良いです」
「えー、なんで?
ユヅルくん私じゃ不満なの??」
リリィは頬を膨らませながら、ユヅルの方へ歩みよろうとして何かに気づき、立ち止まった。
「あれ?
わ~、もしかして動けるようになったんだ!」
リリィがユヅルの後に入ってきた少女に視線を向けた。
黒い長い黒髪を一つにくくり、服の裾からつなぎ目が見える。
少女はぺこっと可愛らしい笑顔で頭を下げる。
「可愛い子だね~」
リリィが少女の頭をなでると、少女はくすぐったそうに目をつむった。
「あの、彼女……あのときの少女ですよね……?」
郁達がユヅルの部屋に訪れた際、足にユヅルから口づけをされていたドールの様だが、動いている姿を見た郁は驚きで瞬きを繰り返していた。
「ユヅルは作ったドールに自分の魔力を移して動かすことができるんだ。
彼女も連れてくの?」
夕凪の説明で郁は少しだけ今の状況を納得することができた。
夕凪の問いにユヅルは首を縦にふる。
「一応。
この子は試運転で連れてく予定。
リリィのなんでかっていうことに答えると……前にリリィと一緒に組んだときに壊されたことあるから嫌だ」
リリィはみるみるうちに気まずそうな顔をする。
「う、まさか手に取ってデッドに投げたものがユヅルくんのドールちゃんだとはあの時思わなくて……ごめんねユヅルくん」
「……少しまだ傷が癒えない」
「うう……」
リリィはしゅんとうなだれる。
「それじゃあ、例の場所には夕凪とリリィに行ってもらって、
ユヅルとワンコくんで情報が入った場所に行ってもらおうかな」
ラヴィは両手をパンパンと叩くと、そう言った。
こんなに早くユヅルとペアを組む日が来るとは思っていなかった郁は少しだけ緊張の面持ちでいると、それに気づいた夕凪が郁の背中をぽんと叩く。
「不安そうな顔するな。
郁は目の前のものに集中すればいいから。
そっちの件は頼んだ」
「……なんかやっぱり夕凪ちゃんって頼りになるね。
ありがとう」
「……どういたしまして」
夕凪はふっと笑った。
◇◇◇◇◇◇
郁とユヅルは例の第壱支部の人間が消えた場所に来ていた。
何の変哲もない街の一角の今は使用されていない市民ホールだ。
新しく作られた市民ホールは隣町の市民ホールと統合され、すでに多くの市民が利用している。
扉は錆びてはいるが、少し力を加えながら引くと簡単に開いた。
ユヅルが先に入り、郁とユヅルのドールが後を追う。
郁はちらっと後ろのドールを見る。
「あの、ユヅルさん。
彼女はユヅルさんの魔力によって動いてるんですよね」
「そうだよ。
気になる?
さっきからずっとドールのことちらちら見てるけど」
ユヅルは歩みを進めながら、視線だけを郁に向けた。
「いや、普通の女の子みたいにほほ笑んだりするのであんまり人形っていう感じしなくて、作ったユヅルさんが凄いなと思いました」
「ありがとう、そう言われると少し嬉しい。
反射的にほほ笑んだりするけど別に感情があったりはしないんだ。
まぁ、この子は元々リリィに壊された子の部品を多く使っているからリメーク版なんだけどね」
「そうなんですね。
ユヅルさんはいつも彼女を使って戦闘されるんですか?」
「うーん、そうだね。
僕、戦闘あんまり得意じゃないからこの子にはサポートしてもらってるかな」
「そうなんですか。
……そういえばユヅルさん魔力を抑えているって言ってましたよね。
もしお話したくないなら無理には聞きませんが、なぜですか?」
ユヅルは視線を進む方向に戻し、少しの沈黙の後、口を開いた。
「抑えているというか、閉じ込んでおかないといけないって言った方が正しいかな」
「閉じ込んでおかないといけない……?」
「……少し厄介でね。
うーん、今はどう説明するべきかちょっと難しくて……ごめんね」
郁は首を横に振る。
「いえ、俺もすいません。
色々聞いてしまって」
「別にいいよ。
僕も郁くんに興味あるし」
ユヅルは歩みを止め、郁の手を引き寄せる。
近くの部屋のドアを開くと、三人は隠れるように部屋に入った。
「……ユヅルさん、どうし、」
「しっ、小さいけど物音がした」
ユヅルに言われ、郁は耳を澄ませると、微かに足音がする。
足音はどんどんこちらに近づいてくる様だ。
郁はドアの隙間から外の様子を伺った。
すると聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
「佐伯先輩-!
本当に村田はこの建物に入ってたんですってー!」
「まぁ、身を隠す場所にはうってつけだわな。
千草とりあえず本部に連絡は入れとけ」
「了解しました!
佐伯先輩。
俺、ゆとり世代ですけど結構できる後輩じゃありません?」
「はいはい。
わかったわかった。
千草早く連絡しろ」
「はいっス~」
間違いなく、郁の上司だった佐伯だった。
千草と呼ばれた二十代の男はきっと郁と猿間のいなくなった佐伯班に新しく配属された刑事だろう。
郁は声が出そうになったがぐっと抑えた。
目尻が少しだけ熱くなり、唇を噛んだ。
「……下手に外に出れそうにないね。
大丈夫? うつむいてるけど」
ユヅルは心配そうに郁を見つめる。
「平気です。昔の上司で……ちょっとだけ悔しくて」
郁はこのまま佐伯の前に出ていき、自分は生きています。
猿間さんも生きてます。と本当は言いたかった。
でも、きっと今の郁の姿では怪しまれてしまうだけだろう。
「千草、微かだが甘い香りがする。
この匂いは……まさか麻薬の栽培もしてるのか?」
「マジっすか。
一応この場合、確認した方が良いっすかね……?」
千草はポケットにある連絡端末に触れると、佐伯からの次の指示を待っている様だった。
「村田の確保が俺たちの任務だ。
麻薬のことについては連絡だけしておけ。
そっちは俺たちの専門外だからな」
そういうと佐伯と千草は建物の奥へ進んでいく。
「……後追うよ」
少し経った後ユヅルは郁に声をかけ、静かに二人の後を追う。
甘い匂いが奥に進むにつれ、強さを増していく。
前を歩くユヅルが歩みを止める。
「ユヅルさん?」
「リリィを連れてこなくてよかったかもね。
とりあえずこの匂い吸い続けない方がいいかもしれない」
そういえば匂いが強くなるにつれ、郁の頭の中はふらふらと回る。
まるで、大量の酒を摂取した後みたいな感覚に近い。
「……うっ」
小さな唸り声が聞こえた。
声を発した主を見ると、佐伯が壁にうなだれていた。
「っ、大丈夫ですか?」
郁はとっさに佐伯に近付く。
佐伯の顔を見ると眉間にしわをよせ、熱っぽい顔をしている。
「……誰だ?」
佐伯は薄く目を開け、郁を見る。
「……あ、俺」
口ごもる郁を見てユヅルは間に割って入る。
「すいません。近隣大学のオカルト部員です。
こちらの使われていない施設でツチノコの目撃情報がありまして、偶然鍵が開いていたもので入ってしまいました」
「オカルト部?
悪いがここは一般人が入っていいところじゃ……っ」
佐伯は苦しそうに頭を押える。
「苦しそうですね刑事さん。
今から救急車呼びますので」
ユヅルがそう言うが、佐伯は首を横に振る。
「いや、俺は大丈夫だ。
それより君たちもここから出た方がいい……っ」
「大丈夫じゃないです!
佐伯さん動かないでください」
佐伯はゆっくりと郁の方に顔を向けると、眉を寄せ、目を細めた。
「……なんで、俺の名前を君が知ってるんだ?」
「あっ、えと、警察手帳ポケットから落ちていたもので、拾ったときに……」
郁は咄嗟に、佐伯の近くに落ちていた警察手帳を拾い、佐伯に差し出す。
「……そうか、すまない」
佐伯は警察手帳を受け取ると、胸ポケットにしまう。
「気遣ってくれて悪いが、救急は呼ばなくていい。
奥に俺の部下がいるはずなんだ、あいつ急に走りだして……っ」
「とりあえず、貴方はここでじっとしていてください」
ユヅルはそう言うと、佐伯の瞼を手で覆う。
すると、佐伯は力なく壁の方に倒れた。
「彼に僕の魔力を当てて、気絶させた。
先、急ぐよ郁くん」
「はい」
ユヅルと郁は先を急いだ。
どんどん匂いが強くなり、微かに歌が聞こえる。
ホール奥の扉を引くと、異様な光景が飛び込んできた。
高く積み上げられた大量の椅子と多くの男性。
男たちの年齢層は十代~四十代と幅広く、全員虚ろな目をし、立っていた。
そしてその中心に一人の女性が積み上げられた椅子の上で木霊すように歌を奏でる。
美しい褐色の肌に長くきらめく銀髪。
首から垂れる十字架のネックレスが微かな光に反射し、キラキラ光る。
「あら?
正気でいられる男なんて初めて見たわ」
彼女は郁達に気づくと、歌を止める。
そしてこちらに微笑んだ。
「でも、小柄な黒髪の坊やはちょっとふらついてるかしら?」
くすくす、と彼女は笑い、スッと表情を変える。
「私の魅力にひれ伏さない奴なんて考えられない。
侮辱された気持ちよ」
彼女は郁達を指さすと、虚ろな目でいた男達が一斉に郁達の方を向く。
「後悔させてあげるわ」
その言葉を合図に男達は郁達に向かって襲い掛かって来た。
よく見ると行方不明になっていた第一支部の人間やその人達を探しに行った隊員達もいる。
郁は攻撃を避けることしかできなかった。
「皆さん正気に戻ってください!」
郁の言葉に耳を傾けることなく、隊員たちの攻撃がどんどん仕掛けられる。
「っ、くそっ、どうすれば……」
銃弾が郁の右脚を貫き、郁はバランスを崩してしまい、床に倒れてしまった。
頭上に影が落ち、郁は上を向くと、サバイバルナイフのような鋭いナイフを持った隊員が郁に振りかざそうとしていた。
「あ」
スローモーションの様に隊員の顔が見える。
虚ろい目をしているが微かに声が聞こえる。
「……たす、けて……くれ」
ゴッと鈍い音がし、郁の前にいた隊員が倒れた。
「大丈夫?」
ユヅルに手を差し伸べられ、郁は体を起こした。
起き上がると、鉄パイプを振り回し次々と隊員達をなぎ倒すユヅルのドール。
四方から男達がドールに襲い掛かるが、上手く攻撃を避け、確実に攻撃を与えている。
「すごいでしょう?
まぁ、この動きは夕凪を参考にしたんだけどね。
刀じゃなくて鉄パイプだけど」
「あの、彼ら……」
「うん? 大丈夫。
気絶させてるだけだから。
郁くんの足を撃ったさっきの若い刑事くんも気絶させといたよ」
周りの男達を全員倒すとドールはユヅルの元に駆け寄った。
ユヅルはドールの頭を撫でると満足そうにドールはほほ笑む。
彼女は唖然と周りを見渡すと拳を震わせる。
「思い出したわ貴方。
その眼鏡の奥のムカつくつり目とそのイヤリング……貴方、ノアの箱舟の魔女ね。
それじゃあ黒髪の坊やもお仲間ってわけね」
ユヅルは彼女を睨む。
「なにを企んでたかは知らないけど、色欲の悪魔アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ。
大人しく……」
「……魔女?」
天井からシスター姿の少女が郁達の目の前に降りてきた。
「君、あのときの!」
郁は驚いた顔をすると、少女を見た。
少女は宮下の研究所で郁達の前に現れた子だった。
「……イヴさん。
この人ですか?
あの魔女はこの人ですか?」
少女はユヅルを指さし、イヴと呼ばれた色欲の悪魔に問いかける。
少女は研究所で会ったときとは違い、言葉に緊張感が混じっているように聞こえた。
イヴは少し考えるような顔をした後、にこっと笑った。
「そう。
貴女の探してた魔女よ」
「……そうですか」
少女は指を指していた手を下すと、次の瞬間袖の中からカードを取り出す。
一瞬にして少女の前に大量の水が現れ、大きな黒い波を作ると猛スピードでユヅルに向かって襲い掛かる。
その隙にイヴは郁達が入ってきたドアとは違う向かい側にあるドアからホールの外へ出ていった。
「ユヅルさん!」
「面白い魔術使う子だな。
でも、攻撃に集中してると背後取られるよ?」
そうユヅルは言うと、郁の脇を抱きかかえ、波の来ない場所まで移動した。
同時にユヅルのドールは鉄パイプを少女の背後から振りかざし、攻撃を加えようとしたが少女は上手く避け、袖からカードを取り出すとドールの胸に突き刺した。
すると、刺さった箇所からだんだんと黒い模様が広がっていき、ドールの動きが鈍くなる。
「砂鉄か。
そのカード興味深いね。
微量だけど魔力感じるし」
「……か、さん」
少女は何かつぶやいたが、声が聞き取れない。
「あの子の事は僕に任せて郁くんはあの色欲の悪魔からできるだけ情報を聞き出してくれ。
正直捕まえるのは一人だと厳しいと思うから」
「そんなに強いんですか…?
彼女」
「厄介なのは間違いないよ。
あの女は。
頼むよ郁くん」
「でもユヅルさん戦うと言っても、ユヅルさん武器なんて……!」
「心配しないで。
とりあえず最低限の魔法なら使えるからさ」
そう言うと、ユヅルは小さく何かをつぶやくと先ほど少女が放った水が渦の様にユヅルの方に集まる。
「初歩中の初歩だけど、君のこと拘束させてもらうね?」
渦を巻いた水はユヅルの指の動きに沿って、動くと少女に向かってナイフのように鋭く飛んでいく。
少女も袖からカードを取り出そうとしたが間に合わず、両足、両腕に攻撃を受け、崩れ落ちた。
扉から出て行く郁から見ても、魔力の質が違うと一瞬で感じた。
ユヅルは少女に近付くと少女の腕を取り、引き上げる。
少女はユヅルを睨みつけ、にやっと笑った。
「っ?」
ユヅルは少女を離すと、フラッとよろめき後ろに下がる。
「貴方気づいてなかったでしょうが、水の中に小さい毒蛇を紛れ込ませておきました。
本当はさっきの攻撃で蛇たちに噛ませるつもりでしたが好都合でした」
少女はさっきまでのが嘘のように立ち上がると、ほこりを手で払い、袖からカードを取り出す。
「……お兄さんをなめないでもらえるかな?
背後には気をつけないとね?」
「は……?
げっほっ……!」
背後からユヅルのドールが少女の背中に勢いよく鉄パイプを振りかざすと少女はその衝撃で倒れ込んだ。
「同時進行は疲れたな。
ドールに付いた砂鉄の分解。
水の中にいた米粒くらいの蛇の除去。
あと、君に気づかせないための演技。
もう魔力あんまり残ってないよ、はぁ。
それにしても面白い子だな普通の人間に見えるけどあれほど魔術を扱えるなんて」
ユヅルは少女の近くに散らばるカードを手に取る。
カードには
「タロットカードか」
ユヅルは散らばる他のカードを見たが、タロットカードはその一枚しかなかった。
他のカードは女性が湖の水を壺に移し替える姿と水蛇の絵が描かれているものや、片手ずつに黒い砂と白い砂を持った少年の絵が描かれている絵、太陽に向かう大きな鳥の絵が描かれたカードがあった。
「触らないでください」
少女は弱弱しく顔を上げる。ユヅルはふぅと息を吐く。
「……君、さっきの子じゃないね。
君は誰?」
「……私は」
少女の言葉を遮るように大量の医療用のメスが頭上から降ってくると少女とユヅルの間に壁を作った。
「えらい派手にやったなー、藍ちゃん」
白衣を纏った長身の男は地面に降り立つと、少女の腕を持ち上げ自分の肩に抱える。
「可愛い顔がボロボロやんけ。
帰ったら手当せんとなー……」
少女はぐっと拳を握ると、長身の男の方を見る。
「っ、世釋さんの指示ですか……?」
「そうそう。
ほな、帰るで~」
男はうんうん、と頷くと次にユヅルの方を向く。
「あんさん、ノアの箱舟の魔術師でっしゃろ?」
男は狐みたいな細い目で笑う。
「あんたは知らない顔だな」
「僕の顔見た人死んどるもん。
知らなくてもしょうがないよ。
僕、今日は戦いしに来よったわけやないからそない怖い顔せんでよ。
……そうそう、あんさんのドールちゃんかわええね。
僕と話が合いそう」
「それはどうも」
「それやあ、またね」
男はひらひらと手を振ると、現れたドアへと少女を抱えたまま消えていった。
扉が閉まると同時にユヅルは床に倒れ込む。
「はぁー…、ちょっとは体力つけないとな。
もう動けそうにない。
とりあえずラヴィさんに連絡して夕凪達呼んでもらおう」
ユヅルはそのまま目を瞑った。
ドールは心配そうに倒れているユヅルに近付くと、ちょこんと地べたに腰を下ろした。
「待て!!」
郁は廊下を駆ける。
幸いこの建物の構造は分かっている為、彼女を見失うことはなかった。
建物は薄暗いのもあるが、詳しくも知らない彼女にとっては進む先が行き止まりかなど分からない。
案の定、彼女は行き止まりに差し掛かってしまい、観念するように立ち止まった。
「はあ、追いかけっこは坊やの勝ちね。
ちょっと興奮しちゃったわ。
男に追いかけられるなんて久しぶりだったし。
いいわよ、特別に聞きたいこと二つだけ答えてあげる」
郁は彼女を改めてみて、やはり綺麗な人だと思った。
正直露出度が高い服の為、目のやり場には郁はとても困ってしまった。
「ふふっ、じろじろ見てスケベなのね。
まあ、私は世釋様しか興味ないけど。
自己紹介まだだったわね?
私は色欲の悪魔イヴよ。
坊やは?」
「……郁です」
「さあ、私の気が変わらない内に聞き出してみたら?」
郁は意を決してイヴに切り出す。
「男の人達を集めた目的は?
皆さん操られてるみたいに様子がおかしかったですし」
イヴは指で自分の髪をくるくると触ると、口を開く。
「色欲の悪魔ですもの。
私のフェロモンに当てられた男は私の操り人形になってくれるわ。
例外はいるけどね。
愛が残ってる男とかは体は乗っ取れても意識は駄目。
まあ、操れるから関係ないけどね」
「……操ってどうするつもりだったんですか?」
「強制的に世釋様によってリビングデッドにしてもらうか、良い男は欲を持たない骸みたい存在にして私の可愛い召使にしようと思ったのに失敗だわ。
四回目にして失敗。
長居するべきじゃなかったわね」
「四回目? ってことは、あの人達の他にもいるってことですか? どこにいるんですかその人達は!」
彼女は唇に人差し指を立てると、にこっと笑った。
「坊や。質問は二個だけよ?
今の質問は答えられないわ」
「っ!」
彼女は郁に背を向けると、壁に手を置く。
するとあの時教会で見たことがある扉が現れる。
「今日は坊やとおしゃべりできて楽しかったわ、また会いましょうね?
……あのムカつく魔女にもよろしく言っておいて?」
扉は開き、彼女は吸い込まれるように消えていった。
ポケットの端末が鳴り、郁は耳にあてる。
ラヴィからだった。
『ユヅルから聞いたよ、お疲れ様ワンコくん。
入口には救急車とパトカー、警察の人達が沢山だから裏口から帰っておいで。
ユヅルは合流済み』
「ラヴィさん、少しだけ会っておきたい人がいて……」
『わかった。気を付けてね』
「ありがとうございます」
郁は電話を切ると、来た道に戻る。
佐伯は救急隊員に支えられ、救急車に乗るところだった。
佐伯は郁に気づき、救急隊員に御礼を言うと郁に近付く。
「ツチノコ見つかったか?」
「いえ、やっぱり嘘の目撃情報だったみたいです」
ははっと郁は笑うと、頬をつねられる。
「え、あの刑事さん?」
「その無理して笑顔作るところそっくりだな。ワンコに」
郁はドキリとした。手に変な汗をかく。
「時々そんな顔するんだよ。
新人で常に周りに気使って時々無理してんじゃないかって北村と一緒に心配してたっけな……」
佐伯は郁の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「悪い、部下に似ててな。
すまん」
佐伯は申し訳なさそうな顔をすると、郁の頭から手を離そうとする。
郁は咄嗟に佐伯の手を取ると、自分の頭に手を置く。
「……嫌じゃないです!
俺は、その人じゃないけど佐伯さんに撫でられるの嫌じゃないです!」
郁はぐっと涙を引っ込めると、佐伯の瞳を見る。
「……はは、なんか元気出たわ。
ありがとな坊主」
佐伯は笑う。
郁の頭をさっきよりも強く撫で、じゃあな。と手を振ると、行ってしまった。
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