第2話
目を覚ますと、白い天井が私をお出迎えしていた。
(ん。んー?何がどうなったんだっけ。)
いったん状況を整理しておきたい。えっと。私は、そう。学校に向かっていたはずだ。遅刻ギリギリが故の全力ダッシュを決め込み、一心不乱に校門を目指していた。それで、すんでのところで。確か。
(あ、轢かれたんだった。)
そうそう。轢かれたんだった。え?轢かれたの?私。あまりの驚きに身を起こそうとした次の瞬間。
「っっっっっった!いてててててて!」
私の名誉のために断っておくと、私がイタいのではない。体が痛いのだ。全身がずきずきする。そりゃそうか。轢かれたもんね。私。
「お。起きたかー。」
声のする方を見れば、白衣を着たお姉さんが、こちらに向かってきた。彼女は保険の千賀
「どうだい。体は平気かい?」
「その真逆ですね。」
「はっはっは。そりゃそうだ。なんせ思いっきり轢かれてたからな。」
やっぱり轢かれたのか私。今生きていることから考えれば、実は轢かれていなくてどっきりでした!って落ちも考えたんだけど、そんなことはなさそうだった。怪我してる時点でドッキリもクソもないんだけど。私の骨はぽっきりですよ。おっかなびっくり。この状況で私はこんな軽快に寒いギャグを言えるのか。自分の才能が怖いぜ。いやほんと、何で生きてるのかホントに怖い。
「やっぱ轢かれたんですか?私。」
「ああ。そりゃもうがっつり。最近のドラマだったら移せないレベルで思いっきり轢かれてたな。ドラマに限らず、最近はコンプラに厳しいよな。過激なものほど面白いというのに。世知辛い世の中になったものだ。」
何言ってんのこの人。私の体よりも最近のテレビを憂いてない?
いや、私も最近のテレビにはいささか不満ですよ?現代のテレビしか知らない私でもそう思うのだから、今では放送できないような過激なテレビを見て、ハマっていた先生からすれば、その落胆は計り知れないだろう。ん?先生って何歳なんだ?
ゴツッ。
頭を叩かれた。私、病人だよね?
「痛ぁ!なんで叩かれたんですか、私!?」
「いかにも失礼なことを考えていそうだったんでな。お灸をすえてやった。先人の教えはありがたく受けたまえ。若人よ。」
「つまり先生はおばさっ」
ドスッ。さっきよりも明らかに強かった。
「・・・。私、病人ですよね?」
「ああそうだ。だがしかし、いかに病人と言えども、人を年増呼ばわりするような輩には施しはない。これも覚えておけ。」
せんちゃん先生はどうやら、年齢を気にしているらしい。ここだけの話、最近彼氏に振られたというのを耳にした。早く良い人が見つかるといいね。心の底からそう思うよ。うん。だから、先ほどよりも強くなった怒りのオーラをどうか引っ込めてはいただけませんかね?
「まあそれはともかくだ。目が覚めたなら教室に戻れよ。もうとっくに授業始まってる時間だ。」
言われて時計を見ると、時刻は午前11時。3限の時間だ。今日の3限は確か、古文だった気がする。やベっ。予習していないや。でもどうせあれだよな。光源氏が女たぶらかしてること知ってればいけるでしょ。彼の肉食ぶりには、驚かされるばかりである。現代男子諸君は彼を見習って、もう少し肉食になるべきだ。そうすれば、私にも彼氏ができる。私に彼氏がいないのはどう考えても、草食男子のせいだ。光源氏万歳。どうか私を迎えに来てほしい。
いや、そうじゃないよな。
「私、結構重症ですよね?」
危ない危ない。先生の魔の手に飲まれるところだった。現代教育は多様化しているというけれど、轢かれた人間が学ぶべき教育があるとは思えない。そんな教育あるわけない。あってたまるか。ないよね?。私、授業受けたくないんだけど。
「まあ、そうだな。確かに重症だが、その辺は心配いらない。私にかかればお茶の子さいさいだ。せんちゃん先生を信じなさい。」
えっへん。と、言わんばかりに顔を逸らせて先生は言う。
「なるほどなるほど。わっかりました☆とは、ならないですよ。いやマジで。」
単純に考えなくとも、私が轢かれたということはすぐわかる。そんな私がすぐに教室に復帰して授業を受けるのは、おかしいと思う。おかしくないのか?もしかして。案外普通なのか?いや、そんなことはないでしょ。さすがに。
「なーに気にするな。怪我の方は私が完璧な処置を施しておいた。少し痛むだろうが、すぐよくなるよ。だから安心して戻りなさい。はい、終了!」
確かに、体は痛いけれど、全く動かないというわけでもない。そして多分、どこも折れていない。私の身体、そんなに丈夫だったのか。両親には感謝しないとな。
ってことは、案外問題ないのか?普通に授業受けても。
「いや、怪我の方はいいとして。いや、よくはないんですけど。とりあえずいいとして。事故の処理とかどうなってるんですか?親が来た感じでもないし、警察とかも特に来てないし。」
「ん?私が処理しといたよ?」
何言ってんの?この人。
「何言ってんですか?」
思わず口に出してしまった。
「いや、。私は丁度、トラックの後ろを走っていたんだよ。それで、君の事故を運よく目撃してしまったわけだ。怪我の方は私にどうにかできそうだったし、君以外は怪我人出てなかったからさ。君を私が運んで、トラックの人には大丈夫そうなんで言っていいですよーって感じで対処しといたよ。」
現代教育、終わってんな。
「えっとじゃあ、あれですか。私は轢かれたけど、とりあえず無事そうだった。だから、トラックの人にはいってもらって、先生が私を処置して。で、今に至る、という。
「うん。その通り。頭の方も問題はなさそうだな。そこだけ少し不安だったんだが、それだけ働けば問題ないだろう。さ、戻りたまえよ。」
さらっと、恐いこと言わなかった?頭だけは心配だったって言ったよねこの人。そこ一番大事なところだと思うんだけど。
「えっと。戻ったほうが良い感じですかね。」
「何度もそういってるじゃないか。学生の時間は貴重だぞ?早く戻って、青春を謳歌しなさい。」
「はあ。」
いろいろと思うところはある。いやほんと、思うところしかない。でもまあ、生きてるから、まあいいか。良いのかな。こんな思考になるってことは、頭やばいんじゃない?今度病院行こ。
とにもかくにも、体に異常がないのであれば、先生の言う通りここにいる必要はなく、教室に戻るのが良いだろう。異常はオオアリだが、先生が大丈夫と言っているので、多分大丈夫なのだろう。先人の教えを信じよう。私えらい。
かくして、「早朝クライシスアゲイン」(今付けた)は終わりを告げる。リターンズは来ないことを願いたい。続編が面白くなるのはまれで、大体一作目が面白いと思うのは、多分私だけじゃない。私だけじゃないよね?そもそも、どっちも面白くはないんだけどさ。
なんにせよ、朝の一連の事件を終えて私が得た教訓は、早起きして満員電車を避けることが吉だということだ。
教室に戻ってからのあれこれは、おおかた予想通りだ。クラスの子たちから「大丈夫だったー?」とか、「元気そうじゃーん」とか、そんな感じのことを言われ、それに「おーん」と適当に返していたら、一日終わった。最近のコンテンツの消費速度は恐ろしい。私の事故も、放課後になればもはや過去の話。今をときめく若者たちには、過去にかまっている時間はないのだ。若さは華。いずれは散りゆくもので、咲いているうちが美しいのである。
と、一人頭の中で雑談に花を咲かせていると、
「遥~。新作フラペのみ行こ~。」
声の主は私の友達、
「あ、今日発売日だっけ。」
「そうそう~。おいしそうだから早く飲みたいんだよね~。なくなっちゃうかも。」
「コンテンツの消費速度の影響はこんなとこまで。恐ろしや。」
「なに?コンテンツ?どしたの?」
「あ、いや。こっちの話。」
話し方からよくわかるように、明里はおっとりさんだ。ゆるゆるー、ふわふわーっとした感じのうら若き乙女である。男子人気は高い。ちなみに現在彼氏はいないので、狙うなら今だぞ男子諸君。
そんな明里からのお誘いだが、あいにく今日は少し忙しいのだ。故に、
「ごめん。今日ちょっと忙しいんだ。部活あってさ。」
「あ、今日活動日か。そりゃ残念~。一人で行くか~。」
「悪いね。今度埋め合わせするからさ。」
「お、言ったな~。約束だよ?」
っっっ。危ない。危うく好きになっちゃうとこだった。私の友達はこんなに可愛かったのか。轢かれたせいで忘れてたぜ。メモメモ。私もこんな感じに話したら案外いい感じだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いかん。吐きそう。やめとこ。18年かけて築き上げてきたアイデンティティをこんなに簡単に捨てるものじゃないよな。あぶないあぶない。
「うん。約束。またね。」
「また明日~。」
そう言って、明里は去っていった。気付けば、教室には私しか残っていなかった。皆そそくさと、部活なり遊びなりに向かったようである。
で、あれば。私も向かうとしようかな。
ここで問題だよ!私の部活は何かな?★★★
先ほど捨てないことに決めたアイデンティティを早速捨てようとする私は、多分少しおかしい。やっぱ轢かれた影響が出てるのかしら。もう一回保健室行こうかな。やっぱいいや。あの先生を1日に2度摂取するのは少しカロリーが高い。女子高生たるもの、カロリーは控えてなんぼなのだ。どうせ取るなら甘いもので取りたい。フラペ飲みに行きたかったなあ。
それはさておき、本題に戻ろう。私の部活。なんだと思う?
なんと、私は優しいので、ヒントを残しておいた。そう、保健室に行かないことを決めたことから、保健室に関わる部活ではないということだ。良いヒントでしょ?
いや、保健室に関わる部活って何だろう。あれか、保健委員会とかか。でもそれ委員会だしな。もしや、ヒントになってないのでは?保健室に関わる部活があれば、ぜひとも私までご連絡願いたい。飲み損ねたフラペでも奢るからさ。ゆっくり話そうぜ、ブラザー。
何の話だっけ。そうそう私の部活の話だ。そろそろ絞り込めただろうか。丁度、私も部室の前に来たところだ。ではでは、答え合わせと行こうか。
かくして、私は部室へと足を踏み入れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます