8 類
絵理子と私の関係はそんな形で精算された。
だがその間にも、はじめ私だけを襲った妄想でしかないと思われた<現象>は、確実に全世界に蔓延していったようだ。新聞やテレビ、ラジオなどあらゆる報道機関が、世界各地で発生する<現象>のニュースをひっきりなしに流しはじめた。その報道の中には、私自身の体験と類似したもの、あるいは全く異なったものが含まれていた。
○ 正面衝突したはずの二輛の列車が、いつの間にか一輛だけになっていた。
○ 押しくら饅頭をしていた子供たちが、やはり急にひとりになった。
○ 次期国会に提出予定の新法案に関して料亭で密談中の与党と最勢力野党代議士のところに、もうひとりの与党代議士が最新情報を持って現われた。すると途端に、いまのいままで白熱した議論を戦わせていた野党代議士が消失し、後には驚愕の表情を浮かべた与党代議士たちのみが残された。
○ 事故で墜落した飛行機をたまたまキャンセルした二人の無関係の男女がすぐさま出会い、何の理由もなく結ばれた。
○ ある会社の重役会議の席上、出席の決まっていた役員のひとりが交通渋滞のため会議に送れることが必至になった。だが、いざ会議の開催が宣言されると、会議席上にその役員が忽然と姿を現した。
○ 深く愛しあっていた夫婦や恋人たちの突然の消失事件。
等。
さらに、一見したところでは不可思議だとは思われない<現象>についても、私は気に懸かったものをいくつかリストアップしてみた。
○ 交戦状態にある二国に対し自由主義を掲げるひとつの大国が調停に乗り出した。だが、結果、その大国は両国に軍事援助をするはめに陥った。
○ 芸達者で知られる若手真打の落語家が、客の呼吸を一手に操る巧みな話術を展開中、その会場に大看板の落語家がふらりと入ってきた。すると、いまのいままで調子よく流れていた若手落語家の芸が、突如、現われた大看板落語家に媚びるような、馴れ合い的なものに変わってしまった。
○ 普段からあまり仲の良くない二つのフットボールチームの観客が、その日展開された素晴らしい白熱プレーのためか、いつしか分け隔てなく両方のチームを応援するようになっていた。
私の安アパートの机の上には、やがて、それら<現象>に関する記事の切り抜きが山と溜まった。無為の私はその<現象>に共通する何等かの性質を探りだそうと、要点のみを幾度も個条書きにしてみた。むろん、私にそれができると思ってのことではない。絵理子に去られた淋しさから少しでも気を紛らわすため、私はそのことを試みたのだ。
まず、私は自分の体験と類似したものを集めてみた。
○ 二台の車 → 衝突 → 一台の車
次のものは、これと同じだろう。
○ 二輛の列車 → 衝突 → 一輛の列車
そして、その類似として、
○ いくつかのグラス → 打つかる → ひとつのグラス
○ いく人かの子供たち → 押しくら饅頭 → ひとりの子供
の二つを私はひとまとめにした。
次に、
○ 本屋で客と店主が争いをしていた → 私が店に入る → 店主が消失する
これは、おそらく、
○ 密談中の与野党代議士 → 別の野党代議士 → 残された与党代議士
と同種類のものだろう。
ついで、自分の体験とは異なるものと考えて、私はもうひとつそれと類似の<現象>があることに気がついた。
○ 愛しあう夫婦または恋人たちの突然の消失事件
これは、
○ 私と絵理子が交接中に感じたあの<無>の感覚
と同種のものではないだろうか?
その他の<現象>については、私はそのときそれ以上の考察を加えることができなかった(とりあえず、より簡潔な形にだけまとめておいた)。
○ 遅れることが必至だった重役会議 → 開催の宣言 → 役員の出現
○ 飛行機をキャンセルした無関係の男女 → 飛行機事故 → その男女の愛?
○ 交戦状態にある二国 → 大国の介入 → 大国の両国への軍事援助
○ 客の呼吸を司っていた落語家 → 別の落語家の出現 → 落語家同士の馴れ合い
○ いがみあう二つのフットボールチームの観客 → 白熱のゲーム展開 → 称賛しあう二つのフットボールチームの観客(この視点は、あくまで<観客という対象の側>にある)
そこまでリストアップして、私はあの茶目っ気たっぷりの若い女子社員が伝えた情報を思いだした。例の乱交パーティーの噂話と、私が何となく聞き流したスポーツ大会の件である。
○ 小旅行の参加者 → それから外れた二人 → 参加メンバーによる乱交パーティー
あるいは、
○ メンバーから外れた二人 → 乱交パーティー → その二人の愛?
真偽のほどは明らかではないが、会社にはラヴホテルから出てきた二人を目撃したという噂があった。とすると、表と裏どちらから見ても(つまり、かなり乱暴だが、愛と乱交パーティーをセックスという観点からひとまとめにすれば)、先の〔飛行機をキャンセルした男女〕の項に、この<現象>を含めても良さそうに思えた。
○ スポーツ大会の二つの種目候補 → ? → 種目の決定
この項目については謎だった。あるいは、これは<現象>とはまったく無関係の出来事なのかもしれない。まさか優柔不段の私の人任せの種目決定が、参加者全員の意向に影響を与えたとは思えなかったからだ。
そうやって作成したリストを、私はいく夜も、闇が湿り気を帯び、ぞっとする冷気が辺りを覆い、やがて東の空が茫洋と明らんでくるまで、まんじりともせずに見つめ続けた。しかし私には、どうしてもその全体を貫く法則性を発見することはできなかった。
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