1 現

 会社の同僚としたたか酒を飲んでの帰り道、私は<それ>を目撃した。

 三叉路だった。典型的なY字型で、視界の悪いやつだ。

 私の歩いていた前方に、鋭角を挾んで二個ずつ、二組のヘッドライトが見えた。そして、それらがものすごい勢いで突進してきたのである。

 打つかる!

 反射的に私はそう思った。もし二台の車が衝突すれば、当然私にも被害が及ぶ。そのとき私は交差点から、わずか数メートルしか離れていない位置にいたからである。

 理性は素早く私に<逃げろ>と判断を下した。だが、身体が動かない。ひんやりとした汗の感触。意識が指先までさあっと凍りつく。……しかし、私はどうにかその原始的恐怖を振り払うと、咄嗟に視界の中に入った電柱の影に隠れようとした。その間一秒ほどの時間が、私には永遠のように感じられた。映画の高速度撮影のように全速力の私がのろのろと動く。間一髪私は助かり、そして二台の車は激突!

 ……したはずであった。確かに私は二台の車の打つかり合う音を聞いた(と思う)。そして二人の運転手たちが慌てて踏んだであろう急ブレーキの耳障りな叫びも……。

 けれども、その一瞬後、私の耳に入ってきたのは、

「この野郎、どこ見て歩いてやがるんだ! 気をつけろ」

 と怒鳴る<ひとりの運転手>の罵りの言葉と、キキーッと私のすぐ脇を掠めるように擦り抜けていった<一台の車>の音だけだった。

 運転手は、さらに私に悪態をついたかもしれない。けれども、その場にへなへなと座りこんで自失してしまった私には、それを確かめる術はなかった。

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