弁当箱のドッグフード
鍵束 明
1ヶ月の弁当
中学2年の春。
クラス替えの後1年から引き続いて同じクラスになった女子がいた。
名前は太田さくら。物静かな子でよく読書をしている。すらっとした体系に、黒いおかっぱに眼鏡、切り揃えた前髪は古風な印象で、昭和の漫画に出てくる女学生みたいだなって思ってる。
2年生になって、GW前の最後の登校日。
6時間目のHRで先生が「重要な連絡だから、皆ちゃんと聞くように」という前置きをしてから件の話があった。
「GWから来月6月の頭まで、給食室に工事が入ることになりました。そのため、1ヶ月は各自お弁当を持参してください」
その一言に教室はざわついた。
皆「やったー」とか「どうしよう」とか各々の反応を示す中、ふと見たさくらの横顔は凍りついていた。
その時は「弁当持ってくるの面倒くさいのかな」くらいにしか思っていなかったんだ。
だけどGW後、給食がない最初の昼にその理由がなんとなく分かった。
「さくら、一緒にお昼食べようぜ」
教室の皆は自身の弁当を見せ合い、あれやこれやと盛り上がっている。
その中でさくらは弁当を隠すように食べていたので、俺から声をかけた。
思えば「察する」チカラが足りてなかったと思う。
「……うん、いいよ」
そう言ったさくらは顔を上げ、腕で囲むように隠していた弁当が顔を出す。
それは麦飯に小さな梅干しがひとつ乗った、これまた古風な弁当だった。
「うち、お父さんだけだから。休みのお昼はいつもこんな感じなの」
聞くまでもなく早口でさくらは言った。
その様子からさくらにとって弁当が笑われると思ったんだろう。
「梅干しうまいよな。俺の唐揚げ食べるか?」
「え……いいの? ありがとう」
己の弁当箱からひとつ取るようにさくらに促す。
すると一瞬躊躇したが、ピンク色のおもちゃみたいな箸で受け取ってくれた。
「なに、2人とも仲良いね! ……待って、さくらの弁当やばくない!?」
その一部始終を目にした女子の声で、クラスの皆はわらわらと集まり始める。
「まじかよ」とか「漫画みたい」とかいう声の中、さくらは居心地悪そうに顔を真っ赤にして伏せていた。
そんなさくらを見ていられなくて、声を上げようとしたら。
「おかず、良かったらウチらのも食べてよ」
1人の女子はさくらの弁当箱の蓋にアスパラベーコン巻きを置いた。
それを皮切りに、やいやいとみんなが弁当の中身を置いていく。
気付けばさくらの弁当箱の蓋は、この教室の誰よりも豪華な弁当が出来上がっていた。
「みんな…どうもありがとう」
さくらの言葉に皆は「当たり前のことをした」と言うふうに笑っていた。
クラスメイトの温かい心遣いにこちらまで胸がいっぱいになったのは事実。
だから蓋の上の片隅に、乾いた四角いニンジンが置いてあるのに気がつけなかった。
それから1週間、さくらの日の丸弁当は続いた。
毎日誰かしらがさくらにおかずを分けに来る。
けれどそれも2週目に入った中頃には、ほぼいなくなっていた。
ただ1名を除いて。
「さくらちゃん、よかったら今日もおかずもらって」
「ありがとう、カオリちゃん」
カオリはクラスの人気者で、とても明るく運動神経抜群な女子だ。
帰宅部だがバスケ部やバレー部の練習試合などでよく呼ばれているらしく、運動部から人気があるらしい。
この前なんて「さくらの長い脚なら、バレー部で活躍できるよ」とさくらを勧誘していたが、やんわり断られていた。
そんなカオリだけが、俺の他に唯一毎日さくらにおかずを分け与えている。
「今日はお母さん時間がなかったみたいで、簡単なものらしいけど良かったら食べてね」
さくらの弁当の蓋に乾いた四角いニンジン、グリンピース、これまた乾いた謎の肉の和え物が置かれる。
どう見てもそれは犬の餌だったが、さくらは控えめな笑顔で「ありがとう」と言い、食べた。
「おいしい。いつもありがとう、カオリちゃん」
「よかった!ちょっとでもおかずがあると違うよね」
そう言ったカオリの丸い弁当箱の中身は、半分に白飯と、もう半分はさくらに分け与えたドッグフードでいっぱいで。
折りたたみのスプーンを使い、まるでチャーハンのように食べていた。
どう見ても犬の餌。毎日犬の餌。
それは色とりどりの乾いた野菜が入ったドッグフードだったり、マシな日はブロッコリーとササミだが、最悪な日は金魚の餌みたいな匂いがする茶色一色のドッグフードだ。
俺は恐くて一口ももらったことがない。
俺がおかしいのか、カオリの親がおかしいのか、カオリがおかしいのか、それともさくらがおかしいのか。
おかしいとしたらカオリ側なのは明白だ。
放課後、勇気を出してさくらを呼び出して相談をした。
「カオリの弁当だけど。あいつがいつも食べてるの、犬の餌だよな?」
「そうだね、犬の餌だよ」
さくらは何を当然のことを、といった風に答えた。
いつも控えめに笑うさくらからはまず見られない真顔に、息を呑む。
「犬の餌って分かってるのに、どうして食べるんだよ」
「最初はびっくりしたけど、どう見てもカオリちゃんは善意で分けてくれてるから」
「断れなかった。何か家庭の事情があるのかもって思ったから、私みたいに」
その言葉に、それ以上は何も聞けなかった。
さくらの横顔は決意と羨望が入り混じった、不思議な表情をしていた。
そして、給食が再開するまでカオリの犬の餌のお裾分けは続いた。
弁当が終わる頃には、今まで然程仲良くなかったさくらとカオリは親友のようになっていて、俺はただ遠目から眺めるだけになっていた。
そして給食が始まり、1学期を終え、夏休みに入り。
2学期を迎えた頃には、カオリの犬の餌弁当についてすっかり忘れていた。
だから、夏休み明けにさくらに呼び出され、笑いながら写真を見せられた時は何の話かと思った。
「夏休みに、カオリちゃんのお母さんの実家に遊びに行ったんだ」
そう言い見せられた写真は。
笑顔のカオリとさくらを中心に、たくさんの犬が囲んでいる。
カオリを挟むのはお洒落をした母親らしいダックスフントと、凛々しい顔をした父親らしいコーギー。間に挟まれたカオリは両者にそっくりだ。
カオリの背後には背の高いさくらが微笑んでいて、その周りを足が短い笑顔のダックスとコーギーがたくさん囲んでいる。たくさんだ。
「カオリちゃんのママ、食事は犬らしく先祖志向なんだって」
「なんだ……そうだったのか」
家で出るのがジャンクフードやコッテリ系ばかりだから、先祖食品がどんなものか久しく忘れていた。
気恥ずかしくなった俺は、垂れる耳を前脚でカシカシと掻いた。
弁当箱のドッグフード 鍵束 明 @KAGITSUKA_mei
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