第3話 窓からの訪問者

「カラム様……?」


「馬車があったから誰かいるのかと思ってな。大丈夫か? 顔色が悪いが」

 一体いつからいたのか。

 入ってきたカラムは心配そうな顔をしている。


「あの……」

 話したいこと、聞きたい事は色々あるが、何から話したらいいかわからない。


「何があった? 俺でよければ話を聞くよ」

 甘いお菓子を差し出しながらカラムは座るように促す。


 誰よりも優しい笑顔であった。






「元婚約者と君を陥れた女が、俺とリューフェの結婚を認めると?」


「えぇ。そうでなければ修道院からは出られないと言われて」


「免罪、という事か。俺としては勿論修道院から君が出られるのは嬉しいけれど……」


(予定したことと違うし、時期は早いけれどいいかもしれないな)

 カラムはにやけそうになる口元を押さえ、リューフェを見る。


「リューフェがよければ俺はいつでも結婚したいと思っている。不自由な生活はさせないし、金もある。悪い話ではないと思うけど」

 リューフェにカラムを想う気持ちがあればとてもいい条件だ。


(どうしよう)

 リューフェとしては好ましく思っているが、結婚したいかは別だ。


 それにあの悪い噂も気になっている。


 リューフェは勇気をもってカラムに直接尋ねてみた。






「……あれは冤罪だ。君に掛けられたのと似たようなものだな。俺の方の犯人は、襲われたと言った義姉なんだよ」


「え?」

 カラムの見た目を気に入っていた義姉は度々関係を迫っていた。


 爵位を兄が継ぐため、次男であるカラムは己の力で生計を立てようと騎士の道を目指した。


 そこでカラムは貴重な魔石の使い手として、とんとん拍子で出世し、モテるようになった。


 その話は義姉の方にも行き、兄と話をするために屋敷へ行くたびに、馴れ馴れしくされていた。


「俺の顔も体も好きだと言われたが、当然俺は受け入れない。というか気持ち悪くて無理だった。普通兄の奥さんに手を出すわけがないだろ?」

 痺れを切らしたのか、ある日屋敷に泊った時に夜這いを掛けられた。


 鬼気迫る様子に必死で拒むと、なんと義姉が自分で潜り込んできたのに騒ぎ立てたのだ。


 カラムに無理矢理襲われたと。


「兄が信じたのは俺ではなく、義姉だったよ。まぁプライドが許さなかったんじゃないか? 妻が自分でなくて弟を選び、しかも襲う程好きなんて、認められないだろ。俺はそのまま家を出され、籍も抜かれた」

 奇しくもリューフェの少し前の話だ。


「だからリューフェの婚約破棄騒動も知らなかった。知ったのはリューフェがここに来た後だ。最初は驚いたよ、そんな事をするようには見えなかったから」


「私を知っているのですか?」


「もちろん。俺は怪しいものを見つける為に城内で動いていたし、時には空から監視をしていた。怪しいものがすぐわかるように大体の者の顔と家紋は覚えている」

 そうして見慣れない者などがいたらマークして、すぐに報告、時には捕縛もしていたのだ。


「そんな功績があるから、貴族籍は無くなったけど、国外追放にはならなかった。家族間のいざこざだろうとして、重罪になっていない」

 意外とカラムは位が上のようだ。


「そういう事で噂にある様な義姉を襲った屑男ではないんだけれど、信じてくれるか?」

 正直なところリューフェには真相がわからない。


 修道院に居る限り外界の情報は少なく、真偽の確かめも出来ないからだ。


「信じます」

 リューフェはそう言ってカラムを見た。


 オルフとミラージュよりも、カラムの方が余程信用できる。


 嘘をつかれた時はもう自分の見る目がなかったという事で諦めよう。


「えっと、それなら結婚を受けて欲しいな。そこも本気だったから」

 照れてれと少し恥ずかしそうにしながら、カラムは手を差し出した。


「私はまだカラム様の事を少し知っただけで、愛してはおりませんよ?」

 さすがにこんな気持ちでは受け入れられないと話す。


 平民であるならば婚約なしに結婚できるので、より慎重になってしまう。


「徐々に愛してくれたら嬉しい。今はリューフェを守れればそれでいいんだ。だから形だけでも結婚して、ここから出ないか? ここを出られないのは厄介だし、君のお父上も会いたいと願っている、その為には修道院から出るのが必須だ」


「お父様が?」

 その言葉にぐらりと気持ちが傾いた。


「君の父上、クライム伯爵は君が修道院送りになったのは知っていても、ここにいるとは知らないらしい。オルフの実家の目もあって探すのに難航していたが、俺が教えてあげたら安心されたよ。リューフェへの手紙も預かっている」

 懐かしい父の字を見て、嬉しくなる。


 病気にはなっていないかという心配の言葉や、すぐに助けに行けずすまないという謝罪の言葉が書いてあった。


 それだけで涙が溢れてしまう。


「まずはここへ出てお父上と話そう。その為に一旦結婚話に了承してくれ。頼む」


「はい」

 リューフェは頷いた。


 ここにいたままでは前進することが出来ない。


 修道院は本来男性禁止の場所だ。


 父とゆっくり話す為にはここを出なくてはならない。






 

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