星降り注ぐSinfonia(2)~射貫かれるように墓穴を掘った
私はがっつり自分の身勝手さを棚上げした上で心に折り合いをつけつつ、さてと考え込む。
どうしてやりましょうねぇ、このガチクズ。
悩む。第一王子が色々気づいてくれてたみたいだけど、流石に彼も転生者うんぬんは管轄外だろうしなぁ……。
なんというか、同胞の不始末の処理的な? この場に居る私たちだけでどうにかするしかない……んですよね多分。うわぁ、面倒くさい。
(……やばい。やるときはやるぜ! って考えた直後に面倒くさいと考えてしまった)
私の怠惰、これもう一生治らない病のレベルだろ。変赤眼よりもよほど厄介だよ。誰かはよ処方薬開発してください。
そういえば第二王子は、私達みたいに「他の転生者」の可能性を考えていなかったのだろうか。
これは私もアラタさんに出会うまで可能性が頭からすっぽぬけていたため、人の事を言えないんだけども。
けど、そうですね。分からないなら教えてあげましょう。何者だ、と聞かれたわけですし。
……この人にとってまずそれこそがスタートラインだ。
同時にもう少し、私たちはこの人間のスタンスを見極めなければならない。
「薄々、わかってらっしゃるのでは?」
探る様に問いかけた。すると第二王子は憎々し気にこちらを見てから……ぽつりとつぶやく。
「……転生者」
「はい、よくできましたね、正解です」
肯定すれば第二王子はふーっと細く長く息を吐いた後、鮮やかな真紅の瞳に似合わないほの暗さを秘めた視線をこちらへと向けた。
「私以外にも、いたわけか」
返される言葉は淡々としていて、それが逆に不気味ですね。何を考えているのか読めない。
「誰が? 全員?」
「私と……それに、アラタさんです」
「なるほど、な。モブのくせに影響力が大きいわけだよ」
「おい誰がモブだ泣かすぞ」
慎重に行こうと思っていたのに的確にイライラポイントを撃ち抜かれたせいで口が悪くなる。
誰がモブだ! いや、取り巻きとかいうモブポジションに収まろうとしていたのは私ですけれども。
自分で言うのと他人に言われるのとでは違うんですよ。
「……殿下。貴方も冥府降誕ルートを知っているのですよね? ならば分かっているでしょう。冥界門の力は人が隠している欲や憎悪を苗床にして、必要以上に増幅させ……その人格を別人へと塗り替える。まして自らそれに触れて力を得ようとすればどうなるか……」
「いいんだよ」
整えられた育ちのよさそうな(実際に良い)爪に視線を落とし、それをいじりながら何でも無い事のように第二王子は言う。
「食欲、睡眠欲、性欲。私の場合そこにもうひとつ欲が加わっただけだ。別人? もう今の私が、私自身だよ」
「三大欲求と同等!? 悪役令嬢へのこだわりが強すぎるでしょ。何考えて生きて来たんですか」
あんまりな内容に突っ込めば、そこでようやく第二王子が感情を波立たせる。
それはさながら津波だった。
「ああ、うるっせぇなぁッ!! こちとら生まれて十九年も原作を楽しみに生きて来たんだよ!! 何考えて生きて来たって? それだけだよ!! 自分が攻略対象だと気づいたときは一瞬喜んださ。だけど私がマリーデルに攻略された場合、アルメラルダはつまんねぇ追放エンド! そうじゃない、見たいのはそれじゃない! アルメラルダには壮絶な最期こそふさわしい! 私にはそこへ導く使命がある!! それを否定されるのは人生の否定だ!! それを邪魔しやがって邪魔しやがって邪魔しやがって!! さぞ気持ち良かっただろうなぁ! 堂々と原作に介入するのは!! 俺は直前まで抑えて抑えて見守っていたっていうのに!! 原作崩壊は解釈違いなんだよ!!」
「んなっ!!」
こ、こいつ。ついには逆切れしやがった。
黒幕のわりに三下臭い! でもだからこそ……厄介!
「決定的に分かり合えないのが伝わってきてめちゃくちゃ嫌ですねお前!」
「言ってろ! お前らこそ人の楽しみを散々かき回しやがって!」
「知るかよバァァァァァカッ!!」
けんけん言い返してきたから、ついこちらも同じノリで言い返してしまう。
一度ブチ切れたからか、私の沸点もなかなかに低くなっている。
そんな中、酷く平坦な声を発した者が居た。
……フォートくんだ。
「原作原作原作ってさぁ……うるさいんだよね」
「! マリーデル」
そこではっとなったようにフォートくんを見る第二王子。
最初は「しまった!」みたいな顔してたけど、次いで相好を崩して猫なで声を出す。
「なあ、貴女は転生者ではないんだろう? 待っていてくれ。軌道修正をする。ああ、心配ない。貴女には星啓の魔女として輝かしい未来が待っている。貴女は優しいからな。アルメラルダの事で心を痛めるだろう。だが私はそんな貴女の顔も見たい。余計な記憶だけは私が消そう。そこの奴らに何を吹き込まれたのか知らないがそれも全部消す。大丈夫だ。私が導く。私は貴女の事も好きなんだ。愛している。見守りたい」
(よくもしゃあしゃあと……)
述べられる言葉はどこまでも薄っぺらい。
……けど何が一番キツいって、これまで信頼を寄せていた第二王子の中身がこれだったと突きつけられる事だよ。これが自分たちに何のかかわりもない悪役だったらどんなに気が楽か。
だけど現実は変わらず目の前で進行している。私たちはこれを受け入れた上でこいつをどうするか決めないといけない。
それにしても、第二王子はフォートくんを
まあそりゃそうですよね。主人公の双子の弟が女装してました! なんて言われなきゃ想像もできない。それほどまでにフォートくんの
でもってまんまとフォートくんをマリーデルちゃんだと信じている第二王子は、余計なことを聞かれたってことでそのマリーデルちゃんにまで手を出す気らしい。
都合のいい所だけ原作厨かよってんですよ。結局自分にとって都合が良ければなんでもいいってわけですか。
……ベクトルが違うだけで私たちもそうだろう、と言われたらぐうの音も出ないのですけど。
さんざんイベント管理だなんだって言ってきましたからね……。
だけど私とアラタさんが口を開くまでもなく、フォートくんが淡々と言葉を続ける。
「吹き込まれた? まあ事情は聞いたし、知ってる」
「やはり……!」
フォートくんの言葉にギリっと歯を噛みしめる第二王子だったが、フォートくんはそれを鼻で笑った。
「はんっ。でも最初から全部聞かされた方が、まだマシ」
抱き留められたままの体勢のためフォートくんを下から見上げているわけだが、その顔に揺らぎはいっさい見受けられない。
第二王子の変貌っぷりに豆鉄砲くらっていた鳩一(私)と鳩二(アラタさん)とはずいぶんな違いである。
(……最初からしっかりした子だとは思っていたけど、逞しくなったなぁ……)
こう、あれですね。
私は前世の記憶を持っている分、同年代に比べて精神年齢的なアドバンテージがあるはずなんですよ。でもフォートくんやアルメラルダ様を見ていると、そんなものあまり意味の無いものなのではないかしらと思い知らされる。
怠惰に時間だけを重ねた私と、しっかり"成長"を積み重ねてきた彼ら。その違いは明白で、私は眩しいものを見るように目を細めた。
そんな内心を抱く私をよそに、フォートくんは続ける。
「最初は何を馬鹿なことをと思った。それでも与えられたものに対する恩を返すために受け入れて、演じ続けた。僕は姉さんさえ幸せになってくれたら、それで良かったから」
「……姉さん?」
その言葉にそこでようやく彼のマリーデルとはかけ離れた雰囲気に気付いたのか、第二王子はフォートくんを困惑した目で見る。遅いよ。
「でもさ。自分が生きている世界を作りものだって言われたら、どう思う? この先の未来を確定されたものとして聞かされて、どう感じる? 自分がこれまで生きてきた人生を見ず知らずの人間が知ったように語るのは、どんな気分になるのかを……知ってるか? 始めは気持ち悪くてしょうがなかった」
そこで私とアラタさんは「ぐぅっ」と胸を押さえた。
そ、そりゃそうですよね。
感覚がマヒしていたけど受け入れて協力してくれているフォートくんこそが寛大だったのであって、そこにわずかばかりも「気持ち悪い」と感じる心が無いはずなかった。はい。
すっかり同志として動いていたから、考えが及ばなかったです。はい。
いや……気づかないふりをしていたのかもしれない。私もアラタさんも、この少年に甘えていたのだ。
……悪いことしたな。
今さらながらそんな感情に苛まれる自分が間抜けだ。
「けど」
そこでフォートくんが言葉を区切る。
「誰かのために動いていた人だから、気持ち悪さを「力になりたい」って気持ちが上回った。利害は関係なくね」
揺るぎない感情が含まれたその声は頼もしく、鮮烈に私たちの耳を打つ。
「アラタは国と家族とアルメラルダのため。ファレリアは途中からだけど、アラタとアルメラルダと……自惚れでなければ、僕のため。「手伝いたくなった」って、言ってくれた」
ちらと視線を向けられてわずかに心臓が跳ねた。
……だって、すごく優しい目で見られた気がするから。
「二人とも原作だなんだかんだ言いつつ、ちゃんとこの世界に立って、生きてる。だけどお前は違うみたいだな。さっきから聞いていればよくもまあ、それだけ薄い言葉が吐けたものだよ。自分の人生を棒に振る可能性すらあるのに欲に忠実になれるっていうのには、ある意味感心するけど。……でもそれって、お前が自分の命もこの世界も軽く見ているからじゃないの」
「あ、待っ、マリーデル! 俺は……いや、私は……!」
動揺する第二王子を意に介さず、フォートくんは決定的な一言を言い放った。
「僕はお前を軽蔑する」
「……!」
ド直球に叩き込まれたその言葉は、第二王子に膝をつかせた。
その後でフォートくんはバツが悪そうな顔をして頬をかくと、私達へ視線を向ける。
「……これと二人が同じだとは、思ってないから。分かってるとは思うけど、一応」
「ふぉ、フォート……!」
「フォートくん……!」
私とアラタさんは、第二王子とは違った意味で膝から崩れ落ちた。
え、何? 何この生物。後光背負ってない? こんな尊ぶべき生物存在するの?
私よりもフォートくんを原作改変に巻き込んで面倒な仕事を与え続けていたアラタさんの方が心に来るでしょ、これ。
罪悪感を洗い流してくれるような、清廉な水を思わせるフォートくんの青い瞳に見惚れた。
睨まれているわけではないのに、まるで射抜かれるがごとく鮮烈に。
……本当に優しい子だ。そして強い。自分の眼で見て感じて来た価値観で物事を判断するからこそ、揺るがないのだろう。
怠惰で流されがちな私にとってそれはものすごく、格好よく見えたわけで。
こんなの、もうさぁ。
(惚れるでしょ……)
「あ」
声が零れる。……自分で墓穴を掘った事を、瞬時に悟ってしまった。
……夕方。アラタさんと話して失恋するまで、ここ一年気づかないふりをしてきたその感情を自覚した。
(あ……わあああああああああ!?)
今!? ちょっとやめてよ! 時と場合を考えろ!!
そう思ったものの、きっかけなんておそらくそこら中に転がっていた。今はたまたまその一つを踏んだだけ。
以前私は"それ"は転げ落ちるものだと、フォートくんに言った。しかしどうやら、その転げ落ちる場所をせっせと掘っていたのは自分自身らしい。
話して、知って。理性という感情を掘削したその墓穴の名前を、私はもう知っている。
どうやら私は、この少年に恋をしてしまったらしい。
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