高校1年春③
「あんたはどうしても助からないの?」
俺の寿命の話を聞いた母は顔色を一切変えずに俺に問う。
その問いに対する返答を考えているうちに俺は気づいた。
母は俺の話を聞きながら俺が助かる方法を模索していたのだ。
だが俺はそれを考慮にすら入れていなかった。そんなことは虫のいい話だと勝手に思考から排除していた。もしかすると、神様に聞いたら教えてくれたのかもしれない。
「ご、ごめん。助からないよ」
俺は少し黙って考えてからそう答えた。ここで「分からない」と答えると余計に話が拗れるだけだと思ったので、嘘をついたことへの罪悪感もありながらも「助からない」で押し切ることにした。
「どうしても?」
「どうしても」
母の問い詰めに俺は申し訳なさげにきっぱりと答える。
その答えを聞いて母は肩を落としてため息をついた後、結論を述べた。
「私はまだ信じることはできません」
この返答も想定済みだ。まだ折れる段階ではない。説得はここからが本番だ。
「ど、どうして?」
「どうしても何も、そんなすぐ信じられるわけないじゃない。もし信じたとしても、受け入れられないよ」
俺の目を捉えて放さないその瞳がかすかに揺れているのを感じた。母は徐々に声を荒げながら話を続ける。
「こんなことを子どもの前で言うのは親失格かもしれないけど、私もお父さんもあんたのために頑張ってきたのよ。別に人生全部捧げてるとかそこまではいかないにしても、あんたのために働いて、あんたのためにご飯作って、あんたのために色々悩んだ。人生の一部は懸けてあんたをちゃんとした大人にするために頑張ってきたのよ。それをあんたは……何!?3年後の3月に心臓が止まる!?人の気持ちも知らないで、ふざけないでよ!」
鬼気迫る母の表情に俺は圧倒されそうになった。その言葉には嘘も偽りもなく母の本音そのままだということが否応なく伝わってくる。
確かに3年後に死ぬことは確定しているわけではない。ただ神様にそう言われたというだけで、それが正しいかと言えば、3年後にならないと分からない。
ここまで本気で言われ、さすがの俺も疑心暗鬼になり自分の中の信念が剥がれ落ちそうになった。
だが折れるわけにはいかなかった。
俺は決めたのだ。
俺は神様を信じると決めた。これだけは曲げるわけにはいかなかった。それが俺の選択だ。
本来これでもかと説得した末、それでも納得してもらえなかった時に切るつもりの切り札だったが、これはもう勝負に出るしかないな。
「ふざけてなんかないよ。全部本気で言ってる。それを踏まえて俺から一つ聞くけど、お母さんは、どうする?」
「それはどういう意味?」
母は眉間に皺を寄せながら聞き返す。俺はそれに少々萎縮しながらも質問し直す。
「3年後に死ぬって急に告白してくる息子に対してお母さんはどんな行動を取るの?」
「そりゃあ、あんたが死なないってことを説得し続けるつもりよ。だって根拠がなさ過ぎるから——」
「それでもし本当に俺が死んだら?」
母の即答に俺は切り札を切った。
俺の質問にさすがの母も言葉を詰まらせた。
それを見て俺は畳みかけた。
「3年後に俺が死んでも死なんでも、俺は普段通りに生活していくつもりやし、お母さんもお父さんも別に変わったことをする必要はない。これの何が不服なんよ?何も言わんけりゃ良かったんか?そんなもん俺が嫌や。家族になんも言わずに突然死するなんて。だから、俺はこうして家族の前で告白しとるんや」
俺がここまで親に対して反抗したことがあったろうか。さすがにやり過ぎたかと後悔すら押し寄せてきた。
なぜなら、初めて母親を大泣きさせてしまったからだ。
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