プロローグ⑤

「そうなんですね」


 神様からの粗末な事後報告を受けた俺が発した一言がこれだった。「嘘だ」とか「そんなはずがありません」といった言葉は出なかった。


 事故死という最悪の結末を告げられているのにも関わらず、不思議と絶望していない自分に気づいた。むしろ、あの白い空間でずっと過ごすと考えた時の方が絶望していた。


 心の中では徹底的に否定していたはずだったが、完全に否定しきれていなかった。それが日記を読み進めるにつれて徐々に濃度を上げて、やがてこう思うようになっていた。この日記はいわば走馬灯なのだと。事故で終わってしまった人生を振り返るためのこの世界の演出なのだと。


 自分の死を受け入れる心の準備時間として、あの日記を読み進める時間は充分過ぎた。いざ死んでみると、思っていたより悲しい感情は湧かなかった。そんな自分自身に対して失望した。


「あの、それで僕はこれからどうなるのでしょうか?」


 自分の死をすんなりと受け入れてしまった俺はあるかどうかも定かではない自分の未来に関心を持つようになっていた。


「ん?それは天国とか地獄とかに行ったり、幽霊になったりするのか、ということでいいのかな?」

「僕は地獄に行くのですか?」

「外れー」


 何やその言い方。腹立つ。


「地獄には行かない。ちなみに天国にも行かない。幽霊なんてものは論外。そんな概念は存在しない。あれは全て君のいた世界での妄想が生み出した幻想に過ぎない。もっと言えば、天国と地獄っていう概念もないけどね」

「じゃあ、どうなるんですか?」

「ああ。でもそうか。ある意味幽霊みたいなものかもしれないか」

「どういうことですか?」


 早よ教えろや!


「君は生き返るのさ」

「ど、どういうことですか?」


 生き返る。突如として出てきた意外なワードにさすがの俺も寝耳に水だった。


「君は人類史上100兆人目の死人なんだよ。それを記念して、こちら側でサービスとして君に条件付きで生き返る権利をプレゼント!というわけなのさ」


 いや「なのさ」やなくて。100兆人目の死人って。そんなテーマパークで通算1億人目の入場者に年パスプレゼント!みたいなノリで祝っていいものなのだろうか。不謹慎極まりない。まず本当に俺が100兆人目なのか?とりあえずそれは置いといて、本題へ行こう。


「な、なるほど。それで、その、条件、というのは何なのですか?」

「生き返る、というよりは人生をやり直す、といった方が良いかな。今死んでいる君自身を蘇生させるわけではなく、君が指定した時間から人生をリスタートさせる形で君は元の世界に復帰するのさ。それも例え赤ちゃんまでやり直したとしても、脳だけは今のまま引き継がれる。さしずめ、見た目は子ども、頭脳は若干大人といったとこだね」

「人生を、やり直す、ですか」

「うん。ただし、条件はここから。それは、君の寿命が君の死んだ2018年3月15日の午前11時41分34秒まで、ということ。その瞬間、君の心臓が止まる。説明は以上。で、どうする?生き返ります?」


 神様は説明こそ真面目だったが、最後は不真面目な表情で俺に選択を迫ってきた。


「僕は赤ちゃんの時からやり直されるのですか?」

「いや、寿命よりも前だったら、いつからやり直してもらっても構わないよ。中学入学からでも、小3の3学期からでも、高校3年生の夏からでも君の指定した時間からやり直せるよ。それで?生き返るかい?」


 また神様は軽い感じで急かしてきた。


「でも、僕は決してこの先の未来には行けない、ということですよね?」


 俺は最終確認のために再び神様に聞き返した。


「そういうことになります」


 今度は敬語を使ってきた。


「この権利って、誰かに譲渡できたりしないんですか?」


 事実を知った俺は神様に別の質問を投げる。


「それはできません。この権利は君だけに与えられた権利ですから。しかし、この権利を行使するかは君の自由です。もちろん、放棄することもできます」


 今度もまた敬語だった。


 神様は散々「生き返る」と言っているが、やはり生き返るというよりは、やり直すという表現が適切だった。はじめに生き返ると聞いたとき、俺は事故死をした自分がその場で蘇生するものかと思っていた。例えそれが一日の寿命でも数時間の延命でも良かった。俺はせめて家族に、友人に、おかきに、そして、瀬良さんに感謝を伝えたかった。こんな何もなく空っぽな俺に関わってくれた人達に感謝を伝えたかった。


 そうでなければ意味がなかった。俺が意味のない人生を繰り返すだけだ。


「そう、ですか。それは残念です。せっかくいただいたのに、無駄にするようで申し訳ないのですが、放棄したいと思います」

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