器用貧乏のなにが悪い!? ~念願の魔法戦士の冒険者になったのに「器用貧乏の地雷職」と周囲から馬鹿にされ続けたので大成して見返します

てるよ

プロローグ

第1話 器用貧乏ラプソディー

 どうやら俺『 槇島一輝(まきしまかずき)』は大学からの帰り道にトラックに轢かれ、そのまま死んでしまったらしい。

「死んでしまったらしい」というのも、俺の人生には死んだあとの“先”があったのだ。


 爆走する大型トラックが激突する瞬間、全身に奔る激痛とともに気を失った俺は気がつけば見知らぬ土地にいた。中世ヨーロッパ風の景観と装いの人々、そして魔法があって冒険者ギルドがあって魔物がいる。まるでゲームのような異世界に転生したのである。

 たったの20年で早逝したばかりか、裸一貫で見知らぬ土地に投げ出されてしまった残酷な事実に、正直やりきれない気持ちになる。家族や友人だって恋しい。だがそれはそれとして、転生当初の俺は夢にまで見た異世界ライフの到来に心が浮足立っていた。


 なぜならば、この槇島一輝はファンタジー職業の『魔法戦士』をこよなく愛し、憧れていたからである。

 前衛職のように剣を振るい、後衛職のように魔法を放つ。打撃が必要なときには白兵戦を、敵が遠く離れていれば遠距離攻撃を。あらゆる局面に柔軟に対応し、臨機応変に戦う汎用性に富んだスタイル。コンセプトを絞って効率よく作られた特化職では味わえない魅力と浪漫に俺は取り憑かれているのだ。

 しかしながら万能といえば聞こえはいいが、近接攻撃は本職の戦士に劣り、魔法もまた同様に魔法使いに劣るという、どっちつかずの中途半端な扱いを受けるのが常。育成ゲームでは「それするなら○○のが強くね?」と特化職と比較され、TRPGでは「どっちかに専念して」と地雷扱いされて疎まれることも多々あった。

 まぁ正直なところ、魔法戦士が軽視されるのも仕方のないことだと受け入れている。魔法戦士の欠点については弁論の余地もない。そもそも何でも出来て何でも強かったら、それはもうただのチートでしかない。魔法戦士は強ければ強いほどバランスブレイカーという名の害悪と化してしまうジレンマを抱えているのだ。

 とはいえ存在そのものがどうしようもない哀愁感漂うところも含め、俺は魔法戦士というものが好きだった。「なんとかして活躍させたい」と躍起になるうちに愛着が湧いてしまったのもあるかもしれない。

 けれどここでなら違うかもしれない。そう、剣と魔法のファンタジーが現実であるここならば。ゲームバランスやルールやシステムの制約のない、無限の可能性を秘めたこの異世界でなら、魔法戦士を輝かせることができるかもしれない!


 そう……思っていた。


 ◆


「……はぁ」


 グラスに注がれた安い蜂蜜酒を飲み干し、深い溜め息を吐く。

 俺は冒険者ギルド内に併設されている酒場でひとり自棄酒を決めこんでいた。

 転生してからはやひと月。紆余曲折はあったものの、辺境の地『エルスニア』で一番大きな街『アルル』に居を構える『冒険者ギルド・エルスニア支部』所属の冒険者となり、魔法戦士としてデビューすることができた。

 そこまでは良かった。だが、結局は前世と同じ壁にぶつかることになったのだ。

 冒険者となってから初めて人とパーティーを組んだとき、事前の自己紹介で魔法戦士という単語を聞いたメンバーの反応が全てを物語っていた。ある者は苦々しい顔を浮かべ、ある者は嘲笑をし、ある者は呆れ、そしてある者はこう言った。


 ――ごめん、パーティー外れてもらっていい?


 それからも俺はめげずに他の冒険者とクエストに参加したりパーティーメンバーを募ったりしたが状況は好転せず、「中途半端の魔法戦士」と、かつて前世でそうであったように疎まれた。それでも冒険者の道を諦めきれず、地道に一人でクエストをこなしていった。しかしながら駆け出しの冒険者が一人で達成できるものなどたかが知れており、雑魚モンスター討伐はまだ良い方で、薬草採り、ペット探し、果てには子供の世話など、戦いや探検を生業とする冒険者でなくてもできるような雑務ばかりが回ってくる。魔法戦士として華々しく活躍するとか、強敵との戦いに挑むとか、未知の冒険に胸躍るとかいうのはおろか、冒険者の肩書きが泣くような日銭を稼いで暮らすチンケな日々を過ごしていた。

 

「俺……魔法戦士辞めようかな……」


 二杯目の蜂蜜酒をちびちびと口をつけながら俯き、そんな情けない弱音がまろび出る。

 冒険者は誰でもなれるわけではなく、簡易的な戦闘技能試験に受かれば冒険者の証となる『ギルドカード』が授与される。その試験の際、剣技も魔法のセンスも試験管に高く評価された。

 自分でも驚くぐらいだが、筋は悪くないはずだった。事実モンスターとの戦いも難なくこなせている。それでも魔法戦士という肩書のせいで周囲に認められず、魔法戦士を目指す限り一向に道は拓かれない。だったら、わざわざ魔法戦士でいる必要なんてないじゃないか?

 

『戦士以下の火力、魔法使い以下の魔力』

『中途半端』

『それするなら○○でよくない?』


 ふと脳内に溢れ出た今まで浴びせられてきた誹りの数々。それはまるで自分の挫折を正当化するかのような鬱屈とした励ましだった。


『剣と魔法の両方で攻撃できる? でもそれって器用貧乏ってことだよね?』

『どちらをするにしても本職に劣る器用貧乏にしかならない』

『……だから器用貧乏』

『……で器用貧乏』

『器用貧乏』


 ――『器用貧乏』。それが今までで最も多く使われた言葉だった。

 あらゆる分野をそつなくこなすが、どれも突出せず中途半端になってしまう。まさに魔法戦士を象徴するかのような“不名誉な称号”。

 

「……どいつもこいつも、器用貧乏器用貧乏器用貧乏って! ちっくしょー!」


 酔いが回ってきたせいか、抑えられない激情に駆られる。俺はグラスをぐいっと傾け、残っていた蜂蜜酒を一気に胃の中へ掻き込むと、魂の叫びをあげた。


「「――器用貧乏の何が悪い!?」」


 誰かと声が重なった。

 後ろを振り向く。その誰かもこちらを見ていた。


 ◆


「わっかる~~! まぁ言いたいことはわかるよ? でもさ、でもさぁ? だからって笑いながら参加お断りはさすがに無いよね!?」

「だよなぁ!? そりゃまぁ、魔法戦士の扱いが難しいのは自分でも分かってるつもりだよ。純粋な戦士か魔法使いのがパーティーの役割分担として求められるのは当然だと思う。でもだからって無理解にもほどがあると思いまーす!!」


 俺は偶然同じタイミングで同じ言葉を叫んだ真後ろの人物と互いの境遇を語り合ううち意気投合し、飲んだ食ったの大宴会を繰り広げていた。

 その同志の名は『アンナ・ホリック』。表情の変化が目まぐるしい明朗快活とした同年代の少女だ。しかしながら、亜麻色の艷やかなロングヘアーに白い肌、クリっとした大きな双眸、藍緑色の瞳の西洋人形のように整った顔立ちと。冒険者という荒くれ稼業に身を置いている人間にしてはどこか不釣り合いな気品を漂わせていた。


「……っぷっはあ! 私だってそう! 自衛力のある回復サポートでありながら、いざというときの攻撃力の両立がウリなのに。みんな口を揃えて『回復と支援に専念して』ってばっかり! 別にみんなのサポートを怠ってるわけじゃないんだよ!?」


 エルスニア・ギルドの酒場の看板メニューである『厚切りベーコンの粗挽き黒胡椒ステーキ』をひとくち頬張り、それをビールで流し込んだアンナは嘆くように言った。

 彼女は自分と同じ駆け出しの冒険者で、支援職『プリースト』のような回復魔法による味方へのサポートと格闘戦による前衛を兼ね備えた『モンク』のクラスである。もともとはここエルスニアではなく別の地方のギルド支部で活動していたらしいのだが、さきのアンナが述べたような理由で同業者たちに難癖をつけられ、ついにはそれが原因でトラブルに発展しかけたため、居心地が悪くなってここへ移籍してきたらしいとのことだった。ところがここでも同じような扱いを受け続けてほとほと嫌気が差していたという。そして俺とアンナは偶然にも同じタイミング同じ理由で自棄酒をしていたというわけだ。


「いやぁ、それにしてもここまで魔法戦士に理解ある人がいるなんて思わなかったよ!」

「私も! ……あーあ、全ての冒険者がカズキみたいな人だったら肩身が狭い思いしないで済むのになぁ」

「だよなぁ。みんなアンナみたいな人なら……。むしろ、俺やアンナみたいな魔法戦士だったりモンクだったり、皆が皆器用貧乏職だけだったらな。理解もあって偏見もなくて互いに尊重しあえてさ。それに、それはそれで型に当てはまらない面白い戦い方もできそうなんだけどなぁ」


 酔っぱらい特有の情緒高乱下でそれとなくしんみりした空気になり理想論を呟く。ところが、俺の言葉を受けたアンナは、ただでさえパッチリした両目をさらに大きく開いたまま無言でこちらを見据えた。


「……アンナ? どうかした?」

「――それだッ!!」


 突然の大声に驚いたのは自分だけではない。周りの客も訝しげにこちらをチラチラと見る。なにやら天啓を受けたらしい彼女の言葉を待った。


「ねぇカズキ! 一緒にパーティ組もうよ!」

「俺と……アンナで?」

「そうだよ! 魔法戦士とモンクが組むの!」

「おお、なるほど……なるほど! おお! それいいじゃん!!」


 彼女の提案は魅力的だった。

 互いにポリシーに理解があるから相手を排斥するようなことにならない上、クエストの同伴相手に困らなくなる。まさにウィンウィンの関係だ。


「もちろん私たちだけじゃなく、他の『器用貧乏』と迫害されてきたクラスの冒険者もいずれ仲間に引き入れるの! それでゆくゆくは器用貧乏職だけで活躍して、ギルド中に……いや、世界中に器用貧乏職の素晴らしさを認めさせるッ!」

「いい、いいよ! 素晴らしいアイディアじゃん! ……でもなぁ、アンナ。ひとつだけ間違ってるぜ」

「というと?」

「器用貧乏なんてしみったれた表現はナシだ。俺たちが目指すのは……『器用万能』だ!!」


 アンナの表情がこれまでにないぐらい明るくなり、ふたりでバシッとハイタッチして歓声をあげた。


「そうだそうだ! 私たちは器用貧乏のまま終わらない! 器用万能になるんだ!!」

「器用万能サイコー! 器用万能バンザイ!」

「「器用万能ッ! 器用万能ッ! 器用万能ッ!」」


 一緒に器用万能コールして気持ちよくなる。それからというものの、怒涛の勢いで酒が進んだ。エルスニア・ギルドの酒場だけでは満足できず、一緒に街へと繰り出し何軒もハシゴしていった。そして持ち金が無くなって店を周れなくなっても語り足りなくて、アンナの誘いで彼女が普段寝泊まりしている借家にお邪魔し、そのまま語り尽くした。そうして、やがて気を失うようにして眠りに就くのであった――

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