第032話
エディは立ち上がろうと上半身に力を入れたが、お尻が地面に引っ付いたままだった。
「た、立てない……」
「腰を抜かしちゃったのかもね。僕が背負って行くから大丈夫だよ」
「あ、ありがとう……」
「使えないスキルの上に、自分の足で立つことすらできないとは、とんだ足手まといだな」
「……気にしないでいいよ」
「ごめん……」
ブルートは自分のことを棚に上げて言う。
この場で足手まといなのは、最初に魔物を焚きつけたブルートの方だろうに。
「お前ってスゲぇよな。俺らとそんな歳も違わねぇのに、全然魔物にもビビってねぇもんな」
「……まぁ、この程度のことは冒険者なら日常茶飯事だよ」
僕がビビってないって……そんなわけないんだけどね。
日常茶飯事なんて嘘っぱちだし、内心は、もう全てを投げ出してしまいそうなくらい、怖くて
安心できれば、それだけ本来の力が発揮できるようなる。
みんなの不安を少しでも解消できるなら、僕は歴戦の大英雄にでもなりすますまさ。
というよりも、馬鹿みたいな根拠のない自信を持っていた方が恐怖心を誤魔化せるから、こういう嘘は自分のためでもある。
「ロビン。そろそろいけそうかい?」
「……うん、いけると思う。でも僕のスキル熟練度だと、この蟻たちを流すには結構な量の魔力が必要なる。できるのは一回きりだよ」
「その一回で成功させよう。みんな、よく聞いて。ロビンが水でキラーアントを押し流したら、この泡を消す。そしたら出口の穴がある場所まで、全速力で走ってほしい。そこまできたら、僕が大きな泡を大量に作る。その泡に乗って、上の階層まで登るんだ」
「……わかった」
その時、さっきまで弱かった光の光量が増した。
ルーナの方を見ると、光源がより人の形に近づいていた。
ルーナは制服のローブや装備を取り外し、戦闘服も脱ぎ始めていた。
「ルーナ……」
「こ、この方が明るいから……」
「……ありがとう。助かるよ」
ルーナの体は下着の部分以外が光り輝いている。
光源である皮膚の露出が多くなった分、光が届く範囲も広くなった。
制服のローブだけを手に持って、それ以外はここに捨てていく腹積もりらしい。
その覚悟に感化されたみんなは、気を使ってあまりルーナの方を見ないようにしていた。
「じゃあいくよ?」
「うん」
「『
頭上からキラーアントを伝って泡の表面をチョロチョロと流れ始めた水は、次第にその量を増していく。
泡の外の景色が水のカーテンで見えなくなる頃には、水流に飲まれたキラーアントの気配がどんどん遠ざかっていった。
「よし! 行こう! エディ、しっかり捕まっててね!」
「う、うん!」
泡の壁を消し、みんなで浅い川がまだ流れる道を走る。
ルーナのおかげで、今は広い視野が保てている。
明かりがあれば自信を持って全速力で走れるはずなのに、ブルートは相変わらず、エディを背負っている僕より遅い。
「早く!」
「わかっている! 俺に指図するなと言っているだろうが!」
出口の大穴が天井に開いている場所にたどり着いた。
明かりのある今なら大穴の下が大きな空洞になっているのがわかる。
四方に12本の道があり、それぞれの道に流されていったキラーアントが、憤怒を宿して戻ってきている。
見上げると、第一階層の明かりが遥か遠くに小さく見えた。
「
人が座れるほどの柔らかい泡を作り、それを増殖させる。
地面を埋め尽くした泡は山のように盛り上がっていき、僕たちの体を持ち上げる。
泡の道を這ってくるキラーアントだが、泡の増殖するスピードに負けて、押し戻されていった。
溜め込んだ溶岩を噴火させる活火山のように、増殖し続ける泡に乗ってどんどん上へ登っていく。
さすがにこの量の泡を作ったら、魔力がギリギリだ。
ここまでくると、戻ってもう一度泡の壁を作るのは難しい。
登り切ってしまうしかない。
泡の硬化を少しだけ薄めて、魔力を節約しよう。
「みんな! 泡から下りて!」
上階につくと、みんな歩きにくい泡の上を転がりながら、穴の縁まで移動していく。
僕も、早く移動しないと……!
踏み出した足に力が入らない。
めまいが起きて、視界が歪む。
まずい……上階にあがってきたところで、完全に力が尽きてる。
魔力の供給を失った泡は下から順に割れていき、蟻地獄のように足場は大穴に吸い込まれていく。
せめてエディだけでもと思ったけど、大穴の縁まではまだ20メートル以上ある。
放り投げる力があったとしても、さすがに届かない。
落下していく体。
とうとう最後の泡も消え、大穴が大きな口を開けた。
意思をもって呼吸しているかのように、大穴は、重力に逆らえない僕を吸い寄せていく。
「『
――ブフォッッッ!!
空気が吹き出した音は、大穴の中で強烈に反響する。
背中にあった重みが軽くなったかと思ったら、逆にエディに引き上げられるように体が浮き上がり、大穴の縁にまで飛んでいった。
まさか、エディのオナラに助けられるとは……。
グッジョブ。エディのオナラ……。
「アウセル!?」
心配そうな顔をしたルークが、無様に転がった僕を起き上がらせてくれた。
だけどもう、指1つ動かせない僕の体は鉛のように重たくて、意識すらもその重みに吸い寄せられるように、暗闇に落ちていった。
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