第031話
「はぁ……はぁ……はぁ!」
魔物の足音が後ろから迫ってくると、その音に反応して、前方の魔物たちもこちらに迫ってくる。
挟み撃ちに遭う前に脱出したいけど、出口の大穴までまだ300メートル以上。
普通に走ってもギリギリのタイミングだし、なにより、不摂生な体を揺らすブルートの足が遅すぎる。
僕は人ひとり背負って走ってるのに、どうして僕の後ろにいるんだ。
泡はすぐには準備できない。
魔物と出くわしてからじゃ遅い。
ここで備える。
僕はルーナの腕を掴んだ。
「みんな! 止まって!」
「止まるって……!? なんで!?」
「前からも魔物が来てる! もう間に合わない! みんな、僕の近くから離れないで!」
ルーナの光を頼りに、みんなが踵を返して寄ってくる。
僕は背負った生徒を下ろした。
暗闇の向こうから迫ってくる足音が、地鳴りを大きくしながらすぐそこまで来ている。
この状況で、平常心でスキルを発動できるのか……。
できるかどうかじゃない、やるんだ!
深く息を吐いて、なんとか心を落ち着かせた。
「
10個の泡を膨張させ、みんなを飲み込ませる。
泡と泡の隙間が生まれないようピッタリと大きさを調整して――
「
暗闇から現れた無数の魔物たちが、前後から泡に激突する。
衝撃音を響かせながら、曲線に沿って泡に乗り上げた魔物たちが、互いにぶつかり合う。
大量の魔物たちによって、泡は完全に埋まってしまった。
言葉を失う生徒たち。
巨大な蟻の大群が、泡の表面を埋め尽くしていた。
一匹一匹が体長1メートルを超える蟻は「キラーアント」。
黒い体が暗闇に溶けていて、赤く光る目だけが動き回っている。
ルーナの光が届く範囲では、蟻の腹や足が通り過ぎていく。
ワシャワシャと群がる音は、まるで数百匹の蟻を耳の中に流し込まれたかのようで、僕たちの恐怖心を煽る。
「な、なんなんだこれ!?」
「落ち着いて」
「落ち着いて、落ち着いてって……こんな状況で落ち着いてられるわけないだろ!?」
「冷静にならないと、まともにスキルも発動できなくなるよ。それだと助かるものも助からない」
「……」
「大丈夫。みんなのことは、必ず僕が守る。必ず、みんなを地上に返してみせる」
「……この透明な膜は、お前の泡なのか?」
呆然としているブルートは、息を切らしなら言う。
「……そうですよ」
「あの貧弱だった泡に、どうしてこんな強度が」
「スキルの熟練度が上がったら、泡の質が変わったんですよ。努力して手に入れた力です」
「……ふん。どんなに努力しても泡は泡だ。いつ割れてもおかしくない。お前のスキルなど当てになるか。いいか? ここは俺が指揮する。全員、俺の言うことを聞け」
ブルートの提案に対する返答は、沈黙だけだった。
「……アウセル。俺は、あんたの言葉に従うよ」
「なっ!? 俺の言うことが聞けないというのか!?」
「そういう訳じゃないですけど。自分の命が掛かっているなら、自分の選んだ選択を信じたい」
「俺も同意見だ。ここまで来たら、最後まで指示してくれよ」
「わ、私も……アウセルさんの考えを聞きたい」
意見を統一してくれるのは有り難い。
荷が重いけど、この状況ならダンジョンの遠征に慣れた僕が考えをまとめるべきだろう。
少なくとも、ブルートに任せるべきじゃないことは明白だ。
さて、どうするか……。
キラーアントは顎で泡を噛み続けている。
10枚重ねてある泡だけど、少しずつ削られたらいずれは割れてしまうだろう。
外側の泡が割れても、内側からまた泡を膨張させれば壁は補強できる。
そのうち僕たちの居場所が小さくなっていくだろうけど、当面の時間稼ぎにはなる。
無難なのはこの場で待機して、外からの応援を待つことだけど……もしかすると上の人達は、僕たちがこの階層に落ちたことに気づいてない可能性がある。
その場合は自力で脱出しなきゃだけど、下手に待機している間に体力を消耗していたら、それもできくなる。
脱出を決断するなら、早いほうがいい。
「スコット、君の【聴覚】で上の人達の声は拾えないかな?」
「……む、無理だ。流石にこんなに魔物に囲まれてたら。……すまん。これは俺のスキル熟練度が低いせいだ。まだ音を拾う範囲を限定できないから、手前の音を強く拾っちまうんだ」
「謝ることはないよ。君のスキルは十分優秀だからね」
応援が来るかどうかわからないなら、消耗する前にこちらから動いたほうが懸命かもな。
しかし、この蟻のたちをどうやってどかすか……。
硬い泡を膨張させて、払い除けてみるか……。
「バル……」
ダメだ。
壁の外側で泡を生成しても、硬化させる前にキラーアントに潰されてしまう。
最初から硬化させた泡を作りたいけど、何回やっても上手くいかなかった。
泡を作れる空間があって、初めて泡の性質を強化できる。
これは今の所、僕の【泡】の弱点かも知れない。
「……ロビン、君の【水】でキラーアントたちをどかすことはできないかな?」
「できるかもしれないけど……君の作ったこの防御壁が保たなかったら、僕たちまで流されちゃうよ?」
「泡の壁を分厚くするよ。このキラーアントの衝突に耐えきれたし、鋭利なものじゃない限り、割れることはないと思う」
「……そうだね。じゃあ、僕の水でキラーアントを押し流すよ」
「しばらくは時間稼ぎできるから、なるべく冷静になれるように、心を落ち着かせてからいこう。その方がスキルの精度も上がる」
「了解。今のうちに集中しておくよ」
「休憩してる間に、外から助けが来るって可能性はないか?」
「それは僕も考えた。けど、もしかしたら上の人達は、僕たちがこの階層に落ちたことに気づいてない可能性もある。僕の泡も無限に耐えられるわけじゃない。余裕があるうちに行動したほうが、助かる確率は高い気がする」
「……そうか。だから俺に上の音がどうなってるか聞いたのか」
「うん」
「ん……わ、わぁあああああああ!?」
気絶から目覚めたばかりの生徒が、視界いっぱいに広がるキラーアントの群れを目の当たりにして絶叫する。
言うまでもなく、人生最悪の目覚めだろうね。
トラウマになってもおかしくないレベルだと思う。
「この泡の中なら大丈夫だから、落ち着いて。とりあえず深呼吸しよう。……僕はアウセル。君は?」
「エ、エディだ……」
「君はなんのスキルを持ってるの?」
戸惑いに顔を顰めるエディは、口を固く閉ざした。
「おい、こんな状況で
「ち、違うよ……」
「じゃあ、どんなスキルなんだよ」
「オ、【
「あぁ?」
「【
一年前の覚醒の儀式を思い出した。
確かに一人、先生のオナラを誘発させていた人がいた。
あの時、肩を落としながら壇上から下りてきた生徒は、エディだった。
「間違っても、この状況でそのスキルは使うなよ?」
スコットは念を押した。
泡で囲まれた密閉空間で発動したら、文字通りその場は悲惨な空気に包まれることになるだろう。
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