貧弱なスキルと思われた【泡】。破裂、膨張、収縮、張力、増殖、浮遊……あれ?〜強化した泡は最強ですか?〜

星ノ未来

それぞれの進路編

第一章 『ウェモンズ魔道士学園』

第001話 

 ウェモンズ魔道士学園の生徒たちは、『覚醒の儀式』に備えていた。


 『覚醒の儀式』とは、体内の魔術回路を外部からの刺激によって調整し、曖昧だった“素質スキル”を確定させる、初等教育の集大成と言っていい重要な儀式だ。


 魔力や体力とは違い、スキルは親の遺伝を受けない。

 何を獲得するかは完全なランダム。

 生まれたときから持っていた宝くじの抽選結果が、やっと発表されるようなものだ。

 誰にでも一攫千金のチャンスがある。

 そう、親もいなければお金もない、僕のような孤児にだって一発逆転できる可能性がある。

 強力なスキルを獲得すれば、一気に人生ハードモードからイージーモードへと跳躍する。

 千載一遇、起死回生の大イベント。

 所謂、スキルドリームというやつである。


「おえぇ……。嘔吐きが止まんない……。ずっと気持ち悪い……うぇええ……」


 待望の奇跡があれば、それが叶わなかった時の絶望も、表裏一体に存在してる。

 生徒全員が期待と不安で胸をいっぱいにするなか、僕はといえば、無実か死刑かの判決を待たされる容疑者のような心持ちだった。


 ハッキリ言って、僕にはお金がない。

 資産というものがまるでない。

 生活費すらまともに用意できない僕が、国内随一の名門校に通えているのは、ここランドール王国が孤児を支援してくれていたから。

 でも、そんな頼みの綱だった支援は初等部の卒業とともに終了する。

 経済力のない僕じゃ、自力で中等部へ進学することは不可能だ。

 来年には孤児院を出て、働かなくちゃいけなくなる。

 持たざる者は追い出されるのみ。

 本当に世知辛い話だと思う。


 それが現実だと、弱肉強食がこの世界のルールだと。

 そうやって簡単に決めつけることもできるけど、しかし、希望が全くないわけじゃない。

 支援を継続してもらう方法はある。

 この儀式で有望なスキルを獲得して、試験で先生たちに将来性を認めてもらえれば、支援の継続に必要な「推薦」がもらえるのだ。

 僕にとってこの儀式は、進学か就職かを占う重大な岐路になっていた。


「いいい、一回落ち着こう。スキルはランダム。今さら足掻いたってしょうがない。とりあえず、儀式の結果を受け入れよう。将来のことを考えるのは、その後だ」


「整列して静かに待機するように! ちゃんとスキルを獲得できなかったら、留年することになるからね! 先生の指示をよく聞くんだよ!」

 

 教員の指示が響くなか、学園内の教会で儀式が始まる。

 中央に設置された舞台に生徒が立つと、大きな魔法陣で光り輝く。

 光に包まれた生徒の全身に、毛細血管のような青い光が走る。

 しばらく経って落ち着くと、先生が「意識を集中させ、魔力を開放しなさい」と言う。

 生徒が腕を前に向けると、手の平から火が出た。


「【炎】というには威力が足りない。これは【火】だろうな。目新しさはないが、火は汎用性が高く重宝されやすい。良かったな」


「よっしゃぁあああ!!」


 大きくガッツポーズをする生徒。

 スキルが【火】なら、火属性の力に魔力が働きやすいということ。

 引火性の強い魔力を、常に保有しているということだ。


 「魔力式コンロ」や「魔力式のランプ」にも、この人たちの魔力が使われる。

 羨ましい。

 生活の必需品となるスキルは、需要が多い分、買い手も多い。

 代表格の【火】のスキルは、億万長者のスキルと呼ばれる1つだ。

 日常でも、戦闘でも、役に立つこと請け合いだろう。

 努力次第でどこまでも有能になれる。

 この手の人材は引く手数多。

 独占しようとする冒険者クランか企業から、早々にスカウトがあっても不思議じゃない。

 調べるまでもなく有望性のあるスキルだ。


 その後も生徒たちが順番に舞台に立つ。

 風を起こす人、紐を出す人、教会の壁に木を生やす人もいた。

 なかには他人のオナラを誘発するというスキルを獲得した人もいた。

 真面目な顔をした先生がオナラを連発して顔を真っ赤にしたから、みんな爆笑を我慢するのに必死だった。


 【オナラ】スキルの生徒はガックリと落ち込んでいる。

 でも僕から言わせれば、親がいてお金があって無条件で進学できるんだから良いじゃないかと、それでも羨ましくなる。慰めの言葉も出てこない。


「はぁ……嫉妬が芽生えると、色々とひねくれていくよね。ほんと……嫌な性格にだけはなりたくないよ」


「アウセル! 前へ!」


 僕の番が来た。

 舞台の上の、魔法陣の中に立つ。

 包み込まれる光のなかで、僕は念じた。


 お願いします……女神様……。

 普通のスキルなんて贅沢は言いません。

 へっぽこなスキルでも、ほんの少しの便利さがあればそれでいいんです。

 

 僕は勉強も訓練も毎日欠かさず努力して、成績だってトップクラスを維持してきました。

 すべては推薦をもらうため、進学するため。

 地味なスキルでも活かせる自信はあります。

 よほど酷いスキルじゃなきゃ、推薦は貰えるはずなんです。


 お願いします。お願いします。お願いします。


「意識を集中させ、魔力を解放しなさい」


(お願いします……!!)


 僕は腕を前に出して、体の内側を駆け巡る熱を、手の平から解き放つイメージを持った。


 ——ムニュ。


 舞台の床に、なにか出た。

 透明な半球状のものが、床に張り付いている。


 ——ポッ。


 それはちょっと揺れたあと、弾けるように消えた。

 先生がつぶやく。


「……泡?」


 この日、僕の努力は泡となったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る