火を噴く子・中編

「申し遅れました。私は旅の呪療師をしている小晴と申します」


 小晴と名乗った少女は念太と両親を見回す。

 念太は開け放しの障子戸の向こうを見る。庭には昨日吊ったままの蚊帳があり、蚊帳を吊るための綱を回された庭の柏の枝葉を透かして白み始めた空が見える。


「呪療師、というのは呪術師だとか、呪い師、占い師とはどう違うんだね?」


 父が胡散臭そうに尋ねる声に、念太は居間へと視線を戻す。

 よくある質問なのか、小晴はすらすらと答えた。


「呪術師は呪いを掛ける者、呪い師や占い師は吉兆を占うなどをする者です」

「……呪療師は?」


 そこが肝心だろうと目を細めて探るように父が問い詰めると、小晴は念太を手で示した。


「こういった呪いの原因を探り、再発しないように治療する者を言います」


 言ってるそばから念太が咳をする。ふわりと舞い上がった火花へ母が団扇で風を送る。そよがれるまま庭へ流れた火花を全員で見送って、母がため息をついた。


「呪いと言われたって、身に覚えがありませんよ。やんちゃな子ですけど、昨日は家から出ていないくらいですし」

「逆恨みの類か。ともあれ、呪術師ってのを見つけてとっちめればいい」


 父が眉間にしわを寄せて村の方を睨む。

 そこに小晴が待ったをかけた。


「おそらく呪術師はいません。人に危害を及ぼすための呪いなら、火花を噴くなんてかわいらしいモノではなく、突然全身が燃え上がったりしますから」


 自分が火に包まれる様を一瞬想像してしまって、念太はぞくりと体を震わせる。

 想像するだけで、あまりに恐ろしい。

 小晴が続ける。


「呪いと一口に言っても、人がやったとは限りません。それに、悪意がなくとも呪いは成立します」

「呪ったやつを倒してお終いってわけにいかんのか」


 原因よりも犯人を倒す方が単純だろうにと、父が憮然とする。相手が人でなかろうと、力で解決する気満々の父に、母が呆れたようにため息をついた。


「人がやったとは限らないと小晴さんが言ったでしょう。山神様か何かだったらどうするんだい」

「それじゃあ、まるっきり祟りじゃないか」

「祟りは他者に対する罰の意味を含むものです。似ているようですが、呪いは罰の意味とは限らないので、少し異なりますね」


 簡単に説明した小晴は、念太に体を向けた。

 特徴的な青い瞳が念太を正面からとらえる。何もかもを見透かすようなその瞳を向けられても不思議と不快に感じない。

 話が本題に入った気配に、念太は座布団の上で居住まいをただした。


「念太君、症状が出たきっかけは分かりますか?」

「多分、変な火の玉を呑んだことだと思う」


 ちらりと母の様子を窺う。念太と違って件の火の玉が見えていなかった母からは別の意見が出るかと思ったのだ。

 視線を受けて、母が昨日の出来事を説明してくれた。


「この子が庭を指さしたんです。私にはなにも見えず、からかわれているのだと思って縫物に戻ったのですが、その直後にこの子が庭先で転んで、火の玉を呑んだと」

「念太君、火の玉を変な、と言っていましたよね。どう変でしたか?」


 火の玉など、通常は見ることのない変なものだ。あえて変な、と付けるからには省いた説明がある。

 やはり、見透かされている。念太はできるだけ詳しく説明しようと言葉を選んだ。


「カンカンと変な音がしたのに気付いたのが最初だったんだ。火の玉を見つけた時はちょっと蛍かもって思ったりもしたけど、それにしては大きすぎるし色も違う。何より昼間だったから蛍が飛んでない」


 いま思えば、似ても似つかない火の玉を何故蛍だと思ったのか念太にも分からない。

 当時は家にいなかった父が外の蚊帳を気にしていたが、怪訝な顔をして念太を見た。


「念太、蛍を見たことあったか?」

「えっ? あった、と思うけど……あれ?」


 確かに、蛍を見た記憶がない。

 混乱する念太の頭越しに、父が母に声をかける。


「この辺りで蛍が見られなくなったのは、沢の上の土砂崩れからだよな」

「そうねぇ。五年ちょっと前かしら。それ以前は村の人総出で池へ蛍見物なんてしていたけど」

「こら、念太もいるんだ。その話はよせ」

「恥ずかしがっちゃってまぁ」


 楽しそうに母が笑い、父が顔を赤くして顔をそむけた。

 蛍見物で何があったのか気になるところではあるが、それを追求する前に小晴が念太に質問を飛ばす。


「念太君が昨晩に池に来たのは、もしかして噴いた火の粉に導かれたからではありませんか?」

「あ、うん。火事の心配もないし、村の中を歩くよりはいいかなって」


 再びげんこつが飛んでこないか父を警戒しつつ応える。

 念太の答えを受けて、小晴は山の池の方角を指さした。


「ご両親にお聞きします。また、蛍が見られるとしたら、池に人は集まりますか?」


 両親は顔を見合わせるも、すぐに答えた。


「間違いなく集まる」


 小晴は納得したように頷いた。念太にかかった呪いについて、何らかの答えを得たらしい。


「記憶にない蛍と火の玉を混同したこと、火の粉が池に向かうこと、蛍見物が村でのお祭りであったこと、蛍が見られなくなって五年という月日、以上から察するに池に蛍が飛ばなくなったことが呪いの発生理由でしょう」

「……俺、とばっちりで呪われたの?」

「あの池によく遊びに行っていれば狙われやすいかもしれませんね」


 小晴の言葉に、念太は渋々納得する。

 子供の遊び場になっている山だが、池には釣りをしに行く数人しか近寄らない。

 そもそも、納得しようとしまいとすでに呪われている。

 母が小晴に質問する。


「それで、結局どうすればいいのかしら?」

「簡単です。また池に蛍が飛ぶようになればいいのですから、捕ってきましょう。ですから、念太君は今のうちに寝ていてください」


 言われてみれば、念太は昨夜の内は一睡もしていない。蛍を捕るには夜まで待たないといけないのだから、寝だめをしておく方がいい。

 眠気を意識した念太は欠伸をして、直後に咳をする。もう誰も驚かなくなった火花がふわふわ飛んだ。


「ご両親がそばにいれば火事の心配もありません。庭で眠ることもないでしょう?」

「そうねぇ。私が縫物をしながら見ておくわ」


 母が立ち上がり、居間の端に布団を敷き始めた。

 それを見ながら、父が呟く。


「蛍狩りなんぞ、十年はやってないなぁ。そもそも、どこに取りに行く?」


 土砂崩れの影響でこの辺りに蛍が飛ばなくなって五年ほどだという。少々遠出しないと蛍は捕れない。

 それに、池に再び蛍が飛ぶようになればと小晴は言った。一匹や二匹では来年以降に呪いがぶり返してしまう。


 母に布団へ押しやられた念太は瞼を閉じて、すぐに夢へと漕ぎ出しながら三人の話を上の空で聞く。

 どうやら、小晴がこの村までの道中で蛍を見たらしい。村の子供を連れて捕りに行こうと話をしていた。

 なんだか、大ごとになってきた。

 念太は少しワクワクしながら夢へと――

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