取り残された聖女は聖餐スキルで食いつないで3年暮らしましたが、天使化していたようです
鳴川レナ
第1話
聖餐(せいさん)。
それは聖女スキルの中でも、あまり使われることのないスキル。
ただパンを出すだけ。
主な用途は、各月の第三月曜日の教会の祈りの場で、信徒たちに切り分けられて配られるというもの。完全栄養食で、健康に良く、身を清めるのにも良いとされている。
そういうスキルだから、戦闘には何の役に立たない。飢餓を救うにも聖餐スキルには、膨大な聖力を必要とするので、それほどの量を出すこともできない。
聖女の証である聖餐スキルは、神の小休止と呼ばれ、スキル獲得の半ばで、ちょうどいい休息地点としてみなされていた。聖餐スキルの獲得のときに、教会から聖別者の儀式をし、晴れて正式な聖女となるのだ。聖餐スキルは、別に鍛錬も戦闘での習熟もいらないので、のんびりと正式に聖女になる前の最後の時を過ごせる。
ところで、その聖餐スキルだけで、3年生きながらえている聖女がいる。勇者パーティについて行った聖女、聖女名シーナ・ル・クレティア。
いるところは、現在……ダンジョンの奥底。
いくら聖餐とはいえ、飽きました。パンの味に。なぜ聖餐は、熟練度が上がっても、パンであり続けるのか。そろそろケーキとかにならないのか。パンパンパン、同じパンばかり。シーナは、自分の手のひらの上の聖なるパンを見つめる。
3年——我慢が限界に来ていた。
けれど、このダンジョン、活動を停止しているようだし、魔物もおらずレベルも上がらなければ、ダンジョンの途中を塞いでいる落石を吹き飛ばすほどの聖法もない。治癒や防御、サポートや魔族への特効に富んでいる分、物理的な破壊は聖女は不得手だった。
打つ手なしと考えて、待つこと三年。ダンジョンの中にも三年。パンの飢えにも三年。
「限界……」
もうこれは助けは来ないのだろうと思った。われながら、のんびりしすぎな気もするが。
シーナは重い腰をあげて、ダンジョンを塞ぐ大岩を自分でどうにかするしかないと、決意した。人間、とりあえず食事があって生きていけるならば、現状維持をしてしまうものだ。浄化スキルで、お風呂も別に問題はなかったし。
ちょうど3年目のパンだけの食事をとって、大岩の方へと向かった。
そして、大岩に挑むこと、数時間。近場の手に持てる石で削り取っていけば、いつかは、と思ったけど。
どうも持っている石の方が砕けてしまう。聖女の杖は傷つけるわけにはいかないし、ネックレスも希少なもので砕けては困る。バックから使えそうなものがないか探る。使わないスプーン、これで頑張れば行けたり・・・・・・する?いったい、何年かかるんだろう。三年ぐらい?
嘆息。シーナは、息を大きく吐いた。
そして、その辺の壁に背を預けた。
そのとき――――。
ん、肩に違和感がある。というか肩甲骨あたり。何か動いている。魔物はいないし、服の中に何か、入ってきたのかな。シーナは、すぐに服を脱いだ。誰もいないし、もう気にしたりしない。慣れとは怖いものだ。恥じらいはない。我が家のようなダンジョン。
「これ、肩にひっついてる」
ヒルとかだろうか。ぞわぞわする。でも、なんだかわたしの意思で動かせているような……。
おそるおそる手を背中の方に回した。さわさわ。なんだか柔らかい。固い部分もあるけど。
これは、羽根?
手触りは、羽毛のようだけど。
首を回して、なんとか背中の方を見ると、真っ白な羽根のようなものの先が見えた。
すぐに目を切って、シーナは上を向いた。現実逃避。ダンジョンに三年間いることより、現実感がない。
羽根、羽根って――。え、どうして?ダンジョンの効果だったりするの。状態異常、羽根、鳥化。
ピクピク――。
羽根があると思うと、なんだか自分の身体の一部として、ちゃんと意識が通ってる感覚がある。小さな白い羽根。気づかなかったことにしようかな。これは、夢。これは、夢なんだ。
でも――首をふりながらも、シーナは、教会での話を思い出していた。天使様の話を。ごくごく稀(まれ)に、優秀な聖女は天使となる、という教会伝説を。ただのおとぎ話だと思っていた、さして気もとめていなかった羽のある聖女様の話。
数分後、シーナは羽根ができた衝撃から戻ってきた。とにもかくにも、ダンジョンから出ないことには何も始まらない。わたしに羽根があろうがなかろうが、とくにわたしは変わらない……はず。幸い、小さな羽だ。一般生活に戻ったときも、服を少し厚めに着ればいいだろう。沐浴が難しくなるのが、残念だけど。ああ、お風呂に入りたい。いくら浄化スキルがあるとはいっても。日光も浴びたい。日の光もずっと浴びてないせいで、ただでさえ白い肌が真っ白だ。
シーナは、マイペースなタイプだった。なるようになるさ、と羽根のことは考えるのを後にすることにした。
「頑張ろっ」
シーナは、スプーンでコツコツと岩を砕いていった。硬いくちばしの方が欲しかったよ……。
スプーンで砕く生活を三ヶ月。結果はーー、終わりが見えない。羽根はスクスクと育っていった。おかげで、服に羽根用の穴をあけることになった。広げると自分の身長と同じくらいになっている。布団が羽毛化されました。包まるのに、ちょうどいい。シーナは、メリットを最大限活用していた。
今日も日課のスプーンによる大岩ちびちび破壊をして、聖餐スキルでパンを食べる単調な生活のはずだった。
しかし。
聖餐のパンを食べた瞬間、シーナの頭の中に、新しいスキルが浮かんだ。スキルの洗礼ーースキル獲得時に起こる直感的な理解だ。
【|天界の一撃(エンジェル・ブロウ)】
やっぱり、このパンが原因なのかな。過剰摂取で、聖性を得すぎたということ……?
使ってみるべきか、使うべきでないか。魔物にのみ効く【|浄化の光(ホーリー・ライト)】の強化版だろうか。回復やサポートのスキルには思えないけど。
教会では、習った覚えのないスキルだ。聖女スキルには、なかったはずだけど――。
うん、やっちゃおう。物は試しというし。このままスプーンで掘削作業をしている間に、おばさんになってしまう。聖女関連のスキルで、危ないスキルはないし。シーナは、なるようになるさ、大岩に向かって、スキルを発動した。
「天界の一撃っ!」
・・・・・・・・・・・・・・なにも……おきない……。
サポート系のスキルだったのかな。対象が岩で発動しなかったとか。でも、聖力がごっそり大きく持って行かれたような感覚はあったんだけど。
ゴゴゴゴゴッ、ゴゴゴゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ――。
「じ、地震っ」
地鳴りの音が強くなっていく。そして――。
目の前に、大きな光が貫通していった。ちょうど大岩を包み込むような光の柱。なにもかも浄化いや蒸発させるような強い聖力の波動。
すばやく、物陰に隠れたけど、石が飛んでくる様子もなく、縦に貫く光は、まばゆくきらめいていた。
光が収束しきって、消えると、シーナの目の前には、大きな穴、空洞が縦にできていた。まぶしい日の光が上から差していた。ダンジョンの暗がりが嘘のようだ。爽やかな空気を感じる。
外だ。
シーナは、すぐにでも、ダンジョンの外に出たいとおもったけど、直線すぎる壁を上ることはできない。手を、見える空に伸ばすだけ、それしか……。
バサッ。ふわっ――。
「えっ」
大きく育った翼がひと羽ばたきすると、空中に浮かんでいた。再度羽ばたくこともなく、空中に浮遊していた。
「そ、とっ、だぁあああああああああああああっっっっっ!!」
天使は、空めがけて、一気に羽ばたいていった。
さて、勢いよく出たはいいけど。また、一度ダンジョンに戻って、バッグを手にして、森の中に着陸。立派な羽根をはやしたまま、人間の社会に戻るわけにもいかないし。とりあえず、聖餐のパン以外の食事を取りたい。
食用になる魔物がいればいいけど、動物を倒す手段はないし。いや、やっぱり、まずは河かな。水を浴びたいし、水を飲みたいし、魚なら取れなくはない。聖女スキルで結界を張って手づかみをすればいい。火は、頑張ればいいかな。きっと、ダンジョン三年暮らしより楽なはず。
上空に勢いよく出たおかげで、河の場所は確認してある。
迷うことなくーー、いや、探すこと、三時間。
おかしい。わたしは、まっすぐ河に向かったはずなのに。
まぁ、結果として、河にはたどり着いたのだからいいだろう。二〇分で着くと思ったんだけど。ひとの歩く速度を忘れていたということにしよう。そうに違いない。それか、ダンジョン暮らしで足が弱ったんだ。そうに違いない。断じて、方向音痴ではなく。シーナは自分を説得した。
「河だぁ!!」
聖女だけど、臆面もなく水を直飲み。聖女だけど、全裸で河で水浴び。
聖女だけど、水で大はしゃぎ。聖女だけど、魚をわしづかみ。
今日だけは許して。できれば、数週間許して。
ほんとっ、さいこー。外って、素晴しい。日光と水は、人間に必要なもの。ああ、水が気持ちいい。
全身を水につけて、太陽を見る。これ以上に、素晴しいことってないんじゃないかな。
ほのぼのと、水浴びを数時間。いいでしょう、別に。久々なんだから。三年分の水浴び。シーナが時間をほぼ忘れて、冷水でふやけるほど浸かっていると。
「天使、様……」
「うひゃあ、えっ?」
裸。わたし、完全に裸っ。声の方を向くと、一人の少女。赤い髪、山菜をつめたカゴを背負っている。
とりあえず、女の子で助かった。けど、翼を見られたのはまずい。シーナは苦笑いを浮かべた。
「わ、わたしは、聖女。聖女シーナ」
裸ではいづらいけど、タオルもないし、河に全身をつけて、顔だけ出す。
「聖女様?でも、白い翼がーー」
「偉い聖女には、実は小さな翼があるの。たまに、こうして伸ばしてリラックスするのよ」
思いついた言い訳。どうしよう、わたし、翼を縮めるなんてーー、あっ、できた。初めて羽根を見たときぐらいに縮んだのがシーナには分かった。
「すごーい。聖女様って、羽根があるんだ」
ああ、純粋。純粋で無垢なる少女をあざむくわたしを許してください。
「羽根は秘密よ」
シーナは、口元に指をあてて笑った。
「天使様が降臨なされた。お前たちも見たであろう。あの天上から貫く光の柱。天(あま)の御柱(みはしら)を」
教会深部、大聖堂の地下。
限られたもののみが入ることができる場に、全6人の枢機卿が集まっていた。全員が赤い祭服を纏い、顔は黒のベールで隠されている。
臨時招集を発令した王都の枢機卿は、重々しく次の言葉を続けた。
「悪魔もまた具現化する日が近い。魔王という小物ではなく、ホンモノの災厄が」
言葉のあとに、重い沈黙が続いた。
「こ、公式の記録では、130年前。今回は、さすがに、は、早いのではないですか」
一番うろたえている様子の枢機卿のまだ若い声が震えている。悪魔ーー、その言葉が意味するもの。歴史の保管庫として機能している教会のアーカイブでは、その再来のたびに、いくつもの国が滅び、人々が亡くなっていることが知られている。
「神が使者を遣わせたのだ。間違いはないだろう。遅い早いなど、人間の感覚で尺度を測るべきではない。主はまこと、全てを超越され、導かれているのだ」
天使が現れるとき、それは悪魔が現れるとき。
地上で、天上と地下の争乱が、巻き起こるとき。
主は、人間を守るために、天使を降臨される。
勇者と魔王という、スキルをギフトされた者同士の些細な争いではなく、人間の枠を超えた存在の争い。人は、ただそれを助けるばかり。いや、本当のことをいえば、見守るばかり。
「早急に、天使様を見つけ、そのお導きに従わねば。月が青く狂い始めれば、もはや期日は残ってはおりますまい」
「猶予は、いくばくか」
「まさか、神話が、目の前に現れるなんて……」
「教会の勢力を総動員し、天使様をお招きするのだ。主の御言を聞き、悪魔との戦争の準備をするのだ」
「すぐに、各国家にも協力を要請し、天使様を探すように通達いたします」
「すぐに見つかるとよいが……」
教会史によると、天使は地上に降りると人の姿に、その身を変えられる。さらに、記憶の混濁も見られるときもある。天使降臨の後遺症とされている。1400年前の大災厄は、天使様の発見が遅れすぎたせいと伝わっているが、以後、教会は戸籍管理の徹底をしている。名簿にない人間がいれば、それは天使かもしれない。もちろん、ただの孤児である可能性もあるが。
「すでに教皇様が、天使様の姿を告げてもらうための大儀式を行うことになっている。案ずるな。神は我らを救い給う」
「「「「「神は我らを救い給う」」」」」
「美味しいっ。ありがとう。ほんと、久しぶりのまともな食事」
生きてるって素晴らしい。人間、聖餐スキルだけで生きるにはあらずってね。魚や野菜も必要なの。
シーナは、流れの聖女として、少女の家に転がり込んだ。
行くあてもなかったし、少女が、羽根のある聖女に興味津々だったから。それと、こんな辺鄙なところに、女の子がいることが不思議だったから。
シーナは、のんびり屋だった。ダンジョンで三年間待てる程度には……のんびり屋だった。
「お姉さんは、どうしてこんなところに?」
こんなところ?
ああ、そうか。シーナは理解した。ここは魔王領だったし、まだ人はあんまり暮らしていないのかな。きっと勇者がこのあたりを解放したんだろうけど。
「流れついたから。空をね、飛んでたら、ふわふわと」
「聖女様、いいなぁ。わたしも、ぷかぷか浮いて、どこか行きたい」
「そうだねー、いいよねー」
壁のない自由な大空。
あー、ずっと、ゆっくりしていたい。
さすがに、そうもいかないのだろうけど。少女の蓄えをもらいすぎるのも申し訳ない。でも、すぐに教会に帰るのも、羽が生えてるし。
人の多い都市に行って、流浪の聖女として回復魔法で小遣い稼ぎが有力かな。
とりあえず、数日はここで休ませてもらおう。
取り残された聖女は聖餐スキルで食いつないで3年暮らしましたが、天使化していたようです 鳴川レナ @morimiya_kanade
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