第6話  弟子を拾いました①

 

 クレス歴九百五十年。

 大陸の西に位置する街でオフェリアは、ショーウィンドウに映る自身の姿を見て愚痴を零した。



「皺ひとつくらいできても良いのに」



 百二十歳になったというのに、顔も髪の長さも百年前のままの自分が窓に映っている。

 不老の呪いは時間の巻き戻りタイプのようで、髪や爪を切っても当時の状態が強制的に維持されてしまうことが分かっている。



「怪我がすぐに癒えるのは便利だけれど、髪くらい好きにさせてほしいわ」



 オフェリアは指でつまんだ銀髪の毛先を睨んだ。

 長い髪が邪魔で切った翌日、元の長さに戻っていたときは、勝手に髪が伸びる呪いの人形を思い出して戦慄したものだ。

 旅を続けている身としては、長い髪の手入れも百年経てば面倒で仕方ない。長さは変わらないくせに、しっかり寝ぐせは付くという悪仕様。


 ため息をついて、指に摘まんでいた髪を風に流す。

 ガラスの向こうにある可愛らしい服を横目に、歩みを再開させた。

 旅をしているため服は常に動きやすい物ばかりだ。可愛い服を買っても着る機会はオフェリアにはない。



「呪いが解けたらいつか――と思ったけれど、ここまで変わらないんだもの。嫌になるわ」



 自身の手のひらを見て、再びため息をついた。

 容姿だけでなく、実は魔力量も変化することはなかった。

 魔力を使えば、使った分だけ減る。そして回復はするのだが、呪われた日以上の魔力量を超えて溜まることはない。

 最大でも、全回復状態の三割程度。


 呪いを解くためには、やはり魔法実験というものが必要になる。

 しかしどの理論を試そうにも弱体化したオフェリアの魔力量では足りず、止まったままの実験が山ほどあった。

 そのため実験に協力してくれる魔力量の多い他の魔術師を探しているのだが、条件が揃う相手を見つけるのにも苦労している。


 それは、呪いに興味を持ってくれる魔力量のある魔術師に限って問題を抱えている場合が多いのだ。その問題とは主に『実験体』あるいは『夜の人形』として扱いそうな、偏った趣向の持ち主ということ。



「不老の解き方? つまり不老の人間が存在するってことだろう? その人はどこにいるんだ!? あぁ、隅々までこの手で調べつくしたい。君のような美しい女性だったら特に理想なのだが」



 なんてニタニタとした顔で言われて平気な人間はいないだろう。

 実験体なんて真っ平だし、夜の人形も到底受け入れられない。

 体は人外の存在になってしまったが、心は人間のまま。解呪のためとはいえ、人間の尊厳まで捨ててしまったら、本当の化け物になってしまいそうだ。

 だからオフェリアは、危ない魔術師に目をつけられそうになるたびに禁忌ぎりぎりの記憶操作の魔法で夢と思わせて逃げた。その回数は二桁にのぼる。


 このような状況のため、なかなか解呪の希望が見出せずにいる。いつまで続くのか、途方に暮れそうになることも多い。

 しかし、自ら命を絶って呪いを終わらせる方法を選ぶ気はない。きちんと老いて、普通の『人間』として死にたいのだ。

 化け物のままで人生を終わらせて堪るか――と、折れそうなときはいつも自分を鼓舞した。



「――あら? 変なところに入ってしまったわ」



 今後の方針について悩んでいたら、気付かずに裏道に入り込んでしまっていた。

 奥の道端には空き瓶と浮浪者が転がり、こちらを窺う怪しい視線も複数ある。特に貧しい人が集まるスラム街のようだ。

 オフェリアは踵を返して表通りに戻ろうとする。


 そのとき、特別な気配が裏道に流れ込んできた。

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