【短編】あの事件から娘は俺を無視している。
羊光
父親視点①
今日、俺の娘の涼香が結婚式を挙げた。
しかし、俺は呼ばれていない。
涼香は一年前の事件から俺を無視し続けている。
怒りはない。
俺と涼香の今の関係は仕方ないんだ。
妻は涼香が幼い時に病気で亡くなってしまった。
男手一人で娘を育てて、まさかこんな結末が待っていたなんて……
まぁ、今更、悔いても仕方ない。
それに後悔はなかった。
家で待っていると結婚式を終えた娘夫婦が帰宅した。
「おかえり。何だ、早かったじゃないか。二次会はして来なかったのか? それから、涼香、また俺の部屋の電気がつけっぱなしだったぞ。ちゃんと消しておかないと駄目だろ」
「………………」
涼香は当然、俺を無視した。
「克也(娘の旦那の名前)、先に部屋に行っていてくれるかな?」
「ああ、分かったよ」
今日、結婚式を挙げた二人は辛気臭い顔をしていた。
「どうしたどうした。人生で一番幸せな日だろ。もっと笑えよ」
「……………」
俺の言葉はやっぱり無視される。
涼香は俺と妻が使っていた部屋に向かった。
俺たちの使っていた部屋には仏壇があり、妻の遺影も飾られている。
涼香は仏壇の前で正座する。
「今日、私、結婚したよ」
涼香は震える声で報告した。
「お母さん……それとお父さん」
俺と妻の遺影が飾られている仏壇に向き合う娘は泣きそうだった。
――俺は一年前、殺された。
誰かの恨みを買っていたわけじゃない。
単純で運の悪い事件。
娘と二人で買い物をした帰り道、いきなりナイフを持った男に襲われた。
男は「誰でも良いから殺したい」と口走りながら、娘に襲い掛かったのだ。
そして、娘を庇った俺が代わりに刺されてしまった。
俺は出血など気にせず、男を取り押さえた。
周りの人たちも男を抑え込むのに協力してくれたので、俺以外の被害者は出なかった。
しかし、俺は出血多量で死んでしまったらしい。
気が付くと家にいた。
体は半透明、冷静に自分の死を受け入れることが出来た。
娘を庇って死んだのだから、父親として誇っていい最期かもしれないが、そのせいで涼香は一人だ。
兄弟もいない涼香は二十代半ばで、天涯孤独になってしまった。
涼香のこれからが心配、という強い思いが未練になったらしく、現世に留まっている。
俺が死んだ直後、涼香は本当に落ち込んでいた。
しかし、婚約者の克也君が献身的に支えてくれたおかげで涼香はどうにか立ち直ることが出来たようだ。
涼香には克也君がいる。
だから、俺はもう必要ないのかもしれない、と思いながらも子離れが出来ず、未だに成仏することなく、現世にいる。
「涼香、やっぱり僕も一緒に良いかな?」
克也君が俺と妻の使っていた部屋に入ってきた。
「でも、これは私の問題だし、克也は気にしなくても……」
「俺たちの問題だろ? 美和子さん(妻の名前)には会ったことが無いし、正彦さん(俺の名前)にも何度かしか会ったことが無い。でも、俺にとってはお義父さんとお義母さん、大切な家族なんだから、一緒に挨拶をさせてくれ」
「――うん、分かった……」
克也君も仏壇の前で正座し、俺と妻の遺影を見つめる。
「お義母さん、涼香を無事に生んでいただき、ありがとうございます。あなたのおかげで、僕は涼香さんという素晴らしい女性に出会えました」
克也君は深々と頭を下げた。
そして、再び顔を上げる。
「そして、お義父さん、僕はあなたのような男になりたいです。あなたのように命を懸けて、家族を守れる男になりたいです」
どうやら、克也君は俺のことを過大評価しているらしい。
俺はそんな立派な人間じゃない。
やりたいようにやっただけだ。
娘の為に俺の全ての時間を使いたかっただけだ。
娘が殺されるくらいなら、俺が殺された方がマシだから、娘と通り魔の間に割って入っただけだ。
こんな父親、どこにでもいるじゃないのか?
克也君が俺と妻の遺影に語りかけている間、娘は泣いていた。
「涼香、アレを持ってくるね」
「うん、お願い……」
克也君が離席する。
アレ、ってなんだ?
克也君はすぐに戻って来た。
持って来た物は写真だ。
額に入った大きめ写真。
俺はその写真を見て、泣きそうになってしまった。
「ありがとう……見れないものと諦めていた」
写真には花嫁姿の涼香が写っていた。
「さぁ、涼香、君が持って。お義父さんたちに君の晴れ姿をよく見せてあげて」
写真を受け取った涼香は俺と妻の遺影に対して、写真を向けた。
俺は写真が見えるように涼香の正面へ移動する。
ウェディングドレスを着た涼香を見ると感慨深い。
いつまでも子供だと思っていたが、いつの間にか立派な大人の女性になっていた。
「まだ未熟なところもあるけど、私も大人になったよ。これからはお父さんが……お父さんたちがいなくても、ちゃんと生きていくから…………」
涼香は泣き出す。
泣く姿は昔と変わらない。
子供の頃と何も変わらない。
涼香は昔からよく泣く子だった。
その都度、俺が優しい言葉をかけたり、頭を撫でたり、としたっけな。
けれど、それはもう俺の役割じゃない。
克也君は優しく涼香の頭を撫でる。
すると、娘は少しだけ落ち着いたようだった。
「今まで本当に……本当にありがとう。だからね、ゆっくり休んでね」
「!?」
俺は驚いてしまった。
涼香と視線があった気がしたのだ。
いや、そんなはずはない。
俺がそう思いたいだけだろう。
それより……
「俺も子離れしないとだな」
涼香はもう心配いらない。
強い子だ。
俺と美和の自慢の娘だ。
それに躓きそうになっても、今度は克也君がいる。
だから、何も心配ない……
「んっ?」
半透明だった俺の身体が消え始める。
ああ、そうか、俺の未練は無くなったのか。
「克也君、娘をよろしく頼む。涼香、お父さんはもう逝くよ。克也君と一緒に頑張るんだぞ。…………今まで本当にありがとうな」
俺の意識は緩やかに消えていった。
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