取引44件目 格ゲー対決

「ワンシーズン前のパーカーも良かったっすよね」

「はい! 流行に媚び過ぎないデザインでこなれ感があって、全てが良かったです!」


 ぱーっと明るくなる表情は、酔った時の態度を彷彿とさせた。


「はっ! 申し訳ございません、ご迷惑をおかけした挙句に調子に乗って発言を……」

「いやいや、気にしてないっすから。普通に接してください、まじで」

「そうおっしゃるなら……」


 お互い敬語や改まった態度を禁止にして、優雅に朝食を食べることになった。


「昨晩は本当にごめんね、生き遅れ女の介抱なんて苦痛だったよね」

「卑屈すぎない? 美人なんだし生き遅れではないでしょ」


 パンをトースターで焼いている間に、フライパンで卵を炒めるのんさんは、隙を見つけてコーヒーマシンを起動させる。


「いやいやいやいや! ただ稼いでるだけの女なんて誰も相手してくれないのよ! プライドってやつかなぁ、職場の人にも避けられてるんだよ!?」

「逆玉なのにな」


 酒癖は悪いかも知れないが、性格に重度の欠損はなさそうだし絵に描いたようないい女だと思うんだけどな。


 理想が高いだけな気もする。


「って思うよね? 全然養えるのにね。ネットで調べたら自分より稼いでる女は恋愛対象にならないらしいよ」

「その気持ち、俺には一切分からないな」


 自尊心が傷つくとかだろうか、だとしたら稼げるように努力すればいい。

 それに、百鬼さんは当然俺より稼いでいるが、余裕で恋愛対象になっている。


「世の男はね、弱弱しくて守りたくなる女が好きなのよ」

「卑屈だなぁ」


 当然のように俺の分も朝食を用意するのんさん。


「一人暮らしだよな?」

「……」


 ペア食器で出されたトースト皿と、コーヒーカップ。一人暮らしの生活空間にあるようなものだろうか。


 少し重苦しい雰囲気になった気がする。


「一人暮らしの女でもね、見栄を張らないといけないときもあるの……」

「あ、そすか」


 特に何も言っていないが、空気感から察したのか、悲しげな目でのんさんは強がった。

 瞳を少し潤わせながらも強がるその姿に、俺は独身女性の強さを目の当たりにした。


「私もしかして地雷物件?」

「酔ってたらそうじゃない?」

「……申し訳ない」


 トーストを口へ運ぶ動作を止めて、のんさんは深々と頭を下げた。

 パンクズをポロポロと机の上にこぼしては端によけ、こぼしては端によけを繰り返している。


 優秀な人なのだろうが、この人は百鬼さんと違い、抜けているところが多い印象だ。


「夢くんはどうせ彼女持ちでしょ?」

「いや? 独り身」


 僻むように尋ねるのんさんだが、独り身であることを伝えた途端、なぜかぱっと明るくなった。


「君はいい人だ! 独り身に悪い人はいない!」

「いや、総体的に悪い理由があるから独り身なんじゃない?」

「……現実見せないで」

「なんかごめん」


 独身なことを重く捉える女性は割と多かったりする。百鬼さんは実際どうなんだろう。


「ま、まぁ? そのうち王子様が私の前に現れてくれるって信じてる!」

「別に独り身でもいいと思うけどな」

「まだ若いからそんなこと言えるんだよ! 数年後そんな余裕ないよ!?」


 熱弁するのんさんは、相当力が入っているのか、手を置く机がカタカタと軽微に震えている気がする。


「あ、でも夢都くんが結婚適齢期を過ぎても私が売れ残ってるからいっか。私たちで結婚すれば解決だね! あははは! あはは……はは……」

「のんさん……」

「売れ残りのおばさんなんて誰が貰うのよって話よね……ごめんね……売れ残りで……」


 拗らせてんなぁ……。

 気持ちに比例してどんどん顔が暗くなっていくのんさんがあまりにも見ていられなく、俺は別の話題を必死に探す。


「あ、のんさん! ゲーム好きなの? 俺も結構するんだよ」

「え、うん。でも最近のゲームってどれも誰かとやる前提で作られてて独り身は最大限に楽しめないよね……」


 くそ! これも地雷か!


「俺! 俺でよければいつでも相手になれるから! 拗らせるにはまだ早いって!」

「相手してくれるの……?」


 うるうるとした瞳で、おずおずと俺を見るのんさんからは、決していい大人から繰り出される表情とは思えないほどにピュアなものだった。


「ゲームは誰かとやったら楽しいしな。今からやる?」

「やる!」


 のんさんは椅子から飛び上がるように立つと、爆速でリビングのテレビに電源をつけて、ゲーム機に接続した。


 そしてテレビ台からゴソッと、大量のカセットが入ったケースを俺に見えるようにこちらへ向けている。


「どれする?」

「ありすぎだろ」


 どれがいいのか、もはや決めきれないほどの量。

 中には俺がまだプレイ出来ていないカセットや、入手困難なほどに品薄なものまで。


「出るたびに片っ端から買ってるの。ゲームのできる女の需要は高いらしいから」


 そう言うのんさんは虚な目をしている。

 おそらくゲーム好きが露呈する機会すらなかったのだろう、可哀想に。


「格ゲーって出来る?」

「余裕で出来るよ」


 俺が学生の頃にやり込んでいたタイトルのリメイク版。二人でやるゲームの定番はやはり格ゲーだろう。


 どうやらのんさんもそう思っているらしく、やる気がうかがえる。


「本気で行くよ」

「望むところだ」


 素早い操作でキャラを選び、すぐにバトルが始まる。

 どうやらのんさんは俺と同じく、固定のキャラがいるらしい。


 使い込まれたことがすぐに分かる操作テクが、俺のキャラを容赦なく襲う。


 技は全てキャンセルされ、今は馬乗りにされている。


「やべ、起き上がれない」

「こっから抜け出すのはなかなかテクいるよ?」


 優位に立つのんさんは、ふへへと上機嫌に笑っている。


 指が攣りそうなほど素早くコマンドを入力しても、俺のキャラはなかなか馬乗りから解放されない。


「これでトドメだよ」


 タタンと軽快な操作音が、見たこともないコマンド入力から響く。

 そして気付けば、負けが確定していた。


 何が起きたかわからないまま、俺は雪辱を果たすべくリベンジマッチに挑んでいた。


「また負けた」

「まだまだだねぇ」

「やり込みすぎだろ」


 何度挑もうと、結果は変わらず俺が負けている。


「独身女はね、酒飲むかゲームするかしかないのよ」

「酒カスはどうしようもねぇな」


 空な目で冷蔵庫から缶ビールを取り出そうとするのんさんの手を掴む。


「酔い潰れたばっかでしょ、流石にやめとけ? 体に悪いぞ」

「でもぉ!」


 縋り付くような姿勢でのんさんは言う。「お酒ないと将来が不安なのぉ!」


「こんな大人にはならないようにしよ」

「ひどい!」

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