取引22件目 来訪者

 自分の行動が正しかったか、そんなことを考えながら時間を確認しようとしてスマホを確認する。


「なんだ、何かあったのか?」


 百鬼さんから着信があったことに画面を見て気付く。

 病室で電話するのはマナー違反。となれば俺ももう帰るか。


「夢都くん……子供を諭すなんてできたんだ」

「今回はたまたまうまくいっただけ……って聞いてたんすか」

「通りがかったら夢都くんが熱く語っててつい聞き入っちゃったよね」


 てへっと笑う看護師に苦笑いを浮かべると、自宅に戻るために急足で看護師から逃げるようにさっていった。


 普段と違うことをした場面をある程度親しい人間に見られるのは少しむず痒いし恥ずかしい。


「もしもし、どしたんすか」

「助けてくれ」

「は!?」


 電話をかけ直して、何か要件があるのかを聞いたが、百鬼さんは苦虫を噛み潰したような渋い声でそれだけ言って電話を切った。


 助けてくれ!? なにがあった? 今いるの家だよな?


「――唄子! 大丈夫……か……?」


 俺はとにかく走った。

 病院から自宅まで全力で走って走った。


 そして、玄関を豪族で突き抜けて話し声が聞こえるリビングのドアを勢いよくあける。


「おい……なんでいるんだよ。めぐる」

「逆になんでいないんだよユメ。家行くっていったのに」

「だから出たんだわ、普通断られたら来ないぞ」


 リビングを見ると、ソファーに座る唄子にジリジリと詰め寄るめぐるがいた。


「ワタシらそんな関係じゃないだろ? ユメに断られても咲さんと歩さんに入れてもらえるし」

「そう言えばそうだったわ……」


 こいつはどうも人に取り入るのが上手いらしい。


「お兄ちゃん。納得しているところすまないが、私は状況を理解できていないんだ」

「とりあえず俺の部屋行くぞ」


 唄子と百鬼さんの秘密について見に来たのなら、両親のいるリビングで話すわけにはいけない。


「上司にお兄ちゃん呼びさせるってなかなかやばいな」

「なに引いてんだよ、失礼なやつだな」


 俺の部屋に入って早々、失礼な発言をするめぐるは、躊躇なく俺のベッドに腰をかける。


 おかしい。ラブコメで見た女友達は男の部屋でギクシャクするって解釈なのに。

 こいつは一度もそんなそぶりを見せたことがない。


「そんなことより百鬼部長はもう唄子生活慣れました? ユメの妹って絶対苦労するから困ったら言ってくださいね?」


 なんの前置きもなく、こいつは唄子のことを百鬼部長と呼んだ。

 もちろん百鬼さんはめぐるがこの事実を知っていることを把握していない。


「……君は確か広報部の福原めぐるさんだったな。幻中くんと同期の」

「はい! 広報部期待の新星、福原めぐるです!」

「自分で言うなよめぐる」


 自分自身のことを期待の新星といいはるが、どこからそんな自信が湧いてくるんだこいつは。


「幻中くん、口止めをしていないから咎めはしないが、こういう現象ってあまり話さない方がいいんじゃないか? 私の体は構わんが唄子ちゃんの体を調べられるのは好ましくない」

「百鬼さんの体が調べられるのも好ましくないんですが!?」


 自分を軽視する百鬼さんの発言に思わず声量を上げてしまう。

 取り繕うように咳払いをして、一度落ち着いてから言葉を放つ。


「……安心安全のために、こいつには話しました。一人は事情知ってた方が都合がいい場合もあるんで」

「人選の意図は?」

「めぐるの親って警察の割と偉い人なんすよ」


 昔からの付き合いだからって理由ではなく、ちゃんとした理由が存在する。


「なにかあったらある程度はパパの権力でなんとかなると思いますよ!」

「国家権力を私利私欲で使うのはどうなんだ……?」

「まぁなにも無ければいいんすよ」


 なにかやらかして誰かに勘付かれるまでに唄子が社会復帰すれば何事もなかったように過ごせる。


 だからめぐるはあくまで保険のような立ち位置だな。


「悪いな福原さん、ややこしいことに巻き込んでしまって」

「全然構いませんよ! おもしろいんで!」


 ワハハと笑うめぐるは、俺のタブレットを使って少女漫画を読んでいる。


「ユメ、同人誌は紙で買うべきじゃない?」

「おい百鬼さんの前でなんて話題ぶち込んでやがんだ」


 コミケで薄い紙媒体を集めるめぐるは、電子で集めると俺と敵対関係にある。お互いここだけは譲れない。


 論争ならいつでも付き合うがさすがに今じゃない。


「同人誌? 少年誌とは別物か?」

「少年誌とか描いてる人とは別の人が描く薄い本のことですよ。普通は紙で買うんですけど、合理性とかほざいて電子で買うんですよユメは」

「説明しなくていいだろ。そもそも紙だと風化して思い出がチリになるだろ」


 百鬼さんの前で熱く同人誌を語るつもりはないが、バチバチと火花がちり、今にもヒートアップしそうな空気感になってきている。


「二人とも、それほど同人誌が好きなんだな。私にはそこまで夢中になれるものがない、今度私にも同人誌を見せてくれないか?」

「え……」

「おっとぉ……」


 百鬼さんの発言に、俺たちは思わず顔を見合わせる。


「おい流石に上司に性癖しられるのはまずいんだけど?」

「これワタシも変な目で見られるやつだよな? 絶対阻止するぞ」


 二人して壁際に向いて、百鬼さんに背を向けような形でヒソヒソと作戦をたてる。


 俺たちの導き出した作戦はこうだ。


「まずワタシが話を逸らすから、ユメは金輪際、同人誌関連の話題は避けるんだぞ?」

「任せとけ」


 現状はめぐるが凌ぎ、普段から接点のある俺が連想させないという雑な作戦だが、一番合理的な気がする。


「二人とも、どうかしたか?」

「そんなことより! ラブコメみたいでいいですね!」

「なんの話だ?」


 こいつ話の逸らし方大雑把すぎるだろ。


 見ろ、百鬼さん困惑してるじゃないか。


「だっ……だって、部下と同棲ですよ!? 最初は部下として接してても徐々に意識しちゃったりして……?」

「考えすぎだ、誰しもが色恋に敏感なわけじゃないぞ?」

「そうだぞめぐる、上司相手になに言ってんだ」


 クールに言い放つ百鬼さんだが、見た目的には唄子がめぐるを諭しているように見える。年下に注意されるなんてどんな状況だよなんて的外れなことを口走りそうになった。


「どうもまだ脳が慣れないな……」

「それは頑張って慣れてくれとしか言えないな」

「数週間過ごせばいくらめぐるの頭とはいえど慣れてくるから安心しろ」


 うーむ。と、考え込むようなそぶりを見せるめぐるに、俺は隣に座りながらも励ますように声をかけた。


「ほぉ? それはワタシの脳みそが小さいと遠回しにいじってるってことでいいんだな?」

「別に遠回しにいじったつもりはないぞ、遠回しには」

「上等だその喧嘩買ってやるぜ」


 さすがは学生時代の友人、考えていることがある程度わかるようだ。


「二人とも本当に仲がいいな」

「「どこが!?」」


 ふふッと吹き出すように笑みを浮かべる百鬼さんに、俺たちはつい全力で断り百鬼さんを困惑させてしまった。


「二人は……昔からこんななのか?」

「大学で出会った時からほぼ変わってないよな? ユメが今よりもつまんなそうな顔してたくらいで」


 心の底から楽しいとは思っていなかったが、社会の歯車の今よりは楽しかったはずなんだがな。


 めぐるの目には、今の方が楽しそうに映るらしい。

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