第2話 君と



――ふと寒さに目が覚める。あまりの寒さで反射的に俺は胎児のようにまるまった。


「うっ、お......寒ッ」


目を開くと転がる空缶が視界に入った。硬いフローリングでバッキバッキ痛くなった背を擦りながら、体を起こす。


「......酔っ払って寝ちまったのか」


たった一缶で寝落ちしたのか、俺。ひょいとつまみ上げたビールの缶。昨日のことを思い出す。綺麗な月夜に、隣にはそれに勝るとも劣らない美少女。


俺には子供もいなけりゃ結婚すらしたこともない。ましてや童貞。親戚にもあんなに若い子は居ない。......有り得ない幻覚。


(ああ、そうか。だからか......要するに欲求不満って事か)


悲しくなるな。一緒に居てくれる猫にすらそれを求めてしまうとか。って、ん?


ふと気が付く。体に掛かっていたであろう膝に乗ってる毛布。それにクッションがあることと、開けていたベランダの窓が閉められていることに。


(え、毛布......寝室からとってきたのか、俺?記憶にないけど)


「あ、良かったあ、起きたんですね!」


「......え?」


昨日聞いたあの子の声がし、きょろきょろと焦り周囲を見渡す。しかしその姿はない。


「......まだ、酔が残ってるのか?それか、幻聴?ストレス溜まってるとはいえ、これはヤバいだろ」


「ええっ!?確かに幻聴が聞こえるのはマズイですね......今日はお休みになられては?」


またもや聞こえる幻聴。しかし幻聴というには音源がしっかりしているというか......隣から聞こえたような。ふと目をやるとそこにはちょこんと座る黒猫が居た。


ジッと猫の顔を眺める。うん、どうみても猫だ。こいつが喋るわけ無いよな。やっぱり頭がおかしくなっちまったのか、俺は。


そう思いながら、俺は猫の頭を撫でながらに挨拶をする。


「おはよう、猫」


すると思わぬことが起きた。


「ふにゃ。お、おはよーございます」


撫でた猫が喋ったのだ。


「え」


「......」


ジッとお互いを見つめ合う俺と猫。


「も、もしかして、今......喋ったの、おまえか?」

「えっと、はい。......やっぱり、私の言葉がわかるんですね」


ふりふりと尻尾を振る猫。


「わかる。わかるけど......なんでわかるんだ」

「さあ、何故でしょう」

「いや喋ってるのは猫なんだから、猫がわかるんじゃないのか?」

「え、いやわかんないですけど」


なんだ。なんなんだこの状況。この不思議猫は一体。


「......もしや」


「?」


「ちょっと失礼」


ひょいと猫の両脇を抱えあげる。


「ひゃにゃ!?な、なに、なにするんですかっ」


ばたばたと嫌がり暴れる猫。その体を見回す。前、後ろ、下から上からと観察。


「いやあ、やめてえ!」

「ふむ......これといってスイッチらしきものもないな。高性能な猫型ロボットかと思ったんだけど」

「なわけないじゃないですかあっ!やめて!もうみないで!変態いい!!」


む。猫とはいえ、そんな可愛らしい声で叫ばれたらちょっと変な罪悪感というか背徳感に襲われるから、止めてくれないかな。


離すと、俺と距離をとる猫。尻尾がぴんと天上へ立っている。警戒態勢。よく見ると爪も立てていて、これ以上やると俺の身が危なそうだった。


「わ、わかった。ごめんごめん......ホントにホンモノの猫なんだなお前」

「......そーですよ。むうぅううぅ」


睨みを効かせる猫だが、やはり猫。可愛い。


「ってか、これ......毛布と枕がわりのクッションは、お前が?」

「あ、はい。風邪をひいてはいけないと思いまして。スミマセン、毛布は勝手に寝室から持ってきてしまいました」


マジか。なんてデキる猫なんだ。窓閉めてくれたのもこいつだろ?ありがてえ。


「いや、ありがとう。助かったよ」

「あ、いえいえ。こちらこそいつもお食事ありがとうございます」

「お食事?ああ、ササミとか缶詰か」

「ずっとお礼を言いたく思ってました。......あの時の事も」


あの時。昨日も言っていたカラスの件か。


「いや、気にするな。俺もお前に助けられた」


あの頃は、社畜生活に嫌気がさしてたんだよな。そんな時に怪我をしてたこいつを拾って、一時的だがこいつの為にって頑張る気力を貰うことができた。だから、こいつのおかげで俺の心は救われたんだ。


つーか......まあ、今も嫌気がさしているんだけど。


(でも、そうか。思えば、だ。俺は、こいつにずっと救われていたのかもしれない......)


毎日ここに来てくれて、一緒にご飯食べたりして。昨日なんかも愚痴を聞いてくれて。いつのまにか俺にとって大切なの存在になってたのかもしれないな、この猫は。


「ところで、昨日......おまえ人の姿になってなかったか?」

「......えっと、まあ」

「?」


言い淀む猫。どうしたんだ。まだ怒ってる?


「え、あれ、お前じゃないの?あの可愛いこ」

「!?、か、可愛い......ですか......?」

「ああ、すげー可愛くて美人の.......違うのか?」


てっきりあの姿だから毛布を運べたのかと思ったんだが。あと窓閉めるのも。


「......いや、まあ、違くもないですが......」


猫の視線があっちこち行ったり来たり、尻尾もせわしなく動いていた。


「......ふむ」


やっぱりか......てか、さっきから猫の様子がおかしいな。この話はまずかったか?けどこれは大事な話だ。


「もしかして、お前.....ホントは猫じゃなくて人だったりするの?」





◇◇◇◇◇◇


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