小説3巻発売記念SS
「お姉さま、3巻の壁って知ってますか?」
講義の途中、ゆりちがキーボードをカタカタしながら呟いた。
「分かるよゆりち。デスマーチ明けのお寿司は三貫目から重くなるよね」
「知らないです。寝てください」
突然の塩対応にゾクゾクする。
ゆりちはキリの良いところまでプログラムを記述した後、ターンッとエンターキーを叩いてからブラウザを開いた。
「推しです」
「拝見します」
ノートパソコンの画面に表示されたのは、可愛らしい女の子のイラスト。よくあるライトノベルのカバーイラストだ。
「かわいい」
「はい。私のお父さんになるかもしれない人です」
「これオトコの娘なの!?」
「は? 女です。なんで女だとお父さんになれないんですか? 性差別ですか?」
ゆりちはめんどくさい校正さんみたいなことを言った。
時折SNSで話題に上がるけれど、最近は「女勇者」という単語を使った時、女を強調する性差別表現として指摘が入るのだ。狂っている。因みに「狂」という漢字も繊細で拘りの強いお客様からクレームが入るため出版社によっては使用を控える事態になっている。……と、趣味で作家をやっている友達が言っていた。
「えっと、推しがどうしたの?」
「小説3巻の発売が決定しました」
「おー、おめでとう」
私はパチパチと拍手をした。
ゆりちはにっこり笑って、私の手をペチッと叩いた。
「なんで?」
「喜びが足りない!!」
ゆりちがめんどくさいオタクモードになってる。
ふむ。ならば私も心のパンツを脱ぐことで答えよう。
「ぴゃわ~! しゃんかんでちゃ~!」
ペチッ!
「なんで?」
「バカにされてる気がしました」
「一般的な限界オタクの反応だよ?」
「見たことないです。二度とやらないでください」
ゆりちは繊細で拘りが強い。
やれやれ、ここは私が折れることにしよう。
「お姉さま、さてはラノベあんまり買わない人ですね」
「それなりに買ってるよ」
「だったら分かるはずです。3巻まで続くラノベが、どれほど貴重なのか!」
分かったかも。
私の目の前に居るのは亡霊だ。
ゆりちの推してる小説、多分1巻とか2巻で終わることが多いのだろう。
もっと読みたかった。続きを執筆して欲しかった。
そんな悲しみを繰り返すうち、脳を破壊されてしまった亡霊なのだ。
よくあることだね。
でもゆりちマンガ派じゃなかったっけ。……まあいいや。
「お姉さま、ラノベは紙で買いますか? 電子で買いますか?」
「ん-、最近は電子ばっかりかも」
ゆりちの手が動いた。
初動を見た私は咄嗟に回避した。
「お姉さまのバカ! 応援するなら両方買うんですよぉ!」
「でも紙の本は置く場所とか無いし……」
「燃やせ!」
「それはファンとしてどうなの!?」
「それか近所の子供にあげたり母校に寄贈したりしてください!」
「えぇぇ……?」
「お姉さまは知らないから言えるんですよ! ちゃんと続刊されると思って安心していた作品が、完結間近になって『次からは電子のみ発売です』と発表した時の悲しみを! 永遠に埋まらない本棚を見る度に思い出す絶望と後悔を!」
「ゆりち落ち着いて」
「私にもっと力が、財力があればぁ!? アァァァァ!?」
「ゆりちステイ! ステェェェェイ!」
~十分後~
「取り乱しました」
「よくあることだよね」
私は膝枕したゆりちの頭を撫でる。
「お姉さま。私の気持ち、伝わりましたか?」
「うん、伝わったよ」
「じゃあ新刊3000冊買ってください」
「それはごめん」
「ざっと400万円くらいですよ?」
「ゆりち落ち着いて。それは5000兆円持ってる人の金銭感覚だよ」
ゆりちは「本気で分からない」という顔をした。
これが脳を破壊されたオタクの感性だ。手に負えない。
「因みに、何で3000冊なの?」
「続刊する為のボーダーラインがその辺です」
「ゆりちは出版業界に詳しいフレンズなんだね」
「一般常識です」
苦笑い。
「でも、400万円で推しを延命できると考えたら、ちょっと有りかもね」
「そうですよねぇ!?」
ゆりちは急に体を起こした。
そして私の両肩を摑み、血の涙を流していると錯覚させるような表情で叫んだ。
「クラウドファンディングを法律で義務付けるべきだ!」
「……そうだね」
「寧々と天音を返してくださいよぉ!」
また泣いちゃった……。
「よーしよしよしよし」
「うぇぇぇ~! ふぇぇぇ!」
今日のゆりち超めんどくさい。
でも、これが推しを失ったオタクの一般的な情緒なのだ。
「ほら、思い出して。嬉しいこともあったよね」
「ぴゃわ~! しゃんかんでちゃ~!」
「それ私が言って叩かれた台詞ぅ!?」
推しは、推せる時に、推さねば。
ゆりちのような亡霊を減らす為には、気になった作品は発売から一週間以内に購入して、出版社に「面白かったです!」という圧力……ファンレターを送ろう。
(……とりあえず)
私は窓の外を見る。
そして、心の中で感想を呟いた。
(……講義中にする話じゃないかなぁ)
【あとがき】
1月4日に小説と漫画が同時発売です!
3000冊とは言わないけど100冊買ってね!
【各種リンク】
小説3巻
https://pashbooks.jp/series/oneope/oneope3/
特典情報
https://pashbooks.jp/info/oneope3_tokuten/
マンガ2巻
https://www.shufu.co.jp/bookmook/detail/9784391161564/
特典情報(マンガ)
https://pash-up.jp/information/oneope_3_1213
【記念SS集】え、社内システム全てワンオペしている私を解雇ですか? 下城米雪 @MuraGaro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【記念SS集】え、社内システム全てワンオペしている私を解雇ですか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます