ベテル

猫Narukami猫

第1話 線描

路面を滑る雪は積もることなく冷気だけを運んでくる。少し朽ちた瓦礫の間からは、春の訪れを待っている草木が空へと顔を出していた。

「合流座標はここら辺であっているはずだが...」

灰色のバックパックを背負い、防弾チョッキと廃墟の色と同化するかのように合わされた灰色の明細を着た青年は端末を見ながら言った。辺りには人影らしきものは無く、ただただ不気味と荒廃したビル群があるだけだった。

「ここの地域には、まだ人が残っているはずだったが...」

青年は不思議そうに仲間が来るのを待っていた。

細身ではあるがしっかりと筋肉が付いていて、整った顔立ちと少し伸びた黒髪の容姿をしている。腰にはピストルを刺し、腕の辺りにはサバイバルナイフが鞘へと収められている。少し荷物を降ろし、休憩していると後方から物の擦れる音がした。青年はすかさずピストルを構え音のした方へと構えた。物陰へ身を隠し、敵がこちらやってくるのを息を殺して待っていた。

「銃を収めたまえ」

姿が見えるよりも先に声が飛んできた。こちらの場所を把握しているかのように掛けられた声は渋く、歳を重ねたであろう低い声だった。青年は銃をそっと腰にしまうと、念の為にと記録用のデバイスをそっと起動させた。 こちらの動きを確認したかのように茂みから人影が露となり、男が顔を覗かせた。

「こちらは極東支部第01所属 ノア・ブルーグ大佐だ。そちらの所属を明かしたまえ。」

どうやらお相手さんは同じ支部の者らしい。青年も自分の所属している部隊名を答える。

「同じく極東支部所属 カークス・シュタイナー軍曹であります」

「この地域での作戦行動があるとは知らされていないが、君はどこのオペレーターから任を受けているのか聞かせてくれないか。」

なぜ作戦行動が知らせらていないか、そしてカークスのみが1人でいるのか、全ては今から12時間前の出来事から繋がっていた。


-----12時間前


『こちら02:00(マルフタマルマル)境界線付近に存在する敵国観測基地の偵察、及び内部への潜入を開始する。現時刻を持ってセーフティーの解除及び戦闘を許可する。ただし、隠密の任務ということを忘れることだけはしてくれるなよ』

きっと軍の中でも階級が高いと思われる人が号令をかける。配属されまだ半年も経っていないカークスにとって見れば階級や人なんてこれっぽちも分からなかった。そんな事よりも、生まれて初めての空挺降下でカークスの頭の中はいっぱいだった。

'あのダークブルーの果てには何があるのだろう'

そんな事が頭の中をよぎる。そうしていると、指揮官らしき人が立ち上がり中央へと寄って行った

『ハッチオープン

降下を開始してください』

そうアナウンスが騒ぐと航空機のハッチが口を開けるようにゆっくりと空き、肌を割くような冷気が全体を飲み込んだ。ハッチが全開になると指揮官は手を上から下へと振りさげて行言った。

「空挺降下開始、貴様ら鳥になってこい」

その合図とともに先頭に居た者からダークブルーの世界に飲み込まれるように消えていった。その流れに身を任せながら、カークスも宇宙へと身を投げた。手を広げ風を受け、鳥の気分を味わったり直立の姿勢になり抵抗を減らし、核弾頭の気分を味わいながらあっという間の5分間を楽しんだ。地面に吸い寄せられていると、配布されたインカムから音が入る。

「こちら作戦のサポートをしますオペレーターのユイ・メイギナです。本日付でカークスさんのバックアップとして専属になります。以後、作戦や状況の伝達、報告密に行なうと思います。よろしくお願いします」

作戦を行う際に、オペレーターが着くことはあるがこんな青二才な自分に専属として着くことは異例なのではないだろうか。少し疑問を持ちながらも作戦行動を後ろからバックアップしてくれるのはとてもありがたい。

「自分はカークス・シュタイナーだ。まだこっちに来てから半年くらいしか経っていないから助かる。しかし、専属なんていいのか」

「そうですね、私としても少し驚いてます。階級が高い人に専属がいるのは勿論ですが、軍に入って間も無いカークスさんに直属となるのは異例なんじゃないですか」

やはり少し変わっているらしい。上の人たちが何を考えて自分に専属のオペレーターを付けてくれたは分からないが、とりあえずは甘えさせて頂こう。幸いなことに、柔らかい口調のとっても親しみやすそうな子なので規律や細かい事を云々とは言われなさそうだ。

「地上に着陸後すぐさまバックパックからパラシュートを切り離してください。その後、潜入用の装備を付けた後に降りた場所からの経路をこちらで産出、伝達しますね」

「了解した。経路の方は任せた。」

パラシュートを開き、衝撃に備え体勢を取る。暗いこともあって、幸いこちらの空挺降下については認知されていないようだった。周りの仲間たちが降りるのを確認しつつ、カークスも地に足を付けた。数時間ぶりの地上は思っていたよりも重力をヒシヒシと感じさせてくれる。バックパックからパラシュートを切り離し、潜入用のナイフとサイレンサーの着いたピストルを装備し準備を済ます。

「準備は整った。経路の方はどうだ」

「経路の算出完了しました。これより合流地点α‬に向かいます。今の座標から東に1.2km程移動してください」

思っていたより落下した地点はズレてしまっていたらしい。暗い茂みの中を罠と伏兵に気おつけながら進まなくてはならない。幸先が思いやられながらも任務を遂行するべく深い茂みへと足を踏み入れる。

「了解した。これより合流地点α‬に向かう」

寒い風と、不気味なまでに静かな森は平常心と畏怖のような感情だけをシンシンと植え付けるだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る