三時間目 心強い相棒あらわる
次の日、リディアはいつもと同じように自室で朝食を食べていた。一人、寂しく狭い部屋で食べる食事は正直言って味気ない。
儲かっている商家のお屋敷なので、食事はそれなりに豪華で美味しい。だけど、小さな窓が一つあるだけの暗い部屋で食すのはつまらない。
リディアは、五人兄妹の真ん中で育ちいつも食事は賑やかだった。実家を思い出して少ししんみりしてしまう。
それに、今日はすこぶる眠い。昨日遅くまで、縫物と授業の準備をしていたのでさっきからあくびばかり出てしまう。又、昨日心配していた通り腕が筋肉痛になってしまった。
(授業の準備はしたけれど、今日は授業できるかしら……)
リディアは、お皿に乗っているヴィンナーにフォークを差して一口パクリと齧り付く。ヴィンナーは実家でたまに出る贅沢だったのに、この家では毎日朝食に出てくる。
一日目はあんなに感動して食べたのに、一人ぼっちだと感動も薄れてしまう。
木製の書き物机の上で食べていたのだが、突然トトトトッと机の脚を伝って茶色いものが上がって来た。
「キャッ」
リディアはびっくりして、フォークを取り落とす。一体何? ともう一度机の上を見ると、背中に茶色いシマがあって尻尾がモフッとしたリスがリディアの顔を見ていた。
「何でリス?」
リディアは、びっくりして椅子から立ち上がる。部屋をキョロキョロ見渡すと、窓が開いていた。朝起きて、空気を入れ替えようと開けたまんまにしていたのだ。
(それにしたって、何でこの部屋に?)
リスは、机の上からリディアのことをジッと見ている。まあるくて真っ黒い瞳で、ジーと見つめる姿は愛くるしい。
「お腹が空いているのかしら? リスって何を食べるんだろう?」
リディアは、独り言をぶつぶつと呟いてしまう。ここに来てから、独り言が多くなった。リスは、暴れ回ることもなくジーとリディアを見つめてくるだけだ。
何もしてこないことがわかると、リディアも落ち着きを取り戻す。椅子に座り直して、リスに話かけてみた。
「あなた、お腹が空いているの? 何なら食べられるのかしら?」
リディアは、ちょっと考えてサラダに入っていた人参をリスの前に置いた。するとリスは、人参に鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。そして器用に手で持つと、カリカリカリッと一気に食べた。
「あら、かわいい」
あまりの可愛さに声が出てしまう。
リスは、どこにでもいる動物だが人間の家の中に入ってくるのは珍しい。外にいれば、木の上を走っていくリスはよく見かけていた。
だけど、こんなに近くで食べ物を食べているのは初めて見た。
「私が寂しくしているから、遊びに来てくれたのかしら? ふふふ。折角だから一緒に食べましょう」
リディアは、リスの前に人参やレタスを置いてやる。自分も、朝食の続きを食べ始めた。自分でもおかしいのだが、一緒に食べているのはリスなのにさっきよりも全然寂しくない。
リスがあまりにも可愛いからだろうか? ちょっと落ち込んでいたリディアだったけれど、エネルギーがみなぎってくる。
「今日も、一日頑張るね」
リディアは、リスに向かって呟いた。
「キュッキュッ」
リスが、リディアに返事をくれた。頑張れって言ってくれたみたいで嬉しい。
リスとの食事を終えると、食器をキッチンに返しに行った。あまり歓迎されていないリディアだ、できることは自分でしようと昨日からそうしている。
部屋に戻ると、もうリスはいなくなっていた。ちょっと寂しかったが仕方がない動物なのだから。
リディアは、実家から持ってきた置時計を見てそろそろ午前の授業の時間だと気合を入れる。昨日までは、少しずつ慣らしましょうということで授業は午後だけだったのだ。
今日から、午前中と午後の二回に分けて行われる。教科書と筆記用具を持って、ブラッドの勉強部屋に向かった。
トントンと扉を叩いて、ドアを開ける。部屋の中には誰もいない。リディアは、溜息をつきながら窓辺に歩いて行った。窓の外を見ると、今日は土をいじっているブラッドが見える。
(今日は、部屋にもいないなんて……使用人は一体何をしているの?)
ブラッド付きのメイドが、時間になったら勉強部屋に連れてくることになっているはずだ。それなのに外で遊んでいる。
屋敷中の人たちにリディアが軽く扱われているのをヒシヒシと感じる。でも、ここに来てまだ四日目だ。負ける訳にはいかない!
今日も、リディアは一度自分の部屋に戻って昨日着ていたワンピースに着替える。そして、元気よく外に向かった。
ブラッドが遊んでいた場所に辿り着くと、大きな声でブラッドに言った。
「ブラッド、おはよう。今日は、勉強部屋に来なかったのね」
ブラッドは、チラッとリディアの方を見たが土遊びに夢中だった。
「勉強なんてやりたくねー」
ブラッドは、土をこねくり回しながら呟く。土に水を入れて遊んでいるようで、彼の手は泥だらけだった。
「いいわ。じゃあ、今日も一緒に遊びましょう。何を作っているの?」
リディアは、ブラッドの横にしゃがんだ。彼は、服が汚れるのもお構いなしに土の上に直に座っている。
「泥団子」
ブラッドは、ボソッと呟く。
「ふーん。それって面白いの?」
ブラッドが、泥を必死に丸めているのを見ながら聞いた。泥を丸めて何が面白いのかさっぱりわからなかったのだ。
「馬鹿にすんなよ。まん丸に作るの難しいんだぞ!」
ブラッドは、リディアをキッと睨みつけた。
(あら、怒っちゃった)
リディアは、ブラッドと同じように水でドロドロになった土の塊を手ですくう。一瞬で手は、真っ黒に汚れてしまう。でも気にすることなく、見様見真似で土をギュっギュと丸める。
「本当にやるのかよ?」
ブラッドは、リディアが土を丸め出してびっくりしていた。
「だって、一緒に遊ぶって言ったじゃない。ねー、これ全然纏まらないんだけど? なんでかしら?」
リディアは、さっきから一生懸命土を丸めているのだがポロポロと零れてしまい全然丸く固まらない。
「だから難しいんだよ。最初からそんなに沢山とっても駄目なんだよ。ちょっとずつ段々大きい丸にするんだよ」
ブラッドは、誇らしげに泥団子の作り方をリディアに教えてくれる。横で見ていて楽しそうだ。リディアは、言われた通りにすくう土の量を減らしてもう一度挑戦してみた。でもやっぱり纏まらない。
「うーん。やっぱり無理だわ」
リディアは、自分の手元を見ながら眉を寄せる。
「もっとギュッギュッって強く握るんだよ。結構コツがいるんだぜ」
ブラッドは、リディアにやって見せてくれる。確かに、結構な力を入れて丸めている。リディアも真似して強く握ってみるとやっと少し形になった。
「ちょっとだけまとまったわ」
リディアは、段々楽しくなってくる。こんな単純な遊びの何が面白いのか疑問だったが、確かにこれは面白い。
「ねえ、ブラッドはどれくらい大きいの作れるの?」
リディアは、横でせっせせっせと慎重に丸くした泥に更に泥を足している。
「んー、最高だとこれくらいかな」
ブラッドは、作っていた泥団子をそーっと地面に置いて空いた手で作ったことのある大きさを示してくれた。ブラッドの手のひらよりも一回りくらい大きい。
「へー、そんなに大きく作れるんだ。凄いね」
リディアは、素直に感心する。今のリディアじゃ作れる気がしない。
「へへ。慣れたらできるよ」
ブラッドが、ちょっと照れたように返事した。
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