サイトーウッド:ダストボックス

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サイトーウッド:ダストボックス



 そのダストボックスは、8000円もする。


 1000円も出せば同じ大きさでプラスチック製のゴミ箱などいくらでも買えるというのに、私は春日部にある高級家具屋、匠大塚に行って、わざわざそれを買ってきた。

 そもそもここを訪れた理由も、件のゴミ箱を買うために行ったのではなく、ただぶらりと、10000円位でいいモノないかなあと探していただけのことであった。

 10000円。漢字にすると一万円。私はオタクなので、10000円もあればそれこそ上等のゲーミングマウスを試しに買ったりだとか、そもそも家族への借金をかえしにいったりだとか。色んな使い道がありえた。牛丼換算もするし、ケチでもある。

 でも、その日は10000円を有意義に使いたい日だった。


 販売員に紹介された瞬間、一目惚れを感じた。合板の美しさに、である。

 合板は何層にも重なって、年輪のように形成される。工作精度が素晴らしいのである。滑らかで、艶めかしく、木の暖かさを感じながら、機能的な冷たさもある。美しかった。


 販売員のセールストークによると、これは戦時中に戦闘機のタンクを木材の合板技術によって、鉄製から置き換えようとした技術メーカーなのだという。結局それは実った技術ではなかったが、調べてみるとあらびっくり、家具メーカーのルーツとしては本当にそのような技術を研究していたようだった。


 私は技術畑の人間ではない。だからこの技術が本当に、現代の技術をもってしてもレシプロ戦闘機に使えるレベルなのかは分からない。ただ、プロダクトから分かるのは、この作品とも呼べる家具一点に凄まじい熱意がこもっていることだけだ。華奢だったり、工作精度が悪いなんて事はない。妥協がない。


 私は販売員との共通の話題、投資話に花を咲かせた後に、これを持って帰って、デスクの下に置いた。なるほど。照明の色もあってか暖色のダストボックスは、軽くて扱いやすく、空になったペットボトルを入れるのに最も適していた。そして今、これを書いている。創造力をかき立たせるための8000円として、有意義な使い方ができるかを、ぜひこのゴミ箱には見守っていて欲しい。

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