第47話 対決!

 14日、ついに対決の日だ。


 スキャルピング対決は今日で優勝校が決まる。団体戦は、20日深夜の取引終了までが期限で、来週21日に勝敗が決まる。


「仮想通貨を取引している学校ってあるんですか?」


 イロハの質問にカリンが答える。


「あるにはあるみたい。でも、実際には18日までだよね。仮想通貨取引している学校の数は少ないだろうし」


 21日に発表というのは、仮想通貨の取引も認められているからなのだ。


 18日に取引を終えたとしても、まだ気は抜けない。


「とにかく、負けたら、ぺったんこ座りからの、前に両手をついて、まけちゃいました~お願い、許して~、発言をしないといけないんですからね。今週はスキャルピングも頑張らないとですけど、団体戦も資金を維持しないと」


 アヤノは、カリンを睨んでいる。


「なんとか、1500万円の含み益があるわけですけど、間黒まぐろ高校は相当な自信でしたからね」


「あはは……とにかく、今日はスキャルピング対決を頑張るしかないよ!」


 いよいよ、スキャルピング対決のために、間黒高校がやってきた。


「あれ、なんか、元気なさそうだね」


 たしかに、いつもの自信満々の、間黒高校投資部三年生で部長の三浦みうらミサキや、二年生で副部長の茶木羅ちゃきらコウに元気がない。


「あら、みなさん、ごきげんよう……」


「う、うん。どうしたの、元気なさそうだけれど?」


「い、いえ、なんでも……」


 ミサキは目を逸らしたが、横にいたコウが、


「10日のCPIで一気に下がったんですけど、あまりに急激な下げだったので、11日に学校に戻った後に、戻しを狙って大きく買ったんです。ですが、12日土曜日の朝方には138円50銭を下回ってしまい、強制ロスカットされたんです……」


「うへ……、それは、ご愁傷様……」


「ちょっとコウさん! 敵にこちらの弱みを教えて何の特が」


「あ、あの、ミサキ先輩! 上下じょうげ高校は1500万円も勝っているそうですよ。わたし達にここから勝ち目なんて」


「コウさん、勝負は最後まで分かりませんわよ」


「わ、わたし、嫌ですよ。ぺったんこ座りで前に両手をついて、まけちゃいました~お願い、許して~、なんて言うの。今からでも謝って許してもらいましょう」


「そうならないように、頑張るんですの! 淑女は一度勝負と言ったら、最後まで戦い抜かないといけないのですわ。話はこのくらいにして、いきますわよ」


「ううぅ~」


 コウはミサキに引きずられるように、控室に連れていかれていた。


「なんだか、かわいそうですね……」


 イロハは、清楚せいそなボブヘアでかわいらしいコウが、その清楚さを際立たせた、漆黒しっこくのワンピース姿でぺったんこ座りで半泣きしている様子を思い浮かべると、なんとも言えない気持ちになった。


「で、でも、自業自得だよ。自分たちから勝負をもちかけておいて、不利になったからやめるなんて、ありえないよ」


「ちょっと、カリン先輩、何強気に出てるんですか」


 アヤノはまた睨んだ。


「だ、だって、もしこっちが逆の立場だったらどうするんだよ。間黒高校が許してくれたと思う?」


「それは、そうですけど……」


「と、とにかく、今は今日のスキャルピングに集中! 行くよ!」


 観客は、大勢入っていた。


 決勝戦ということもあり、上下高校の授業は中断され、多くの生徒が見に来ていた。


 その中には、生徒会長のスズメもいた。


「入りきれなかった生徒は、教室のテレビから応援している、頑張ってくれ」


「よーし、スズメもこう言っていることだし、わたし達で上下高校の名前を上げちゃうよー!」


 カリンは興奮している。


 ただ、決勝戦で、ホームで戦えるのはよいことだろう。


 相手の間黒高校は、どこか場の空気に圧されているように見える。もっとも、先週末に大損したことも影響しているのだろうが。


 カリンが控室に行ったあと、


「アヤノ、イロハちゃん、ハナちゃん」


 と、スズメがみんなを呼び止めた。


「なんか、すごいな。みんな。ここにきたら、あとは優勝だけだ。頑張れ」


 ニコリとスズメがほほえむ。


「ありがとうございます!」


 イロハが大声で返事をした。


 よく考えると、はじめは対立したスズメも、今では相当に投資部にかかわってくれている。


「スズメのためにも、勝ってくるよ」


 アヤノも、そのあたりのことは、よく分かっているようだ。




 控室から、まずイロハが舞台に上がる。


 相手は、長い髪の後ろを大きなリボンをとめているが、まだ幼い印象を受ける。


 ただ、やはりお嬢様学校というだけあり、清楚な雰囲気だ。


ボウタイの色がミサキとコウと違うことから、一年生だということが分かった。


「あ、あの……」


 相手の子から話しかけてきた。


「団体戦、負けちゃったら、やっぱり、ぺったんこ座りしないとダメですか……」


「えっ……」


 相手は、上目遣いにイロハを見る。


「今さら卑怯なのは分かっています。ですけど……あの、楠木くすのきさんから、やめるように、新田にったさんやたちばなさんたち先輩に言ってくれませんか……」


「えーと、そうだよね……いやだよね」


「うう……」


 なんだか、イロハは、相手がかわいそうになってきた。


 たしかに、この団体戦に負けた時の約束は、カリンとミサキが勝手にしてしまったことだ。


 それに、このままでは、相手は、団体戦はおろか、今のスキャルピングにも力が入らないかもしれない。


 イロハも、ここまできたら、力をぶつけ合いたい。


 それに、同じ一年生同士、これからも高め合えると思う。


 こんな、変な話で力を出し切ってくれないのであれば、イロハとしても嫌なことだ。


「分かったよ。この話は、お互いなしにしましょうって、なんとか説得してみるよ」


 そういうと、相手は笑顔になった。


「そのかわり、今回のスキャルピングは、お互い本気でやろうね」


 試合が開始された。


 間黒高校は、11日のドル円の下落で、ロスカットされてしまったという。


 しかし、新しい週になった。もう、流れは変わってきている。


(さすがに、これ以上の下落はないだろうから、上目線で!)


 ロング、利確、ロング、利確……


 1分はあっと言う間だった。


「よし、大きく勝つことができた。5000円! 相手は……」


 相手を見ると、同じく5000円を利確していた。


「いい勝負でした! 楠木さん」


 相手から握手を求められた。


「うん、ありがとう! えーと……」


「あ、わたし、1年生の油根ゆねスウコって言います」


「うん、油根さん、引き分けだね」


「同じ1年生で、互角なんて、とても楽しかったです! あの、SNSのアドレス交換なんて、させてもらってもいいですか……」


「うん! それと、同い年だから、敬語はなしにしよう」


「はい! ううん、分かったよ!」


 イロハは、他校の生徒とも、こうして仲良くなることができて、良かったと思った。


 次は、花子の勝負だ。


 花子は、さすがお化けだけあって、相手の弱みに付け込んでいた。


「ふっふっふ、来週には、ぺったんこ座りを披露してもらうからのぉ」


 と、開始早々煽っているいるのには辟易した。


 しかし、相手はびくびくしながら取引をしている。


 花子は5000円を利益確定し、相手は、2500円の損失を出してしまった。


 上下高校、1万円。間黒高校2500円だ。


「ハナちゃん、あれはかわいそうだよ」


「うむ。しかし、勝負の世界は、使えるものは使わぬとのう」


 次は、アヤノの番だ。


「よろしくお願いします。茶木羅さん」


「橘さん、さきほどは恥ずかしいところをお見せしました。ただ、こちらが言うのもなんですが、今回の勝負は、別物です。正々堂々やりましょう」


 勝負が始まった。


 モニターに、アヤノとコウの取引が映し出される。


「アヤノ先輩、いい感じ!」


「うん、アヤノなら、このまま利益を伸ばせるよ……って、相手はユーロドル、ポンドドル!!」


 あまり、上下高校では狙わないペアを取引していく。


 すごい、一気に利益が加わっていく……


 アヤノも、数百円単位で利益を上げていく。


 難しい局面では、すぐに損切して、ドテンしている。


 しかし、コウもさすがで、いくつものポジションを同時に持ち、利益の出たものから順に利益確定していく。


 それも、あっという間に1000円、2000円が積み上がって行く。


「茶木羅さん、目がいくつあるんだよ」


 試合終了、の合図とともに、今保有していたポジションが強制決済される。


 上下高校、1万7300円。間黒高校1万4872円。


 モニターに二人が映し出される。


「あの、橘さん、お疲れ様」


「はい。わたしの完敗ですね。1分で、1万2千円も利益確定するなんて……」


「いや、これは学校単位ですから。あの、それと……」


「うん?」


「前に学校見学に来た時や、先週は、ごめんなさい……嫌な態度とってしまって……」


「ああ、いや、別にいいよ」


 そういって、アヤノとコウはぎこちない笑顔を交わして、お互いの控室に戻っていった。


「よし、こっちは2500円リードしているよ! 優勝まではあと少し!」


「はい、ここはきちんと締めてきてくださいね、カリン先輩!」


「おう! スキャルピング戦でも、間黒高校に吠え面かかせてやるよ!」


 カリンと、ミサキが舞台に上がる。


「2500円しか差がなくて、大丈夫かしら?」


「なんだよ、団体戦では負けてるくせに」


「ううっ、あっちはまだ一週間ありますわ。こちらの部員が取り乱してしまいましたが、最後にほほえむのは間黒高校ですわ!」


 はじめ! の合図とともに、カリンとミサキが一斉に取引を開始する。


「うおりゃー!!」


 カリンが大声と共に、勢いよくドル円をトレードしていく。


「カリン先輩、すごいですね! 数秒で利益を上げていきます。Lotも上げてますし」


「そうだね。今日はすごい勢い」


「うむ。ノリにのっておるのう……って、あのミサキとやらもすごいのう!」


 ミサキの方も、清楚からはかけ離れて、目を血走らせながら、取引している。


「ユーロドルに30lotも! 少しでも逆に動いたら、すぐにロスカットされるのに、でも……」


 ミサキの取引は的確だ。


「負けませんわ~!!」


 お互いが、向きあいながら、大声で取引していく。


 まさに、野獣のように……


「そこまで!」


 審判の合図とともに、保有ポジションが決済される。


「どうなった!!」


「どうなりました!!」


 舞台上の二人は、お互いのポジションが見えない。


 ステージ上のモニターに、同時に損益額が表示される。


「上下高校2万8300円。間黒高校3万飛んで532円。よって、間黒高校の勝ち!」


 審判の大声とともに、会場からワーッと声があがる。


「やりましたわ!! 我々の勝利ですわ!! オッホホホ! どうです新田さん。負けた者の気持ちは」


「ぐぬぬ~」


「ぐぬぬ~ですって。おかわいい。スキャルピング対決を、ぺったんこ座りにしておかなくてよかったですわね」


「なんだよ、団体戦はまだこっちがリードなんだよ!」


「ふん、この勢いで、こっちが団体戦も勝って差し上げますわ。まあ、いまわたくし、気分がとってもよいので、この場で謝るなら、前た後のぺったんこ座りはなしにして差し上げてもよくってよ」


「なしになんてしないよ! 来週が楽しみだよ!」


 そういって、カリンは控室に戻ってきた。


「あの、負けちゃった……」


 カリンはうつむいている。


「あの、カリン先輩……」


 イロハが近寄る。


「カリン先輩、まだ来週があります。引退はまだ来週ですよ」


 アヤノも駆け寄る。


「うむ、カリンよ、泣くにはまだ早い……って!」


「くそ~くやしい! 来週は絶対に吠え面かかせてやる! 間黒高校の歴史に残るくらい、完膚なきまでに叩き潰してやる!!」


 カリンは顔を真っ赤にしている。


「まったく、カリン先輩ときたら……」


 アヤノは、ヤレヤレと首を振っている。


 舞台の上では、まだミサキが、オーホッホッホと、勝利を噛みしめていた。

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