第42話 介入と利益確定

 看板屋のおじさんと午後から合流し、学校の倉庫へと看板を入れる。


 こういう時だけは、校長も顔を出し、看板屋のおじさんに対して人当たりがいいような感じで頭を下げている。


「人を見て態度変えてるよね」


 カリンがフンという顔をしている。




 週が明けた17日、ドル円は149円まで上昇している。


 131円で30lotをロングした含み益は、540万円まで膨らんでいる。


「うーん、でも、話によると神奈川の間黒高校は1500万円くらいの利益が出ているらしいからね」


「はい、ここからどうするかですね……ところでカリン先輩」


「なに?」


「週末にわたしに無理やり着せた服の写真、ちゃんとサツキちゃんに消してもらったんですよね」


「うっ、アハハ~、当然だよ」


「本当ですね」


 そんな話をアヤノとカリンがしているとき、投資部の戸が開いた。


「みんなお疲れ様」


 スズメとシホだった。


「投資甲子園のことで話があったんだが、その前に……。アヤノ、あまりハメをはずしすぎるのもどうかと思うぞ。まあ、芸能人の私から見ても、アイドルの子たちに引けをとらないくらいかわいかったけど……」


「えっ、スズメ? なんの話?」


 アヤノが不思議そうにたずねる。


「何って、アヤノがかわいいノースリーブのワンピース姿で恥じらっている様子の写真が校内に出回っている話だよ」


「ううぅ……カリン先輩!」


「いや、わたしはちゃんとサツキに消してって言ったよ!」


「あああ~……」


 アヤノは真っ赤にした顔を手で覆っている。


「あの~、アヤノ……なんというか、人気がドル円のように爆上げだね……」


「カリン先輩のバカ! なんとか介入して取り下げてくださいよ!」


 そうしていると、スズメがコホンと一つ咳ばらいをした。


「えーと、本題なんだが」


 みんなは、スズメを見る。


「投資甲子園は予定通り、上下高校で実施される。正式な日程も決まった。開幕は10月31日からだ」


「ハローウィンの日からじゃな」


 しかし、イロハは首をかしげた。


「31日って平日ですよね。てっきり土日でやるのかと。それに、開幕って言いましたよね」


「うん、開催方法にも少し変更があってね」


 シホは、持ってきた資料をみんなに配った。


 みんなに資料がいきわたると、スズメが説明する。


「コロナの影響で、大人数を高校に呼ぶことは辞めになったんだ。スキャルピングの個人戦は、高校ごとにきてもらって、対戦することになる。当初はトーナメント戦の予定だったんだが、勝ち抜き戦のようなイメージだね」


みんなは、息をのんで資料に目を通している。


「それと、このやり方にも変更がある。これまでは完全に個人戦にする予定だったんだけど、それでは時間がかかるというので、部員4人を選抜して、それぞれが制限時間内に稼いだ金額で勝敗を決めることになったんだ」


 投資部の四人は、しばらく資料を眺めていた。


 沈黙を破ったのは部長のカリンだ。


「うん、直前になって変更されるのはたいへんだけど、むしろわたしたちにはチームワークがあるよ! このみんななら、なんとかなる気がする!」


 それを聞いて、スズメはニコリとした。


「カリン先輩。チームワークってなんですかぁ~」


 アヤノがジト目でカリンを見る。


「うう、アヤノ……ゴメン……」


 イロハはアハハ、と笑うことしかできなかった。


「うぬ? スズメよ、まだ心配事があるのかの?」


「うん。実は相次ぐルール変更や、コロナの影響で、大会を辞退する高校が相次いでるんだ」


「ええ~」


 みんなは驚きの声をあげた。


「数十校が集まる予定だったんだが、相当少なくなる予定で……。マキ先輩の旅行店に手配してもらったチケットがムダになってしまうよね……」


 そこへ、タイミングよくカエデとマキが入ってきた。いつも、投資部を手伝ってくれる。


 スズメは改めて、投資甲子園の開催方法について説明した。


「うーん」


 マキは腕を組んでいる。


「マキ、お店の方は大丈夫なの?」


 カエデをはじめ、みんなは心配そうにマキの顔色をうかがう。


「なんか、この週末に、他の高校からキャンセルの連絡が入ってたのはこれだったのかぁ」


 マキがつぶやく。


「まあ、ウチの店としては、キャンセルの手数料でなんとかカバーできるからいいんだけどよ。ほんと、コロコロ変更になるのは、腹立つよな」


「マキ先輩、ほんとうにすまない」


 スズメが言うと、


「いやいや、スズメのせいじゃねえって。どちらかというと、スズメだって被害者だろ。まあ、ウチのことは気にするなよ」


 そのことばに、スズメは少しほっとしたようだった。




 2週間後に迫ってしまった投資甲子園の準備は忙しい。


 新たに他校の旅行のチケットを送り直したり、各方面への文書を送ったりと、てんやわんやだ。


「これって、生徒の仕事じゃないよね」


「訴えてもいいレベルですね」


 カリンもアヤノもブツブツ言いながら、作業を進める。




「うわっ、もうこんな時間!」


 21日の金曜日は、準備作業が遅くなってしまった。


 もう、23時だ。


 投資甲子園開幕まで、残りわずか。みんなは、集中して、送付する書類を封筒に詰めたり、宛名を封筒に書き込んだりしていた。


 21時以降まで残るのには、校長先生の許可が必要で、普段は申請してもなかなか許可が下りない。


しかし、投資甲子園の案件だけは例外のようで、校長達は投資部のみんなに仕事を押し付ける気満々で、むしろ向こうから申請書を作って持ってきていた。


食べ終わったカエデの家のお蕎麦屋の出前が、机の上に乗っている。


おやつ代わりにと頼んでおいた枝豆だけが、まだ残っている。


「さすがに遅くなっちゃったなぁ。ちょっと、お父さんに連絡しなきゃ」


「あ、わたしも家族にSNSで……」


 アヤノがチラとイロハを見る。


 イロハは、アヤノが自分が帰る家には両親がいないことに気づいて、しまったと思ったのだということが分かった。


 しかし、イロハとしては、そんなこと全然気にしていない。


「いや、わたしのことは気にしないでください。今はハナちゃんがいますし。むしろ、門限がなくって気楽で……」


 アハハと言って机の上に手を置くと、ちょうど乗っていた封筒に手が触れて、床に落ちてしまった。


 すっと拾い上げると、それはちょうど、「象勢揚郎様」と宛名の書かれたものだった。


「…………」


「イロハよ……」


 花子は心配そうにイロハを見る。


「この人と、息子の秘書、くる方向で調整してるんですよね……」


 カリンとアヤノは、心配そうにイロハを見る。


「でも……。どうだったんでしょうかね。もし、わたしの両親が殺されなければ、わたし、投資に興味なんて持たなかったでしょうし、こうしてハナちゃんとも一緒に暮らしませんでした。カリン先輩やアヤノ先輩とも知り合えなかったでしょうし……」


「イロハ、えーと、強がらなくても、いいよ」


 カリンが声をかける。


「いえ……そうですね。少し強がってるかもですけど……。両親がいなくなったことは、とっても辛いし悲しいです。でも、みなさんとこうして仲良くなることができたのは、本当によかったって思ってます」


「イロハちゃん……」


 アヤノがイロハの頭をなでてくれる。


「ううぅ……アヤノ先輩、恥ずかしいです……」


 しばらく沈黙が続いたが、


「今週はチャートをぜんぜん見ることができてなかったの。どうなったかの」


「うん、そうだよね。ドル円は149円台からほとんど動かなかったよね」


「はい、スワップも溜まっていきますし、よかったよかったですよ」


 みんなは、パソコンの画面にチャートを表示させた。


「!!!」


 現在23時、チャートは151円台に乗せていた。


「うそ、なにこれ!」


「20円も取れてますね! 含み益600万円です!」


 たしかに、今日はついに150円台に突入していた。


 それが、一気に151円を超えるくらいまで上昇していたのだ。


「21時半には、152円近くまで上がってたんだ。少し落ちてきてるよね」


「そうですね。このまま来週まで様子を見ましょうか。介入も、日本がやるなら日本時間でしょうし、今日の分のスワップももらうことにして」


 しかし、イロハは、チャートに何か違和感を感じた。


 152円までとどかず、下落してきている。


(これだけ勢いよく上昇してきたのに? どうして?)


「あの……」


 イロハはみんなに声をかけた。


「せっかく、ちょど20円とれました。それに、少し下落してきています。週末ですし、調整の下げがくるような気がするんです。ここらへんでいったん利益確定して、週末の下落を狙ってショートしてみるのはどうでしょう?」


 アヤノとカリンは顔を見合わせた。


「うむ! 投資甲子園も近いし、ここは勝負に出る時かもしれぬの!」


 花子は真っ先に肯定してくれた。


「そうだよね。このままじゃ、間黒高校には勝てないわけだし」


「そうですね。でも、いい線はいくと思います。準優勝とか。最近は投資甲子園の準備で、なかなかチャートを見られないわけですしね。わたしも、ここでの利益確定と、ショートに賛成です」


 アヤノも同意してくれた。


「じ、じゃあ……」


 イロハは、マウスを握り、決済ボタンを押した。


 131円での30lotロングポジションは決済され、スワップと併せて630万円の利益となった。


「じゃあ、ショートも30lotで」


「うーん、いや、ここは50lotくらいに張ってもいいんじゃないかな?」


 カリンが言う。


「確かに、カリン先輩の言う通りかもです。150円も抜けました。ここらへんで、介入がくるかもしれません。間黒まぐろ高校に勝つためには、勝負に打って出ないとです。イロハちゃん、どうかな?」


「それじゃあ……」


 イロハは、151円成行ショートとして、50lotと入力し、ポジションを取った」


「ふう、これで、来週までドキドキじゃな……って、なんじゃこれは!!」


 チャートは、一気に下落を初めている。


「うそ、なんですか、この動き!」


「ええっ! もしかして、これが介入!? 今、23時半だよ。こんな時間に介入ってくるの!!」


 チャートはグングン下がっていく。


「なんだよ、これ、帰れないじゃないかよ~」


「ですね! でも、今日は勝負所なのかもしれません。元ソフト部のエースとして、ここは根性でオールナイトです」


「アヤノ、ソフト部エースは関係ないよ……でも……」


 日付をまたいでしまった。


 頭がぼーっとする。


「ひゃ、ひゃく……146円……5円下がりましたぁ~」


 午前1時には、151円でショートしたところが、146円まで下落している。


「うごきも止まったみたいだね……」


「5円って、なんだか節目がいいですね……イロハちゃん、利益確定しない?」


「は、はい……146円で50lot利益確定。5円取れて、250万円……。今日一日で880万円の利益です……」


 みんなは、金額を見つめる。


 そして、顔を見合わせる。


 そして、大声で笑った。夜中のテンションというやつだ。


 夜中の校舎に、甲高い笑い声が響く。


 不気味な、マネーゲームに興じた者たちの笑い声は、さぞ妖達をも驚かせたことだろう……。


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