第21話 責任ある投資

 投資部では、週の半ばまで、どうにも投資先が決まらなかった。


「うーん、米国株はなんちょうなんだよなー」


「そうですね、為替もどちらに動くか、分からないですからね」


 アヤノとカリンが、株や為替のチャートを見ながら、悩んでいる。


 投資部では、あせりの空気が流れていた。


 結局、米国株は下落し、日本株はその中でもあまり動かず。そして為替も、特に大きな動きは示していない。


 結局、18日の部活も、何もせずに終わってしまった。




 帰り道、花子とスーパーで買い物をする。


「野菜、どれも高くなっちゃったよね。これが円高ってやつなんだよね」


「じゃな。それと、外国ではインフレが進んでおる。その影響もあるんじゃろうな」


「インフレかぁ」


 古本屋でのアルバイトをはじめて、生活費はなんとかなりそうだが、正直、ここのところの物価高は家計に影響を与えている。


「アルバイト、頑張らないとなぁ」


「まあ、そう気張るでない。わしも少し蓄えはあることじゃし、住まわせてもらう身でもあるからの。家賃として入れてやるからの」


「え、悪いよハナちゃん。ハナちゃんが一緒に住んでくれて、それだけでわたし助かってるのに」


「なーに、ただ飯じゃと落ち着かんだけじゃ。気にするでない。わしの使ってるネット銀行からなら、毎月何回かは、手数料無料で振り込めるしの」


「アハハ」


(なんだか最近、お金の話が多くなっちゃったな)


 お金は、なんとなく、きたないものだと思っていた。


 お金に意地汚くなってはいけない、と思っていた。


 でも、投資部でお金の勉強をすると、そうではないことが分かった。


 きちんとした知識を持ったうえで、お金を運用することは、経済を回すことにもつながる。その結果として、自分のところにもお金はやってくるのだ。


(なんだか、価値観が変わっちゃったな)


 花子を見て、そう思った。


(第一、お化けと生活なんて、本当に価値観が、おかしくなっちゃったな)




 買ってきたばかりの食材を使って、花子に教えてもらいながら、夕食を作る。


 花子は、和食を好んでいるらしく、本格的だ。


 料理のさしすせそ、などと言うが、とにかく、花子は調味料をたくさんの種類使うし、分量にもうるさい。


「まったく、最近の若者は、簡単に作ることのできる、濃い味の食べ物を好むからのう。古き良き日本の味も残さんといかんのにのう」


「アハハ、そうだよね」


「そうじゃ。何のために世界無形文化遺産に日本の和食が登録されたと思っておるんじゃ。もっとも、偉そうな学者などは、和食の定義とか抜かし腐って、すき焼きもカレーライスも、果てはラーメンやハンバーガーも和食だーなどと言っておるからの。世も末よの」


「でも、よく考えたら、和食よりも、そっちの方が食べること多いよね」


「定義もできていない中で登録されたということは、権力の成す技じゃ。結局、インバウンドの金に目がくらんだ政治家たちが、外国人への宣伝目的で和食を登録したんじゃろう」


「ハナちゃん、ちょっと問題発言じゃない?」


「まあ、言うのは勝手じゃからの。あながち間違いでもないのではないかの?」


 しかし、花子の意見を聞いて、イロハも、物事が決まっていくのには、何か裏があるのかもしれない、と思った。


 そして、そこには必ず、お金が動いているのだろうということも、かすかに分かってきた。


「よーし、できたぞい!」


「うん、おいしそう!」


 煮物は薄味だが、きちんとした味だ。


「料亭の味みたい! こんなの、家で作れるんだ」


「料亭は大げさじゃぞ。これからどんどん覚えていくとよいぞ」


 煮物は、あまり好きではなかったが、きちんと味をしみこませると、こんなにおいしいということが分かったのは、発見だった。


「さて、テレビを見るとするかの」


「えー、食事中に、行事悪いよ」


「といっても、経済ニュースは必見じゃからの」


「もう」


 花子がリモコンで経済ニュースをつける。


 トップニュースは、やはりロシアのウクライナ侵攻に関する話題だ。


「いまって、やっぱり、ウクライナ侵攻が一番のニュースなんだよね?」


「世界の関心事じゃからの」


「でも、マリウポリの製鉄所が陥落しそうという報道だけど、あまり株にも為替にも影響ないよね」


 花子はイロハを見る。


「実はもう、経済はウクライナ情勢を見ていないのかなぁ、なんて……」


 ハハハ、と笑いながらイロハが言うと、


「それじゃ!」


 花子が大声を出した。


「そうか、実はもう株や為替には、ウクライナ侵攻のことは関係しないんじゃ。となると……」


「もしかして、物価高騰とかが関係する?」


「さえておるの、イロハよ。そうかもしれん!」


 二人の討論で夜は更けていった。




 19日の部室では、イロハと花子が、アヤノとカリンにレクチャーしていた。


「ウクライナの話題が株や為替に影響を与えないとなると、世界は物価の話題に移っているんだと思います。これからは、アメリカのリセッションを中心に考えていく戦略がいいんじゃないでしょうか」


「これまでは戦争でアメリカドルが買われていた。アメリカ株も同様じゃな。しかし、リセッション、すなわち景気後退を迎えて、この上昇が一気に落ちるところを、ガツンと取るのがよいというのが、わしたちの考えじゃ」


 アヤノとカリンは、顔を見合わせた。


 しばらく沈黙が流れる。


 イロハは、緊張で心臓がドキドキしてくるのを感じた。


「うん、すごいじゃないか、イロハ、花子!」


「うん、イロハちゃん、お手柄ね。ハナちゃんも。この作戦、行ける気がする!」


 二人は、イロハと花子の戦略に同意してくれた。


「となると、やっぱり狙うのは、ドル円のショートか、米国株のショートか」


「そうですね。どっちもいける気がしますが、イロハちゃんはどう思う?」


 アヤノに問いかけられて、イロハはドキッとしたが、自分の意見をきちんと言おうと思った。


「素人意見なんですけど、わたしは、ドル円のショートがいいと思います」


「その理由って、ある?」


「はい。ドルは上昇しすぎで、円は売られすぎということが話題になっていました。もし仮に、このままドル円の上昇があったとしても、それほど大きいダメージにはならないと思います」


「逆張りだけど、リスクも少ないってことだね!」


 カリンがニコニコしながら言う。


「はい。それと、米国株は、今週の陰線をつけると、99年ぶりの8週連続の下落となります。どうも、そうなりそうな気配です。下落トレンドではありますが、調整の上げがきてしまうと、大きく損をしてしまうことにもなると思うんです」


 カリンとアヤノはニコニコして聞いていた。


「あの、どうでしょうか……」


 イロハが聞くと、すぐに、


「うん、すごくいいと思う!」


「その作戦で、行ってみようか」


 アヤノとカリンも同意してくれた。


「もちろん、ドル円に250万円分の証拠金を突っ込むのはやめようと思う。リスクヘッジとして、日本の個別株を少し買うけど、いいかな?」


「も、もちろんです! ありがとうございます!」


 思わず、頭を下げた。


「ちょ、イロハ、別に一緒の部活なんだし、頭を下げることないんだよ」


 イロハは顔をあげて、恥ずかしくなって顔が赤くなった。


 それを見て、みんなはアハハ、と笑った。


 となりを見ると、花子が笑いながら、うんうん、とうなずいてくれていた。




 20日は、ついに500万円の半分、250万円分で金融商品を保有する期限日だ。


 個別株は、ここのところ低調だった、観光関係株を購入することにした。


 特に、空運株はいまだ軟調ではあるが、復活の兆しが見えてきているので、航空会社の株を購入することにした。


「ふう、個別株、購入完了」


「わくわくしますね」


 カリンとアヤノは、楽しそうだ。


 続いて、FXのドル円のチャートを表示させた。


「じゃあ、イロハ、ドル円のショートポジション、入れてくれるかな?」


「え、わたしが、ですか?」


「そうだよ。これ、イロハちゃんの考えなんだもん」


「うむ。責任重大じゃの」


 イロハは、責任重大、という言葉を聞いて、緊張した。


(そうだ。ここからは、部活のために、責任ある投資をしないといけないんだ)


 スーッと大きく息を吸う。


「えい!」


 ドル円のショートポジションを保有した。


「よし、250万円分のポジション取り、完了だね!」


「なんだか、緊張してきますね! でも、楽しみ!」


「じゃな、これが吉と出るか凶と出るかじゃな」


「ハナちゃん、凶って、それじゃあ、ダメじゃない。えーと……」


 イロハは、ドル円のチャートを見る。


「よし、プラスになってるって……、ああ、上がっちゃった、含み損……。今度は下がった、含み益……」


 指で含み益と含み損と言い続けているイロハを見て、みんなは大声で笑った。


「ちょっと、笑わないでください! わたし、責任ある投資をしてるんですから!」


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