第4話 はじめようか、市街散策
*
濃淡様々な石畳は、コンクリートで舗装された道に馴れた元現代人には少し歩き辛い。
なにより、この世界では一般的らしい分厚い革靴が仕事中ヒールとスニーカーを履き替えていた私の足指を痛めつけるのだ。
「冒険者業が上手くいってお給料がもらえたら、もっと柔らかい靴を買いたいなぁ」
異世界転生地点及びセピアの寝床から最も近い街『プリミエ』。貿易の拠点となる賑わいある街でとても平和な所らしい。
少し歩けば夜通し動画で見ていたエルフやドワーフの実物を見ることが出来たし、彼らも人間同様に生活をしているように見える。他種族の共存なんて難しいと思っていたけれど、実際彼らの暮らしを見れば意外となんとかなるものなのかも、とも思えた。
昔卒業旅行で行ったフランスの田舎町を思い起こさせるアンティークな雰囲気に、どうしても心躍らずにはいられない。
「お店もたくさんあるのね」
元の世界の預金通帳には貯金が結構あったのに此方の私は無一文だ。靴は勿論、今日の食事だって買えないのだ。次々と視界に飛び込んでくる目新しいものに眩暈がしそうになりながら、自分の貧困さが悲しくなる。
「・・・妖精の靴屋さん。素敵な名前ね」
貧困に嘆きつつも、通りにある大きなショーウィンドウに思わず目が行ってしまった。
「うわぁ、これ木靴? ちゃんとしたの初めて見たかも」
オランダ風テーマパークのお土産に買ったちっちゃな木靴の置物みたい。でもサイズは23センチくらい。ツヤツヤに磨かれた木目にカラフルなお花の絵があしらわれている。
「へぇ、可愛いじゃない」
自分が履くには痛くて涙が出ちゃいそうだけど、見る分には滅茶苦茶可愛い。
「でも変わった展示の仕方ね、全部靴の底側を見せてる・・・ねぇ、セピア。なんでだかわかる?」
と、はしゃぐ私がセピアに話しかけると。
―――カラン
妖精の靴屋さんの扉が開いて、中から女性が出てきた。栗毛色の長い髪から主張する尖った耳に透明の羽。
「エ、エルフ!?」
「ふふっ、ヒューマンのお客様が一生懸命見ていらしたので思わず出て来てしまいました」
ぺろ、と舌を出してあざとくも可愛い。
「ごめんなさい。あまりに可愛いものだから魅入っちゃって」
確かに店の前でウロウロされていたら気になるよね、ごめんなさい冷やかしです。
「いえいえ、ゆっくり見てもらって構いませんよ。エルフのご友人に贈り物ですか?」
「あー、そんな感じ・・・かも?」
ここはエルフ専門の靴屋さんだったのか。お金が無いのに見てたとバレたら気まずいな。
「でしたら是非見て行って下さい。うちの商品の靴底は他店に比べても凝っていて、全て彫刻デザインになっているんです。使用しているのもマナの強い木ばかりでアンチエイジング効果も抜群。エルフ女子には大人気ですよ」
「確かに見えない部分とは思えない程に丁寧なデザインね。こんなに可愛いなら表に彫っても良さそうなのに」
というとエルフの店員さんはちょっと驚いた顔をしていた。
「実はお客様、エルフの靴は表面より靴底を重視するのがここ100年のトレンドなんです」
百年単位のトレンドって何? と言いたくなったけど、ふわりと浮き上がる店員さんの姿に目を奪われた。
「わぁ、可愛い!」
小さな羽でそっと身体が浮いた事で、店員さんの靴底にあしらわれた小鳥の絵が目に入る。
「でしょう? ヒューマンの多い場所では徒歩移動もしますが、エルフ同士のデートでは空を飛ぶことの方が多いのです。それに、湖の上を飛ぶ時に可愛い靴底が見えるとテンション上がります!」
「なるほどぉ」
確かにこれはエルフ専門だ。
「デザインの種類も豊富に取り揃えていますので、是非中でしっかり見てはいかがですか?」
「今はちょっと・・・」
流石に手持ち無しでこれ以上接客させるのは店員さんに申し訳ない。服屋で店員に捕まった時のようにやんわりと逃げようとすると、
「あぁ、でもそちらのウェアアニマルは入店できませんので別の場所に繋いでおいた方がいいですね」
「えっ?」
ふと、店員さんの可愛い笑顔が曇り、セピアに向けられた。
「できれば店の前ではなく裏の方にお願いします。通行人の方の迷惑になりますので」
「え、と、ちょ、ちょっと待ってエルフの店員さん」
「はい? どうかなさいましたか」
再び素敵な笑顔に戻る。待って、何この対応。
「ねぇ・・・セピア。これって」
セピアの口数が少ないのは初異世界にはしゃぐ私に呆れていたからだと思ったけど、もしかして理由は別にある?
「もしかしてお客様、種族混合街は初めてですか?」
黙ったままのセピアの代わりに店員さんが口を開く。
「プリミエでは・・・いえ、殆どの混合街ではヒューマン、エルフ、ドワーフの多数派種族の為の施設しかありません。少数派種族の中でも獣に近いウェアアニマル族は衣食住及び医療に関わる店舗への単独入店が拒否されることが殆どです」
店員さんが指さしたのは『妖精の靴屋』の看板。そこには小さく『ヒューマン・エルフのみ入店可』と書かれている。
「このように看板の下に注意表示がありますのでお気を付けください。と言ってもヒューマンが拒否される店は滅多にありませんけど」
「いや、その、だって、そうじゃなくて」
獣に近いから入店拒否?
「だってセピアはちゃんと話せるのよ?」
躾のできた犬じゃない。ちゃんとした人間だ。会話が出来て、人を労わることが出来て、何も知らない私を助けてくれた。
「突然暴れるわけでもないのに、獣みたいだからってそんなの・・・」
「アズマ!!」
ぎゅ、と私の腕が掴まれた。
思えばセピアはこの街に入ってから小さな声でしか話していなかった気がする、唸りの入った大きな声に反射的に身体がビクつく。
「こ、ここでは・・・」
次に出てきたのは、震えた、涙声。
「ここでは、そういうものだから」
この子はセピアの扱いに怒ろうとした私を止めたのだ。
「その人の言う事が正しいよ。だから、セピのことは気にしないで」
私をしっかりと見詰める空色の瞳が、雨模様みたいにうるんでいた。
「ご、ごめん」
誰に謝ったのかわからない。けど、この世界から見て異世界人の私は非常識なことをしてしまった。
「ほら・・・ギルド行こ」
「う、うん」
唖然とする店員さんに一礼して、私達は妖精の靴屋を離れた。
「セピア、あの、私」
私の腕を掴んだまま、目的地に向かって早歩きする。興味深い店や人の数々に心躍る暇はもう無く、私は自分の軽率さを悔んだ。
「アズマは悪くないよ。でも、あの人も悪くないの」
後悔の中で、セピアが昨晩言った言葉を思い出した。
―――立派な冒険者はお金持ちだし、種族関係なくいろんなお店に入れてもらえるの
「この世界はこういうルールだから、ウェアアニマルが群れから離れて生活するなら、こうなるのは当然のことだから・・・セピ、ちゃんとわかってるから。だから大丈夫。大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように繰り返すセピア。
この子が冒険者を目指すのは、ただのロマンじゃない。多くの人が持って生まれる筈の人権を、当たり前の幸せを手に入れる為の手段だ。
セピアは自分が人間扱いされる為に、冒険者を目指そうとしている。
「・・・ごめんね。セピア」
聞こえないように呟いて、私はもう一度決意する。
「私が絶対に、セピアを誰からも愛されるアイドルにしてみせるから」
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