『ねぇ千恵子、あんただったら自分のパンツ、一体いくらで売れる?』

@gonnosuke

第1話

「ぱわっつ!?」

素っ頓狂な声をあげてしまった。

無理もない。高校入学に当たって恋バナとかスイーツとかファッションとかオシャレとかいわゆる「女子高生らしい会話」を想定して、春休み中に恋愛漫画とか恋愛小説とか普段なら絶対買わないような今どき系のファッション雑誌とかを読み漁って予習していたけど、鈴原さんの質問は、そのはるか斜め上だったから。


「自分のパンツをいくらで売るか?」


女子高生でそんな会話を想定出来る人がいるだろうか?いやいない。こういう文法を反語って言うんだっけ。塾で覚えさせられたな。


いかんあまりに突飛な質問に思考がおかしくなっている。落ち着け。落ち着いて考えろ。


どうしよう。ここは、何と答えるのが正解なのだろうか。めちゃくちゃ高い金額を答えるとなんだこいつ自分をそこまで可愛いと思ってんのかこのナルシストめ死ねとか思われそうだし、かと言ってめちゃくちゃ安く言うとえーそんな安いのかよ、ヤッバ、尻軽じゃんキモい死ねとか思われそうだ。…一般的な女子高生のパンツの値段って、おいくらぐらいなんだろうか。わからない。考えたこともない。そんなこと考えるやつがいるだろうか?いやいない。反語。


いやいる、今私の眼の前に。


いや待て、もしかして鈴原さんは冗談を言っているのかもしれない。まだ入学したてで皆クラスに馴染んでいないようだし、軽い冗談を飛ばして私をリラックスさせてくれようとしたのかも。それなら「え〜パンツなんか売るワケないじゃ〜ん何言ってるのアハハ〜☆」と言うのが正解だろう。


だがしかし一方でこの回答はリスクもある。もし鈴原さんが本当に真面目に「自分のパンツをいくらで売るか?」を考えていたとしたら、私は鈴原さんの真剣な気持ちを踏みにじり、鈴原さんに嫌われてしまうかもしれない。それは、嫌だ。折角高校に入って出来た、初めての友達なのに。


まずい早く反応しないと私がコミュ障だってことがバレてしまう。何でもいいから早く言わないと。早く言わないと


「…ひゃ、百万円くらい、かな?」


「は、百万!?」


しまった。慌てて答えたせいで考えてもいないような数字が出てしまった。


「えーアンタのパンツ、百万もするのかよ!たっけぇな!」


鈴原さん声がちょっと大きい。放課後で教室に人が少ないとはいえ、まだ残っている人もいるんだから、もう少しボリュームを落としてほしい。それにその言い方だとまるで私が下着に百万もかける超セレブな奴だと勘違いされかねないからやめてほしい。


「んーそうかぁ、百万かぁ。確かに、そんぐらいするのかもなぁ…」


鈴原さんはどうやら真剣に考えているらしい。どうして、そんなことが気になるのだろう。


「鈴原さんは、自分の…その、パンツを売りたいの?」


恥ずかしくてパンツのとこだけ小声になってしまった。


「あぁ?いやアタシだってそりゃマジで売るつもりはねぇよ。だけどもし仮にだよ、もし仮に、お金が全然なくなって、家のものも全部売っちまって、明日食べるものもなくなってしまったら、もう自分の服とかを売ってでも食べていくしかなくなるじゃん。で、その中で1番売りやすくて、お金になりそうなのが、パンツだと思うのな。で、じゃあそれを売るとなったら、一体いくらぐらいで売ればいいのか考えてたら、分かんなくてよ。で、アンタに聞いてみたワケ」


お金が全然なくなって?明日食べるものもなくなる?そんなことあるだろうか。考えたこともなかった。だけど確かに今は不安定な時代だし、可能性がゼロとは限らない。もしかすると今この瞬間だって、私のお父さんも会社に行くふりをして公園のベンチで1人うなだれているかもしれない。そんなことはあって欲しくはないが…。でも鈴原さん、見た目とは裏腹に、意外としっかりしているのかも。


だからって自分のパンツを売ろうとは普通考えないとは思うけど。


「ちなみに、どうして百万円で売れると思ったんだ?」


「え?」


どうしてって…。まさか口が滑ったなんて言えない。多分、なんとなく高額で、テキトーにキリのいい数字だったからだ。でも、確かになんでそんな高値で売れると思ったんだろうか。


「えっと…やっぱり、私たちが、女子高生だから?」


「だよな!」


鈴原さんが急に大きな声を出すからビックリしてしまった。ほとんど椅子から立ち上がりかけている。


「確かにアンタの言う通り、女子高生のパンツってだけで、結構高額で売れそうな気はするんだよな。なんか知らねぇけど、そういうのおっさんとかに受けそうじゃん。女子高生モデルとか、女子高生アーティストとか、小説家とか漫画家とか。その中で女子高生のパンツってのは、連中にとってかなり貴重なもんに違いないからな」


確かに女子高生というだけで何かにつけて特別視される。いわゆる「女子高生ブランド」というやつだ。女子高生が何かしているというだけで、マスコミはこぞって話題にしたがる。大抵は素人に毛が生えたような連中ばかりなのに。


「まぁでも、それにしたって、百万はちょっと高過ぎるかな。サラリーマンのおっさんじゃあとてもじゃないが手は出せねぇよ」


だからそれは口が滑っただけなんだって。言えないけど。でもちょっと気になることがある。


「でも実際、その…女子高生のパンツって証明するのって、かなり難しくないかな?例えばネットオークションとかでそういうのよくある気がするけど、実際のところ本当かどうかなんて買う人には分かんないよね」


「実際はおっさんが履いてるかもしれないしな」


それはより考えたくない。だが事実、嘘と出鱈目と誤魔化しばかりが流布するネット世界では、その可能性もありうると言わざるを得ない。


「うーんでも確かになぁ。折角本物の女子高生が売ってるのに、それを見逃しちゃうヤツもいそうだな。どうしたら本物の女子高生のパンツって証明出来るかな?」


「…生徒手帳の画像をつけとくとか?」


「いや、個人情報をネットに出すのはしたくない。っていうか画像貼ったくらいじゃ、信憑性変わんないだろ」


「確かにそうだねぇ…うーん思ったより難しいね」


「あ」


「何か思いついた?」


「その場で脱いで、渡せばいい」


「ぽわぁっつ!?」


その場で、脱いで、渡す?そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけがない。鈴原さん、思考が大胆過ぎる。


「そ、そんなの無理だって!絶対無理!っていうか、その場で脱いでそのあとはどうするの!?ノーパンで帰るの!?」


「んなもん代わりのパンツをあらかじめ持ってっときゃいいだけだろ。確かに恥ずかしいけど、これ以外に確実な方法、ないと思うぞ」


た、確かにそうだけど…。いくらなんでもリスキー過ぎる。買う人がどんな人か分からないのだ。そもそも女子高生のパンツを求めてる時点でだいぶヤバイ感じがするし、そいつの目の前で事もあろうにパンツを脱がなければならないのだ。恥ずかし過ぎるし、危な過ぎる。やっぱり、百万で適性価格かも。


「…でもそれを考えると、百万でも良いんじゃない?」


「うーんそうだなぁ。確かに、その羞恥プレイ込みの価格と考えるなら、もうちょっと吊り上げても良いのかもな。あ、でもやっぱり百万はたけーよ。なんかもう、額面見た瞬間無理って思うもん。「コレなら俺でも手が出そう!」っていうギリギリの価格を知りたいんだよ、アタシは」


なるほど。確かに、折角売るなら出来るだけ高値で売りたい。でも売れなかったら意味がない。世の中には山のように商品があって、それら全てに何らかの価格がついているけど、値段を決めるのって難しいんだなぁ。全国、いや全世界の社長の皆さんは、どうやって価格を決めているのかな。なんか秘密の方程式でもあるのかしら。


「うーんたかが普通の女子高生である私らじゃ、大人のひとと金銭感覚も結構違うだろうし、なかなか決めらんないよね」


「んなことねぇと思うけどな」


「え?」


「確かにアタシらは普通の女子高生で、基本的には親に扶養してもらってる身だけどよ。でもそのアタシらだって、立派な社会の一員だろ。ちゃんと自分の意思でお菓子も買うし、服も買うし、マックにも入るし、カラオケにだって行く。歴とした経済活動をしている。だったらアタシらはアタシらなりに考えれば、ちゃんと商品として売れる値段を見つけられるはずだよ」


正直鈴原さんの口から「扶養」なんていう言葉が飛び出してくるとは思わなかった。でも確かに、鈴原さんの言う通りだ。まだ子供だから、女子高生だからって、何も出来ないわけじゃない。もう法律的には結婚も出来る、立派な大人なんだ。きちんと考えていかないと。


でも、その情熱をパンツに向けるってのが、やっぱり理解に苦しむけど。鈴原さん、頭いいのか悪いのかよく分かんないなあ、全く。


「そういえば今話してて思ったんだけどよ」


「え、何?」


「よく考えたら、誰かが使ったものを売るときって、普通値段って下がるよな」


「あ、確かに」


本だって漫画だって服だってCDだってそうだ。普通、中古品というのは新品より安くなる。それはそうだろう。要は誰かのお下がりなんだから。誰だって誰かの手垢のついたものは出来るなら使いたくはない。


「でも、女子高生のパンツは、その類ではない」


「そうなんだよな。不思議だよなー。フツー、下がると思うんだけどな。何故か上がっちまうんだよな」


「んーそれはやっぱり、さっき言ったように、女子高生ブランドの力じゃない?ほら、有名人が使った衣服とか道具とかそうじゃない。なんかなんちゃら鑑定団とかにそういうの時々出てくるけど、やっぱり高値がついてるみたいだよ」


つい口が滑って私の好きな『なんでも鑑定団』が出てしまった。あの番組、好きなんだよなあ。別に骨董品とかに興味があるわけじゃないんだけど。でもいつ超高額の品が出るかが楽しみで、ついつい見てしまうのだ。同級生にはジジくさいと思われるだろうから、決して口にはしなかったけど。


「そりゃ分かるんだよ。そいつらはちゃんとそれなりの実績を叩き出してるわけだろ?スポーツの記録だったり、作品の受賞歴だったり、あるいは人間的な魅力だったりな。でも「女子高生」ってのはどうだ?単にある一定の集団のことを指すだけで、そん中には超ブサイクな奴から超美人な奴まで全員いるんだぜ?つーかほとんどは単なる一般人だ。なのにただ女子高生であるというだけで、なんでそんな付加価値がついてくるんだ?」


「う…」


鈴原さんの言うことは最もだ。さっきも言ったように、私達はあくまでただの女子高生だ。特別な能力があるわけでもないし、特別な美貌を持ち合わせているわけでもない。私なんて、中学まで友達もいなかったような、根暗でコミュ障の寂しい人間だ。何も、輝かしい功績を残したりはしていない。


それでも女子高生だから、高値で売れるだろうという根拠は…


「…女子高生が、一生で3年間しかないから」


鈴原さんも黙った。


そうだ、女子高生というのは、一生の内でたった3年間しかない。とても、とても限られた時間なんだ。


もちろんそれを言うなら小学校だって6年間しかないし、中学校だって同じ3年間しかない。でもその中でも最も若々しく、瑞々しく、華々しい時期。それが高校の3年間ではないだろうか。


義務教育の9年間を終え、それまでべったりだった親の手から離れ、それまでとは違う、様々な経験のできる場所。

部活に打ち込む人もいるだろう。文化祭や運動会等の学校行事に取り組む人もいるだろう。あるいは、好きな人を見つけ、恋愛に全てを投じる人もいるかもしれない。またあるいは、友達作りに勤しみ、一生の友達を得る人もいるだろう。別に無理に派手なことはしなくても、自分の好きなことに好きなように取り組み、自分の世界を広げていけば良いんだ。


でもそれが出来るのはたった3年間だ。そしてそれはもう、始まっている。

私は、中学の時のような、後悔ばかりの高校生活には、絶対にしたくない。


「ねぇ鈴原さん」


「ん、なんだ?」


ゴクリと唾を飲み込んだ。中学校3年分の、勇気を出した。


「こ、この後、帰りに一緒に下着屋さんに寄っていかない?」


鈴原さんが笑った。


「お、敵情視察ってやつか!いいねぇ。確かに、市販のパンツの値段もある程度知っとかないとな!よっしゃ、行こう行こう!」


敵情視察って。そういうわけじゃないけれど。

でもまぁ、それでもいいか。鈴原さんが楽しそうなら。


鈴原さんが教室を出ていく。私もそれについていく。


中学の頃は、友達と帰りにお店に寄るなんて、考えられなかったな。それがまさか、下着屋さんに寄ることになるとは。


私達の高校生活は、まだ始まったばかりだ。

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