第40話 高山病

「ヌァァァやられてたまるかぁぁぁ!!」


 私は拳を握りしめると、神の顔面目掛けて右手を振り抜いていく。だがしかし、


「グシャバガハハハ!! なんと幼きことか。情けをかけろと言うとるかこのガキがぁぁ!!」


 こいつはカッターを首元へと滑らせてきた。逃げようとするも腕の慣性と猛然と吹く風によって行動が制限されてしまう。


 嗚呼……。


「雲の楯間たてまに!!」


 次瞼を瞑れば私は死ぬ。そう確信した瞬間、唐突に眼前に大量の雲が出現した。それは刹那彼の攻撃を受け止めると、一部が私の服を掴んで後方へと引っ張っていく。

 雲は乱暴に振り被ると、後方に向かって私を思いっきり放り投げた。


「キャァァァァァ!!!」


 私はそのまま窓を破って校舎に囲まれた広場の中へと転がり込んでいく。

 頭を押さえながら立ち上がると、そこには肩で息をしている雲子の姿があった。状況をすぐに理解した私は、彼女に対して小さく呟く。


「あ、ありがとう……」


「ありがとうじゃないわよ! 何してんのよあんたぁ! 無謀にもほどがあるわよ!」


「ご、ごめん……ねぇ、あいつの能力ってわかったりする?」


「彼は空気の神様。文字通り空気を操ってくるわ。わっちが出会った仲じゃぁ一番厄介で面倒臭い生物よ。覚悟してね」


「う、うん……」


 そんなにヤバい神なのか? そりゃぁもう既にデタラメな攻撃してきているけでも……さすがにこれ以上のことはしてこないのではないのだろうか。実際、これまでの神達がそうだったし。


 そう思っていたのも束の間、休む暇もなく彼は外に飛び出してきた。そして驚くべきことに、奴は数センチずつ上昇しながらこちらに向かってきていたのだ。


「周りには低気圧を、上空には高気圧を作った。これがどうゆう意味を持つのか。お前らには到底わかるまいな」


 何かほざきながらも奴は微妙に浮きながらホバリングを続けていた。直後、彼の足元に大きめの雲が発生した。

 それは時間が経つほどに薄黒くなっていき、言葉をぶつける間もなく曇天へと変貌していった。


「あれって! マズいッ、雲子! 早く逃げな!!」


いとまは与えん」


 途端、電気を帯びた雲が風に乗って高速で突撃してきた。すでに私との距離はほとんどなく、今にも人生の幕が閉じられようとしていた。


「待てやゴラァァァ!!」


 次の瞬間、雲子が私の眼前に右腕を突き出していた。彼の雲が手に当たる寸前で彼女は自分の雲でそれを吸収していく。

 彼女は勢い余って私の足元に転んでしまった。


 そんなギリギリの瀬戸際を、神は達観していた。


「う~ん。目障りだなぁ……」


 彼の発言に、彼女は憤慨の声を上げた。


「面倒臭いわねぇほんとにぃ……雷の自家発電は止めてもらっていいかしら? の神様さん」


「雷だなんて冗談はよしてくれ。俺はただ、雲内にあった氷のつぶてを気圧で擦っていただけじゃないかぁ。結果として静電気が溜まって放電のように見えただけ。決して雷なんかじゃない。それと、君がいるところは極度の低気圧の中だということを伝えておく」


 そう言って彼は私のことを指差してきた。


「低気圧っていきなり何を言って……!!」


 奴に向かって叫んだ瞬間、突如として頭痛が私を襲った。頭痛といっても軽度なものであったが、足がもつれ、体がフラつくのには十分過ぎるほどのものであった。

 

「ガッ! ハァ……ハァ……」


 突然の痛みに私は思わず倒れかける。


「所詮先が視えぬぼんくらよ。己が状況でさえ吞み込めぬ鶏頭。座して待つことさえ叶わぬ脆弱な森羅万象。悶え、救いを求めるのなら俺がその手を奈落に堕とそう。なぁ青二才よぉぉ!!」


 奴は手の周りに可視化された空気のカッターを携えながら突撃してきた。視界に入ってきてはいるものの何もできていない自分に対して焦りと恐怖を感じていた。


 アァヤバいヤバいヤバいヤバい! 人工高山病のせいで動けないし何より対抗手段が無い。創乱するにしても時間が乏しい。あぁぁ何すればぁぁぁ!!


 髪の毛を掻きむしり、拳を握る力が強くなっていく。


 その時だった。教室の奥の方で何かが青く光っているのが見えた。一瞬不思議に思っていると、突如として窓ガラスと壁が破壊され、中から巨大な氷塊が姿を現したのだ。

 轟音を置き去りに猛然とこちらに迫ってくるそれは、気付いたとして簡単に避けられるようなものではなかった。


「な、なんだと!!」


 神は驚愕した様子で目線をそちらに向けていた。私は驚きよりも焦燥が勝ってそれどころではなかった。


 氷塊は太陽に照らされながら彼の心臓もとへと突撃していく。


「ヌァァァ畜生目がぁぁぁぁぁ!!!」


 神はなんとそれを寸前で躱してきた。氷塊はそのまま校舎の一部を破壊すると、地響きを鳴らしながら粉々に砕けていった。

 鼓膜が飛びそうになり、土埃がここまで吹いてくる。


「ハァ……ハァ……!!」


 そして、頭痛が落ち着いてきた私は目の前に広がる光景にただただ驚きを禁じえずにはいられなかった。


 周囲の崩壊もさることながら、なんと彼の右二の腕が抉れていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る